「…15分で説明します」という巷に溢れるブログ風のタイトルにしました。
本記事は特に丁寧に作成しましたので最後まで読む価値があります。
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「内定取消しをした内定者から労働審判の申立書が届いたら」
「内定取消しをした内定者から内容証明が届いたら」
「清算手続きをしながら内定取消しをする」
内定とは労働契約である
内定という言葉だけで直ちに労働契約になるわけではありませんが、一般的に言う「内定」で労働契約が成立します。
もっとも、内定というのは直ぐに就労するものではないという点で通常の労働契約ではありません。
最高裁はこれを「始期付き・解約権留保付きの労働契約」としました。
例えば大学4年の6月に内定が出たとしても翌年の4月からの就労となりますよね。
つまり「翌年4月から」就労するという「始期」が付いています。
そして内定者に何らかの不行跡があれば内定を取り消すという「解約権」が留保されています。
これが「始期付き・解約権留保付きの労働契約」の意味です。
詳しくは、「内定は労働契約か?」をお読みください。
また、「内定という言葉がなくても内定とされた事例 – 中途採用 – 裁判例⑦(2008年)」、「内定の撤回が無効とされた事例 – 裁判例⑪(1974年)」も併せてお読みください。
内定が取り消される場合はどんなパターンがあるか
内定が取り消されるのは次のパターンが考えられます。
- 学歴や経歴を詐称していた
- 単位不足により卒業できなくなった
- 重度の健康悪化
- 重大な違法行為の発覚
- 事故・災害その他の理由により業績が悪化した
1.から4.は内定者に責任がある場合ですが、この記事ではこの内定者には責任がない 5. 事故・災害その他の理由により業績が悪化した について検討します。
内々定の取消しについては、「内々定の取消し – 総論」と「採用内々定の取消しは期待権侵害 – 裁判例⑫(2010年)」をお読みください。
内定取消しの要件
内定者に責任なく内定取消しをするにはそれなりの理由がなければなりません。
そして業績が悪化して人件費をこれ以上増やせないことになったという理由がそれです。
この場合の内定取消しはどのような要件で認められるのでしょうか。
業績悪化での内定取消しは整理解雇と似ている
業績悪化での解雇については普通解雇ではなく整理解雇と呼ばれます。
内定取消しは解雇ではありませんが、労働契約を解消するという点で同じですから整理解雇として内定取消しの要件を検討します。
- 人員削減の必要性 ⇒ 内定取消しの必要性
- 解雇回避努力義務 ⇒ 内定取消し回避努力義務
- 人員選定の合理性
- 手続の相当性
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1.人員削減の必要性 ⇒ 内定取消しの必要性
人員削減の必要性は「内定取消しの必要性」と読み替えます。
これ以上採用して人件費を増やす余裕がないことでこの要件を満たします。
裁判所において内定取消しが扱われる場合、裁判所はこの点については原則として会社の主張を尊重します。
なぜなら、経営に関しては裁判所は素人であることを自認していて会社に一定の経営裁量があることを認めているからです。
もっとも、そうは言っても主張だけをすれば認められるというものではなく、客観的な証拠に基づいて主張しなければなりません。
具体的には最近の決算書が代表的な証拠になります。
裁判所への見せ方ですが、損益計算書の中の売上と営業利益(損失)の推移を示して、これ以上続けても黒字回復する見込みがないことを示します。
例えば新型コロナウイルスの影響についてですが、決算書には反映されていませんので、月次決算書を示すことになります。
急激な売上の落ち込みと売掛金の不良債権化など経営に打撃を与えたことを示す数字を見せます。
これにより、前年度以前の損益計算書における営業損失のカーブがより角度を付けて落ちていくことが予測されると主張します。
この要件は、もっとも重要です。
この内定取消しの必要性について裁判例を探したのですが、今回の新型コロナウイルスの影響での内定取消しにピッタリ合うような裁判例はありませんでした。
リーマンショック時の裁判例も探しましたが見つかりません。
今後もし見つかったら追記するか、別記事を作成します。
もっとも、整理解雇の裁判例はいくつかありますので、一応参考になります。
注目すべきは抽象的な法律論ではなく、決算書のどの部分を見て判断しているかです。
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2.解雇回避努力義務 ⇒ 内定取消し回避努力義務
解雇回避努力義務は「内定取消し回避努力義務」と読み替えます。
内定取消しの必要性が認められたとしても、直ちに内定取消しが認められるわけではなく、内定取消しを可能な限り回避したことが必要です。
具体的には内定取消しの前に、残業の削減、アルバイト・パート従業員や契約社員の雇止め・解雇、希望退職者の募集などの手段をとって人件費を削減し、内定者を雇用できる環境を整えて、内定取消しを回避する真摯な努力を行っておくことが考えられます。
ただし、これらの環境整備のうち何をとるべきかは事情によって異なりますし、内定取消し回避努力の内容を画一的に決めることはできません。
さらに言いますと、人員削減の必要性において主張する経営危機の程度が悪いほど、これらの環境整備をしても内定者を新たに雇用する余裕などないと考えます。
極端な例で言いますと、あと3ヶ月で現預金が枯渇するほど切迫していれば内定取消し回避を努力する余地などないでしょう。
したがって、理論的にはこれらの環境整備が考えられるものの、コロナウイルスの影響により内定取消しを余儀なくされた会社にとっては、内定取消し回避努力としてできることは限られているのではないかと考えます。
もっとも、内定取消しと直接の関係はなくても、経営改善の一環としてこれらの環境整備に着手したのであれば、それは「内定取消しの必要性」を強く支える事実になりますし、同時期に行われているならこの「内定取消し回避努力」の要件の認定にプラスになります。
3.人員選定の合理性
この人員選定の合理性という言葉は読み替えなくてもそのまま使えます。
内定取消しの必要性があり、内定取消しの回避努力を尽くしたとしても、客観的で合理的な基準により内定取消しをする対象を選定します。
もっとも、内定者全員について内定を取り消す場合にはこの「人員選定の合理性」の要件は問われません。
従業員全体から見ると内定者全員は従業員の一部ではありますが、
あくまでも内定者が複数いてその一部の者について内定を取り消す場合に求められる要件です。
既存社員を整理解雇する場合、裁判例で挙げられる客観的で合理的な基準は、勤務成績、勤続年数、労働者の生活上の打撃(扶養家族の有無・数)などです。
しかし内定者の場合にはこれらの基準に基づく事実が存在しないので、大学での成績、英語の成績(TOEICなど)のような客観的で合理的な基準が求められることになるでしょう。
中途採用であれば、関連業務に従事した年数、資格などが客観的な合理的基準になると思われます。
中途採用の内定取消しについては、「経営の悪化によりヘッドハンティングでの中途採用者の内定取消しが無効とされた事例 – 裁判例⑧」をお読みください。
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4.手続の相当性
この手続の相当性という言葉も読み替えなくてもそのまま使えます。
会社が内定取消しをする場合、1.内定取消しの必要性、2.内定取消し回避の方法、3.人員選定の基準を内定者に対して説明し、その納得を得るために協議を行わなければなりません。
もっとも、1.内定取消しの必要性、2.内定取消し回避の努力、3.合理的な人員制定が実質的な相当性判断の基礎であるのに対し、手続の相当性はあくまでも手続きの要件なので、極めて不誠実な対応で配慮に著しく欠ける事情がない限りは、丁寧に説明さえすれば認められやすいといえます。
大切なのは丁寧に説明するという点であり、内定取消しを告げることが後ろめたいということでメールや書面の送付だけで済ませてしまうと、手続の相当性が認められないでしょう。
また、裁判例の多くは、この手続の相当性についての立証責任を内定者側に負わせています。
これがどういうことかと言うと、内定者側が「手続きが相当性に欠ける」と立証しなければならず、それはそれでハードルが高いのです。
内定取消しの要件のまとめ
ここまで4要件を検討してきました。
しかし、4「要件」としましたが、厳密に言いますと4「要素」です。
これらの4要素は相関的に判断されるのです。
例えば、内定取消しの必要性が低いとされたら、他の要素のハードルが上がり内定取消し回避努力義務を高いレベルで尽くしていなければ内定取消しが無効とされやすくなります。
整理解雇に関する複数の裁判例を検討していると、内定取消しの必要性の要素がもっとも重要だと分かりました。
要はこのままだと経営破綻が必至であるくらいの状況が必要だということです。
詳しくは以下の裁判例を分析した記事をお読みください。
「東京の半導体輸入販売会社における整理解雇 – 裁判例⑱」
「大阪の水道管配管工事会社の整理解雇 – 裁判例⑰(2017年)」
「東京のソフト・ハード製造販売会社の整理解雇 – 裁判例⑯(2019年)」
「神奈川県の人材派遣会社の整理解雇 – 裁判例⑭(2011年)」
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清算手続きにおける内定取消しの要件
新型コロナウイルス又はその他の影響により経営が悪化した場合、経営継続を諦めて清算手続きにより会社を解散させるということも考えられます。
会社が解散すれば消滅しますが、内定者を放置することはできず、きちんと内定取消しをしなければなりません。
もっとも、経営を継続する場合とは異なりますので、内定取消しの要件は次の2つになります。
- 人員削減の必要性 ⇒ 事業廃止の必要性
- 手続の相当性
この場合は解散して事業を廃止しますので、人員削減の必要性を事業廃止の必要性と読み替えます。
詳しくは、「清算手続きにおける内定取消し要件」をお読みください。
また、清算手続きにおける整理解雇について争われた裁判例を分析した記事もお読みください。
「北海道の障害者就労支援施設の事業廃止における整理解雇 – 裁判例⑮(2019年)」
「大阪の製造会社の解散に伴う整理解雇(偽装解散肯定) – 裁判例⑬(1997年)」
「東京の油井管製造会社の主力事業の廃止に伴う整理解雇 – 裁判例⑩(2018年)」
「東京の厚生年金病院の清算手続きにおける解雇 – 裁判例⑨(2015年)」
「清算手続きにおける解雇 – 裁判例⑥(グリン製菓事件 – 1998年)」
「奈良のタクシー会社の清算手続きにおける解雇 – 裁判例⑤(2014年)」
「東京の海上運送会社の清算手続きにおける解雇 – 裁判例④(2013年)」
「清算手続きにおける解雇 – 裁判例③(三陸ハーネス事件 – 2005年)」
「東京の印刷会社の清算手続きにおける解雇 – 裁判例②(2014年)」
「静岡のタクシー会社の清算手続きにおける解雇 – 裁判例①(2013年)」
内定取消しは違法ではないので心配しないでください
新聞記事やインターネット上の記事を読むと、「内定取消しは違法」というタイトルを目にするかもしれません。
しかし、内定取消しは違法ではありませんので心配はご無用です。
詳しくは、「新型コロナウイルスでの内定取消しは違法ではない」をお読みください。
なお、この記事は「新型コロナウイルスでの…」としていますが、どのような理由の内定取消しもそれだけで違法ではありません。
弁護士 芦原修一