懲戒解雇と普通解雇の論点の整理
- 懲戒解雇より普通解雇の方が解雇として有効だと認められやすい。
- 懲戒解雇だけをして、その懲戒解雇を普通解雇に転換して、懲戒解雇なら無効でも普通解雇で有効なら結論として解雇有効となる。これが懲戒解雇の普通解雇への転換です。これは懲戒解雇に普通解雇が含まれる場合はどういう場合か、という論点。
- 会社が懲戒解雇を正当化する理由は懲戒解雇時に会社が認識していた事実に限られるが、普通解雇を正当化する理由は普通解雇後に認識した事実でも構わない。
⇒普通解雇をしておくメリット - 懲戒解雇の有効性を争っているときに事後的に普通解雇をすることができる。
- 最初に懲戒解雇と同時に普通解雇をするのが一番簡単。
⇒事後的に普通解雇をすることができる。
⇒普通解雇をしていなくても懲戒解雇の普通解雇への転換が認められることがある。
懲戒解雇が無効でも普通解雇なら有効という場合がある
一般的に、従業員が何か不行跡を働いたときには懲戒解雇をしようと考えると思います。
しかし、後に争われたときに懲戒解雇が有効とされるには相当ハードルが高いのですが、懲戒解雇が無効とされては目も当てられません。
そのためにも、懲戒解雇をするときには同時に普通解雇もしておくべきです。
もっとも、単純に懲戒解雇と普通解雇を字面だけ並べてはいけません。
ここでは解雇通知書の詳細までは触れられませんが、懲戒解雇には懲戒解雇を支える理由が、普通解雇には普通解雇を支える理由があります。
就業規則の適用条文も異なります。
したがって、安易に懲戒解雇と普通解雇を並べるだけというのは避けてください。
埼玉県の建築工事会社についての裁判例(2005年)- 懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思が含まれる要件
懲戒解雇の普通解雇への転換
懲戒解雇は,使用者による労働者の特定の企業秩序違反の行為に対する懲戒罰であり,普通解雇は,使用者が行う労働契約の解約権の行使であり,両者はそれぞれその社会的,法的意味を異にする意思表示であるから,懲戒解雇の意思表示がされたからといって,当然に普通解雇の意思表示がされたと認めることはできないし,懲戒解雇の普通解雇への転換は認められないと解するのが相当である。
さいたま地裁平成17年9月30日判決
他方,使用者が,懲戒解雇の要件は満たさないとしても,当該労働者との雇用関係を解消したいとの意思を有しており,懲戒解雇に至る経緯に照らして,使用者が懲戒解雇の意思表示に,予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合には,懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が内包されていると認めることができる。
このとおり、懲戒解雇の意思表示がされたとしても、原則としてそれに普通解雇の意思表示が含まれているということはできないとされました。
もっとも、単にその従業員を懲戒したいというだけではなく、雇用関係を解消したいという意思があり、経緯に照らせば予備的に普通解雇の意思表示をしたと認められる場合には、懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が含まれていると認めることができるとしました。
懲戒解雇をしてそれが争われた場合、懲戒解雇の有効性が争点になりますが、それに普通解雇が含まれないとすると、懲戒処分が解雇権濫用とされてしまったときにはそれだけで会社側が負けます。
そうであれば、普通解雇で勝てるかは次の問題としても、普通解雇で争う土俵を作るためには、懲戒解雇をする場合にそれに普通解雇が含まれていると裁判所で認めてもらえなければなりません。
会社側からすると懲戒解雇をするということは雇用関係を解消したいと強く願っているのでそれがないというのが考えられないのですが、そこは裁判所がそう言っているのでそれに沿って対策しましょう。
「懲戒解雇に至る経緯に照らして、使用者が懲戒解雇の意思表示に、予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合には、懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が内包されていると認めることができる。」と言ってます。
どこか小泉進次郎さんの構文のようですが、このように述べられていますので、解雇通知書において懲戒解雇をメインに置いて予備的に普通解雇も明示して記載しましょう。
「予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合」ということは黙示の意思表示を指していてはっきりと明示的に意思表示をしていなくても諸事情から認定できますよ、ということです。
そうすると黙示であっても認定されるのですから、明示的に「予備的に普通解雇の意思表示」をしておけば、より認定されやすいと言えます。
ただし、裁判官によって判断が異なる場合がありますので、明示したからといって必ずしも認定されるとは限りません。
しかし、明示しておいてこの裁判例を示せば少なくとも懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が含まれるか、検討の対象になります。
懲戒解雇と普通解雇の違いは、解雇時に会社が知っていた事実のみ基礎とできるか、全事実を基礎にできるか
このタイトルだけ見ても直ぐにどういうことか分かりにくいでしょう。
これは従業員が解雇について裁判等で争ったときのことを想定しています。
例えば、2020年1月に解雇したとすると、早くて同年4月ころに裁判で争われることになります。
これに沿って言いますと、懲戒解雇を正当化できる事実は、会社側が2020年1月に解雇したときまでに知っていた事実に限られます。
他方、普通解雇を正当化できる事実は、裁判で初めて明らかになった事実も含めて全事実を基礎にすることができます。
この埼玉県の建築工事会社の裁判例では見事にこれが当り、懲戒解雇は無効でも裁判で明らかになった事実で普通解雇が有効とされました。
使用者が労働者に対して行う懲戒は,労働者の企業秩序違反行為を理由として,一種の秩序罰を課するものであるから,具体的な懲戒の適否は,その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって,懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから,その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである(最高裁判所平成8年9月26日判決・判例時報1582号131頁)。
さいたま地裁平成17年9月30日判決
これを本件についてみると,弁論の全趣旨及び本件訴訟の経過に照らせば,原告の経歴詐称について被告が認識したのは,平成14年9月に原告が提出した陳述書(甲13)において,原告が入社時に被告に提出した履歴書と異なる経歴が記載されていたことを認識した時点であるといえるから,原告による経歴詐称の事実は,平成12年8月11日の本件懲戒解雇当時に使用者たる被告が認識していなかった非違行為に当たり,かかる事実をもって本件懲戒解雇の有効性を根拠付けることはできない。
このようにこの裁判例でも「懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情がない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠づけることはできない」という最高裁判例を引用しています。
そして、従業員が入社の際に提出した履歴書に虚偽記載があったけれども、それは裁判上で明らかになったのであり、懲戒解雇の当時は会社は認識していなかったので懲戒解雇を正当化する事実としては使えないとされたのです。
さらに,証拠等によれば,以下のとおり,原告は,被告に入社した際,経歴を詐称したものと認めることができ,かかる原告の行為は,懲戒解雇事由である「重要な経歴を偽りまたは不正な方法で採用されたとき」(就業規則第69条(1)号)に該当する。
さいたま地裁平成17年9月30日判決
a 原告は,高校卒業後,乙証券株式会社に就職し,同社に勤務しながら夜間短大に通い,昭和48年に丙短期大学を卒業し,昭和55年ころ丁証券株式会社に,昭和58年ころ戊株式会社に,それぞれ転職した。
b 原告は,「営業職員としての営業成績が著しく劣る」ことなどを理由に,平成8年1月20日付けで戊株式会社を解雇された。原告はこれを不服として,戊株式会社に対し,雇用契約上の地位にあることの確認及び賃金の支払等を求めて訴訟を提起した(【事件番号は省略】)が,平成9年5月19日,原告の請求をいずれも棄却するとの判決がされ,原告が控訴しなかったため,同判決は確定した。
c 原告は,被告に入社するに当たり,被告に対し,上記a,bの学歴及び職歴を秘匿し,履歴書の「学歴・職歴」欄に,「昭和47年4月法政大学経済学部入学」,「昭和51年3月同校卒業」,「昭和51年4月甲証券株式会社入社」(甲証券株式会社は,乙証券株式会社が合併により社名変更したものである。),「昭和61年12月甲証券株式会社退職」,「昭和62年3月戊株式会社入社」,「現在千葉支店にて営業活動中」と虚偽の記載をした平成9年3月21日付けの履歴書を提出した。
しかしこのとおり、普通解雇の有効性を検討する段階では、従業員の経歴詐称の事実を丹念に認定しています。
これが決定打となり、普通解雇が有効とされました。
懲戒解雇と普通解雇はこれほどまでに基礎事実が異なりますので、懲戒解雇一本で勝負するのは会社にとっては危険ですし、同時に普通解雇してリスクヘッジをしなければならないとさえ言えます。
就業規則の周知をしていなければ懲戒解雇はできないが、普通解雇はできる
懲戒処分が,企業における服務規律あるいは秩序維持のための制度であり,これらの違反に対する制裁であることからすれば,使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則あるいは雇用契約において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁平成15年10月10日判決参照)。そして,就業規則は,常時各作業場の見やすい場所へ掲示し又は備え付けること,書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって,労働者に周知しなければならず(労基法106条1項),周知性が欠ける場合には,拘束力が生じない。
大阪地裁平成29年3月28日判決
少し説明しますと、懲戒解雇が有効であるためにはまず就業規則か労働契約書に懲戒事由の記載がなければなりません。
通常は就業規則に懲戒事由が定められています。
もし、いま就業規則を見て懲戒事由の項目がなければ直ぐに追加しましょう。
そして、従業員の行為が懲戒事由に該当して初めて懲戒解雇権の濫用かが検討されます。
さて、このとおり就業規則はそれを従業員に周知しておかなければ従業員に不利益な事項については効力が生じないとしています。
つまり就業規則の周知をしていなければ懲戒解雇は無効とされてしまいます。
もちろん、懲戒解雇だろうが普通解雇だろうが、どちらでも労使関係を解消できればそれで良いのですが、裁判で争いになったときにわざわざ選択肢を狭める必要などありません。
そこで、懲戒解雇が有効になるよう、就業規則の周知をきちんとしておきましょう。
ただ、従業員が意図的に重大な不正行為を繰り返した場合にでも就業規則を周知していなければ懲戒解雇ができないというのは理不尽にも思えます。
これについて裁判所は次のように述べました。
確かに…従業員が重大な不正行為を行った場合であっても,就業規則の周知性を欠いていれば懲戒解雇をすることができないことになるが,それは,使用者が,就業規則の周知義務を怠ったという自らに帰責性がある事由の結果である(なお,その場合であっても普通解雇することは可能である。)。
大阪地裁平成29年3月28日判決
随分と会社に冷淡ですね。
それは仕方がないとしても、最後のかっこ書きを見てください。
「なお、その場合(就業規則を周知していない場合)であっても普通解雇することは可能である。」
このとおりですので、仮に就業規則を従業員に周知していなかった場合にでも、普通解雇で勝負することはできます。
そしてこの裁判例でも前の埼玉県の建築工事会社の事例と同じように、普通解雇だと解雇時に客観的に存在していた事実であれば会社が解雇当時に認識していなかったとしても、普通解雇を正当化する事実とすることができるとしています。
そのうえで普通解雇は有効であるとして会社を勝たせました。
係争中に事後的・予備的に普通解雇の意思表示を追加することもできる
そうは言っても、このブログを読んだときは既に懲戒解雇をしてしまった後だ。
そういうこともあると思います。
そうすると、懲戒解雇時に予備的に普通解雇の意思表示を明示していないこともあるでしょう。
しかし、そのような場合でも事後的に予備的に普通解雇の意思表示を追加することはできます。
懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が含まれているとの主張は認められなかった
被告は、懲戒委員会において懲戒処分についてのみ検討してきたものであり、原告に交付された書面には懲戒解雇に処すとして懲戒処分についての前記就業規則七二条のみが記載されていることか認められ、懲戒解雇であっても、解雇の予告か必要な場合もあるから、懲戒解雇において解雇予告手当が提供されたからといって、普通解雇の意思表示かあったとすることはできない。また、成立に争いのない(証拠略)によれば、被告において、諭旨解雇は、懲戒解雇に該当する場合に情状により選択しうる処分で、退職金か支給されることか定められてはいるか、その額は事情せん議のうえ支給されるとされており、やはり懲戒処分の一種というしかないから、諭旨解雇は付する用意があったからといって、前記懲戒解雇の意思表示がなされた際同時に普通解雇の意思表示もなされたと認めることはできない。
東京地裁平成2年7月27日判決
被告は、右懲戒解雇は、懲戒解雇の呼称の下になされた普通解雇として、その効力を認めるべきである旨の主張もしているが、懲戒解雇と普通解雇とはその根拠を異にするものであり、被告においても懲戒解雇と普通解雇は就業規則上別個に規定かなされているし、前記認定の懲戒解雇にいたる経緯、解雇通知書の記載等によれば、前記懲戒解雇の意思表示が普通解雇の意思表示としてその効力か認められるものと解することはできない。
このとおり原則としては懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が含まれているとは認められませんでした。
やはり、予備的に普通解雇をするということを明示しておかないとこういう判断になってしまいます。
しかし、係争中に事後的・予備的に普通解雇の意思表示をすることは認められた
被告は、昭和六二年一〇月七日付け書面で、昭和六一年九月三〇日の解雇の意思表示が無効のときは予備的に普通解雇する旨の意思表示をし、右書面は同月八日原告に到達したことは、当事者間に争いがない。
東京地裁平成2年7月27日判決
原告の前記各行為は普通解雇について規定した就業規則七三条一号、五号に該当する。そして、被告が即時解雇に固執するとは認められないから、右意思表示到達の日から三〇日後の同年一一月七日の経過をもって原告と被告との雇用関係は終了したことになる。
かなりあっさりで理由付けがありません。
これは大前提という感じですね。
30年前の判断なのでいまどう判断されるかまでは分かりませんが、少なくとも東京地裁の労働専門部がこのように判断しているので、このとおりに判断される可能性は高いと思います。
この場合の未払い賃金額には注意すること
もっとも、事後的に普通解雇の意思表示をしていて、やっとそれが有効とされたとしても、未払い賃金額には注意しなければなりません。
それは、本来の懲戒解雇が有効とされれば、その懲戒解雇の後の賃金を支払う必要がないのは当然ですが、このように事後的に普通解雇をしたというときは、その普通解雇までの期間の賃金が未払い賃金として計算され、会社は支払わなければなりません。
この点は覚えておいてください。
懲戒解雇は無効でも普通解雇は有効とされた裁判例
(2020年9月26日追記)
東京地裁平成30年11月29日判決は、「懲戒解雇としては無効だが、普通解雇としては有効である。」と示しました。このとおり同じ行為でも有効無効の判断が分かれます。
これらの裁判例から学ぶべきこと
・懲戒解雇をするときには予備的に普通解雇の意思表示もしておくこと。
・懲戒解雇を有効にするために、就業規則を従業員に周知しておくこと。
・例え懲戒解雇をしたときに予備的に普通解雇の意思表示をしていなくても、事後的に普通解雇の意思表示ができること。
弁護士 芦原修一