裁判例⑫では、新卒の学生に内々定を出していましたが、労働契約の成立は否定され、しかし期待権を侵害したとして会社に慰謝料の支払いを命じました。いわゆる「コーセーアールイー事件」です。
ここで重要なのは「内々定」、「内定」その他の言葉だけで判断されるわけではなく、その「内々定」を出した前後の経緯から労働契約に等しい拘束力を互いに持っていたかが審査されるということです。
内定取消しの事案にも応用できる点がありますので参考になります。
結論
内々定の取消しは違法として内々定者から会社に対する損害賠償請求が認められてしまった。
本件の内々定では労働契約は成立しなかった
「被告は,倫理憲章の存在等を理由として,同年10月1日付けで正式内定を行うことを前提として,被告の人事事務担当者名で本件内々定通知をしたものであるところ,内々定後に具体的労働条件の提示,確認や入社に向けた手続等は行われておらず,被告が入社承諾書の提出を求めているものの,その内容は,内定の場合に多く見られるように,入社を誓約したり,企業側の解約権留保を認めるなどというものでもない。また,被告の人事事務担当者が,本件内々定の当時,被告のために労働契約を締結する権限を有していたことを裏付けるべき事情は見当たらない。
さらに,平成19年(平成20年4月入社)までの就職活動では,複数の企業から内々定のみならず内定を得る新卒者も存在し,平成20年(平成21年4月入社)の就職活動も,当初は前年度の同様の状況であり,Aを含めて内々定を受けながら就職活動を継続している新卒者も少なくなかったという事情もある。
したがって,本件内々定は,正式な内定(労働契約に関する確定的な意思の合致があること)とは明らかにその性質を異にするものであって,正式な内定までの間,企業が新卒者をできるだけ囲い込んで,他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではないというべきであり,原告及びAも,そのこと自体は十分に認識していたのであるから,本件内々定によって,原告主張のような始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。」
複数の会社から内々定を得ながら就職活動を継続するというのが当時の習わしであったということは、内々定を出した会社と学生との間に入社について拘束力を持つ約束は存在しなかったということです。
つまり労働契約の成立は否定されました。
しかし学生の期待権は侵害した
「上記認定事実によれば,被告は,世界的な経済状況の悪化,被告を含む不動産業界全体の不振,被告の資金繰りの悪化等を十分認識し,夏季賞与カット,退職勧奨等の経営改善策を進める一方で,平成20年7月までに原告及びAの内々定を決定し,入社承諾書を提出させたほか,同年7月30日には,原告及びAを被告事務所に呼んで,担当者B及び取締役管理部長Cで対応して,経済状態の悪化等があっても被告は大丈夫等と説明し,同年9月25日には,同年10月1日の原告及びAの正式内定を前提として,採用内定通知書交付の日程調整を行って,その日程を同月2日に決めたものである。
このような事実経緯からみる限り,被告は,平成20年9月下旬に至るまで,被告の経営状態や経営環境の悪化にもかかわらず,新卒者採用を断念せず,原告及びAの採用を行うという一貫した態度を取っていたものといえる。
したがって,原告が,被告から採用内定を得られること,ひいては被告に就労できることについて,強い期待を抱いていたことはむしろ当然のことであり,特に,採用内定通知書交付の日程が定まり,そのわずか数日前に至った段階では,被告と原告との間で労働契約が確実に締結されるであろうとの原告の期待は,法的保護に十分に値する程度に高まっていたというべきである。
それにもかかわらず,被告は,同月30日ころ,突然,本件取消通知を原告に送付して本件内定取消しを行っているところ,本件取消通知の内容は,建築基準法改正やサブプライムローン問題等という複合要因によって被告の経営環境は急速に悪化し,事業計画の見直しにより,来年度の新規学卒者の採用計画を取り止めるなどという極めて簡単なものである。また,その直後の電話による原告の直接の確認と説明の求めに対しても,原告に対して本件内定取消しの具体的理由の説明を行うこともなかった。このように,原告が相談した福岡学生職業センターからの指導に対する対応を含めても,被告が内々定を取り消した相手である原告に対し,誠実な態度で対応したとは到底いい難い。
加えて,被告は,経営状態や経営環境の悪化を十分認識しながらも,なお新卒者である原告及びAの採用を推し進めてきたのであるところ,その採用内定の直前に至って,上記方針を突然変更した具体的理由は,本件全証拠によっても,なお明らかとはいい難い。特に,被告における取締役報酬のカット幅や株主への配当状況等に照らせば,被告がいわゆるリーマン・ショック等によって緊急かつ直接的な影響が被告にあると認識していたのかは疑わしく,むしろ,経済状況がさらに悪化するという一般的危惧感のみから,原告及びAへの現実的な影響を十分考慮することなく,採用内定となる直前に急いで原告及びAの本件内々定取消しを行ったものと評価せざるを得ない。そして,本件全証拠によっても,当時,原告について被告との労働契約が成立していたと仮定しても,直ちに原告に対する整理解雇が認められるべき事情を基礎付ける証拠はない。
そうすると,被告の本件内々定取消しは,労働契約締結過程における信義則に反し,原告の上記期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから,被告は,原告が被告への採用を信頼したために被った損害について,これを賠償すべき責任を負うというべきである。」
長いですが重要です。
当時はリーマンショック等により経済状態が悪化していましたが、それでも入社できると告げていたということです。
内定が10月1日に出される直前に至っては学生にとっては当然に会社に入社できるという期待感は高まっており、裁判所はそれを「法的保護に充分に値する」と言っています。
また、内々定取消し通知後の会社の不誠実な態度も問題とされています。
他の裁判例でも再三出ますが、不誠実な態度はいけません。
誠実さは数字では測れませんが、事実を積み重ねれば裁判官には一目で誠実・不誠実が分かります。
この点が判断の分かれ目になることが多いのでご注意ください。
そして、新卒学生の採用はその学生の将来を左右するものであるのに、いわば適当な将来への経済的な危惧感だけで内々定取消しをしたと断じられています。
こうして学生の期待権を侵害したとして75万円の慰謝料額が認められました。
およそ4ヶ月分の給料額です。
これが高いか安いかはともかく、内々定取消しであってもこうして損害賠償請求が認められることがありますので、慎重に行うようにしてください。
弁護士 芦原修一