まず、戒告処分について解説してから、事例の説明をしています。
戒告処分とは
戒告処分とは、就業規則に定められた懲戒事由に該当する行為があった場合に、その行為をした従業員に対してする懲戒処分のことです。
懲戒処分には、懲戒解雇、停職処分、減給処分、けん責などがありますが、戒告処分は通常最も軽い処分として設定されています。
就業規則に定められた懲戒事由は会社の業務遂行に支障を生じさせる行為が列挙されていますが、その列挙事由に直接ピッタリと該当しなくても構いません。
戒告処分の意義
懲戒処分の中で最も軽い処分ですので戒告処分はあまり注目される処分ではありません。
しかし、最も軽い処分であるからこそ使いやすい処分であるとも言えます。
注意・警告をして改善を促す機能
会社の秩序を乱した行為、又は会社の業務遂行に支障を生じさせた行為があった場合、上司がその従業員に対して口頭で注意・警告をすることはよくあります。
その上司は、その従業員がいかに会社に迷惑をかけたかを自覚してほしいと望み、今後改善してもらいたいと望んで、注意・警告をすると思います。
しかし、そうした意図というのは受け手である従業員にはなかなか伝わりません。
現に、繰り返し注意・警告をしたとしても一向に改善されない経験をされている方もいるでしょう。
そこで、会社が正式に戒告処分をすることで正確にその意図が伝わりやすくなります。
例えば、口頭で注意・警告をしっかり3回しても改善されなかった場合には、次には戒告処分をするという方針でも良いでしょう。
そうした方針を固めておけば、「Aさんには戒告処分をしたが、Bさんにはしなかった」という不公平も生じません(この場合Aさんが戒告処分を争えば無効とされる可能性が高いです)。
ただ、気を付けてもらいたいのは、戒告処分といえども懲戒処分であり会社内における刑事罰のようなものなので、何となく戒告処分をするというのは絶対に止めてください。
行為そのものを罰するという短絡的な発想ではなく、その行為がいかに会社の秩序を乱したか、又は会社の業務遂行に支障を生じさせたかをしっかりと評価したうえで、戒告処分を下してください。
懲戒解雇・普通解雇の前のイエローカード
強い反発を避けるため
懲戒解雇・普通解雇というのはレッドカード、会社からの退場を意味します。
しかし、サッカーを少しでも知っていればお分かりだと思いますが、いきなりレッドカードというのは余り見かけませんよね。
レッドカードを出された選手やそのチームメイトからの抗議もあるので安易には出しません。
これに対して、イエローカード2枚で合わせて一本のレッドカードで退場だと、出された選手は不満を示したりチームメイトが抗議したりはするでしょうが、レッドカード一発よりもその様子は穏やかに見えます。
懲戒処分も同じでして、いきなりの懲戒解雇・普通解雇だと従業員の反発はすごいです。
会社にしてみると散々問題行動をしてきて口頭で注意・警告をしてきたから突然に厳しい処分をした感覚はないのですが、自覚のない従業員からすると青天の霹靂なのです。
そこで、まずは軽い戒告処分をしておくといきなりの処分ではないので、従業員としても解雇処分を受け入れることがあります。
懲戒解雇・普通解雇を有効にするため
懲戒解雇・普通解雇が裁判所で争われた場合、その前に注意・警告をして是正の機会を与えたかが問われることが多いです。
つまり、是正の機会を与えていなければ解雇無効とされてしまうことが多いのです。
是正の機会を与えていればその点は良いので、必ずしも戒告処分をしなければならないというわけではありませんが、書面という形に残りますし、口頭で注意・警告をするよりも会社が重大事と捉えていたということを示せます。
これは裏を返せば長期に渡り口頭での注意・警告を繰り返していたら、厳しい処分をしなくても業務遂行に支障を生じていないのだと見られるおそれすらあるということです。
いきなり解雇する前に注意・警告をして是正の機会を与えるべきことについては、この下の記事に詳しく書きましたので、お読みください。
戒告処分・けん責処分についての事例(裁判例)
では戒告処分・けん責処分についての事例(裁判例)を見ていきましょう。
無効とされた裁判例と有効とされた裁判例を見ることで、どの程度の行為があれば戒告処分を出せるかが見えてきます。
けん責処分が無効とされた裁判例
メールを送信したことについてけん責処分がなされた
原告は、他の非正規社員ら複数名に対し、以下のメールを送信した(以下「本件メール」という。)。
東京地裁平成25年1月22日判決
「業務(正社員ではない)社員の皆さんへ
お疲れ様です。
下記の通り、先日労働局に行って話を聞いてきました。また、弁護士さんに相談にも行き、話を聞いてきました。
ポイントだけ言いますが、もしも、辞めたくないのに契約打ち切りを言い渡されたら、『解雇理由通知書』を出してください、と伝えて、『私は辞めたくありません』『辞められません』とはっきり伝えて返事を保留にし、労働基準監督署に相談してください。その時、業績悪化と言われたら、人を新しく雇っているとの話をして、納得いかないし辞めたくない、という話をして下さい。『能力が足りない』と言われたら、会社の指導が足りないからではないですか?と言ってください。とにかく労基に言ってくださいね。たぶん、まず、あっせんという話し合いの場を設けてくれます。それで会社がしらばっくれて出てこない場合もあります。その後は民事で、いきなり訴訟、ではなくて、労働審判(3回で終了)に移行できます。これは地裁からの呼び出しになるので、無視はできません。(監督署ではなく裁判所なので、欠席すればこちらの言い分を認めたことになります)ここで、不満な審判がおりても不服申し立てもできます。
この度、契約打ち切りを言い渡されたのに、会社都合ではなく、『自己都合にすることもできる』と言われ、それでは困るので…と辞めていった人もいます。そんなことはあり得ないし、それはパワハラにあたるので、もしそんなことを言われたら問題です。それも監督所(註:原文のまま)に言ってください。
今年や来年は大丈夫でも、何年後かにはいつか自分もそうなる時がくるかもしれません。また、来ないかもしれません。(もちろん来ないことを祈っていますが)だから、今からそう恐れる必要はありませんが、知識として持っておいてくださいね。
このメールは、必要ならば印刷で出すなどして、すぐに削除してください。
まずは、お仕事をきちんと頑張りましょう!」
けん責処分は戒告処分とほぼ同等
本件メールを送信したことをもって原告はけん責処分とされました。
けん責処分は一般的に懲戒処分の中でも最も軽い処分ですので戒告処分類似のものとしてここで挙げます。
違いがあるとするとけん責処分だと始末書の提出を義務付けている会社が多いですが、戒告処分でも始末書の提出をさせることがないわけではありません。
けん責処分と戒告処分は法律上の定義ではなく、それぞれの会社の就業規則で定義付けられることを知っておいてください。
論点① 会社の信用を棄損したか
本件メールで原告は、会社の担当者の態度を問題視しています。
会社が契約打ち切りに際し恫喝的意図を有していたことを前提にしており、裁判所もその点は問題がなくはないとしています。
しかし、『自己都合にすることもできる』という発言を受けて恫喝と受け止めて不安を覚える従業員がいることもいることから、客観的事実とそれほど違いはないと判断しました。
そして、このように不安を覚えて非正規社員の立場が弱められることを危惧し、会社の言いなりになる必要はないと呼び掛けることも理解できるとしました。
そして、この本件メールを受けた非正規社員から何ら苦情や不安を訴える申告がなされていないので、具体的な秩序の乱れや被害も生じていません。
以上により裁判所は、原告が本件メールの送信により会社の信用を棄損したとはいえないと判断しました。
論点② 他の非正規社員に対し「次回更新されないのではないか」との不安を煽ったか
これについて裁判所は、原告が雇止めをされて更新されなかったことは事実であり、それを受けた他の従業員がそのまま自分も次回更新されないのではないかと不安に思うことはないとしました。
論点③ 本件メールの送信は不適切な方法であったか
これについて裁判所は、非正規社員の原告が直接会社に物申すことは期待できず、労働者側の自己防衛手段の一つとしてやむを得なかったとしました。
本裁判例のポイント
会社からすると、雇止めについて争うように煽っている本件メール送信は腹立たしく思われるでしょう。
ただ、本件メールのように、ほぼ事実に基づいて法的に大きく誤っていない方法で対処することを他の従業員に提案することは、会社の秩序を乱したり業務遂行に支障を生じさせたりしたとは評価されません。
腹立たしく思われる感情は理解できますが、戒告処分をする際にはその感情は横に置いて、「事実に反したことを他の従業員に広めたか」、「大きく誤った提案をして他の従業員を混乱させたか」、「そのことで会社の秩序が乱れたり、業務遂行に支障を生じさせたりしたか」という観点で判断してください。
なお、事実に基づかずに会社を誹謗中傷したビラを配布した行為に対するけん責処分を有効とした最高裁判例がありますので一応引用しておきます。
ビラの内容がほとんど事実に基づかず、又は事実を誇張し捻じ曲げて会社を非難攻撃し、全体としてこれを誹謗中所するものであり、ビラの配布により労働者の会社に対する不信感を増幅させて企業秩序を乱し、又はそのおそれがあつたものとした原審の認定判断は、正しいものと認められ違法はない。
最高裁昭和58年9月8日判決
そして、原審の認定判断に基づき、上で述べたことに照らすと、従業員による本件ビラの配布は、就業時間外に職場外である会社の従業員社宅において職務遂行に関係なく行われたものではあるが、就業規則所定の懲戒事由にあたると解することができ、これを理由としてこの従業員に対して懲戒としてけん責処分を下したことは懲戒権者に認められる裁量権の範囲内であり、これと同旨の原審の判断は正当である。
戒告処分が有効とされた裁判例
(2) 就業規則の懲戒事由該当性について
大阪地裁平成28年6月9日判決
ア 原告が改善指導後,コンプライアンス推進室や人事室長などに対し,原告が主張する従前からの経緯を記載したメールを複数回送信した。
これらは,改善指導書に対する反論の体裁ではあるものの,その実質は,改善指導書に記載された行為について,従前からの原告の主張を繰り返すものにすぎず,しかも,改善指導書を手渡された際に立ち会った役職者らに対しても送信しているものである。
加えて,原告は,大阪人事室長及びコンプライアンス推進室長の連名のメールによって,改善指導書に関する申立等を執拗に繰り返す行為は懲戒処分の対象となりうることや,改善指導書による指導を真摯に受け止めて改善に努めることを求められたにもかかわらず,改善指導書に従うようにとのメールは,パワハラであり,名誉毀損であり,ガスライティング(他人を混乱させ陥れる行為)であるとして,それに従うことはできない旨を回答したこと,改善指導書の発出は,社内検定不正行為事件についてコンプライアンス推進室に申告したことに対する不利益取り扱いであるとして,改善指導書の撤回や損害賠償を求めるあっせんの申立てをしたことは上記のとおりである。
イ こうした経緯からすれば,原告は,そもそも改善指導に従う意思もなく,改善指導後も改善指導に対する反論の体裁を取りつつ,新たな事実の指摘や当該事実を裏付ける客観的資料を摘示することなく,回答済みの事項について,不服を繰り返し,従前の主張を繰り返していたといわざるを得ない。
そして,被告の就業規則7条10項は,「上記に準ずる事項で職場秩序を乱し,またはそのおそれを発生させてはならない」と規定しているところ,改善指導を受けながらそれに従わない態度を示し,同種の行為を繰り返した原告の行為は,職場秩序を乱した行為として,就業規則7条10項に該当するというべきである。
この裁判例の戒告処分の有効性を判断する枠組みは次のとおりです。
(1)改善指導が不当でないか(従わないことは不当か)
↓
(2)改善指導に従わないことが不当であるとしても、懲戒事由に該当するか
↓
(3)懲戒事由に該当するとしても、懲戒権の濫用ではないか
適切な改善指導が後の戒告処分を有効にする
そもそもどういった行為に対する改善指導だったのでしょうか。
従業員(ここでいう「原告」)が他の従業員Aからストーカー行為を受けているとコンプライアンス推進室に申告したことが始まりです。
その申告自体は良いのですがコンプライアンス推進室が「ストーカー行為などなかった」と結論付けたにも拘わらず繰り返ししつこく申告をしました。
そして、このことがコンプライアンス推進室の業務遂行に支障を生じさせたと判断されました。
また、それらの申告作業は主に就業時間内になされておりその頻度からすると、それ自体が職務専念義務違反であるとも判断されました。
原告は,平成23年4月20日,顧客との電話のやり取りの際,「あ
大阪地裁平成28年6月9日判決
なたを訴える」旨の発言をし,当該顧客から被告に対し,電話対応が悪いとの厳しい苦情があり,B総務部長から注意を受けた(原告はこの点について,経緯等は縷々主張するが,当該発言の有無については,否定するような陳述をしていない。)。
原告は,これに関し,精神的苦痛,名誉毀損を受けた償いとして,本件を起因として職場内で不利益な立場となったことに関し,コンプライアンス推進室に対し,慰謝料500万円を請求する旨の申告をした。
これは一例を抜粋しただけです。
こうして見るだけでも原告が異常な行動に出ていることが分かります。
会社幹部からするとこのような原告に対して改善指導をすることはもちろん、戒告処分をすることなど当たり前と思うかも知れません。
しかし、そのように短絡的に判断してはいけません。
人の行動を異常な行動と評価することは、雑談レベルであれば皆の共感を得られます。
しかし、そのことが「労使関係においておかしいこと」と裁判官の認定を得るには行動それ自体を評価付けることに加えて、「その行動がいかに会社の業務遂行に支障をきたしたか」を論じなければならないのです。
そうすると、改善指導についてもそれに沿うようにしなければならず、「会社の業務遂行が円滑になるよう導くべく」改善指導をしてください。
そうすることで、その改善指導が適切だと評価されますし、適切な改善指導に従わない場合に戒告処分をすれば、その戒告処分は有効とされやすくなります。
さて、「適切な改善指導に従わなかったことが懲戒事由に該当する」
ここまで判断されましたが、最後の「懲戒権の濫用か」について引用します。
(3) 本件懲戒処分の適否について
大阪地裁平成28年6月9日判決
ア 以上のとおり,原告は,就業規則7条10項に違反し,また被告の職員懲戒規定では,それを懲戒事由として,戒告から懲戒解雇までのいずれかの処分ができる旨を定めているから,本件懲戒処分は,被告の就業規則や職員懲戒規定に沿ったものと認められる。そして,①原告が今までにした申告の回数があまりに多く,それについて書面で注意を受けたりしたものの,繰り返したため,本件改善指導に至ったこと,②原告は,本件改善指導を受けながら,それに違反する行為を行ったこと,③本件改善指導後,原告がなおもメールで申告したことについて,本件改善指導に従うようメールで注意したが,原告はこれに従わない旨の回答をしたこと,④処分内容がもっとも軽微な戒告であること,その他本件の経緯も総合すれば,本件懲戒処分が根拠を欠くとか,懲戒権を濫用したものということはできない。
繰り返しますが、本裁判例の戒告処分の有効性を判断する枠組みは次のとおりです。
(1)改善指導が不当でないか(従わないことは不当か)
↓
(2)改善指導に従わないことが不当であるとしても、懲戒事由に該当するか
↓
(3)懲戒事由に該当するとしても、懲戒権の濫用ではないか
懲戒権の濫用については(3)で判断されていますが、ここで引用した箇所を見れば分かるとおり、あまり具体的な判断はしていません。
ほとんど(2)で判断を済ませていますね。
唯一、④として「処分内容がもっとも軽微な戒告であること」という評価をしています。
そうすると、改善指導が絡んでの戒告処分については、「改善指導が適切か」が中心的に検討されるということです。
適切な改善指導こそが適切な戒告処分とみなされるということですね。
これらの裁判例から会社が学ぶべきこと
・従業員の行為が一見おかしなものでも、それだけで戒告処分をしてはならない。
・従業員の行為が会社の秩序を乱したり、業務遂行に支障を生じさせたりしたときに初めて戒告処分を検討する。
・戒告処分の前に改善指導をする場合にも、同じように会社の秩序を乱したか、業務遂行に支障を生じさせたかを検討する。
これらについて注意しておけば、改善指導、戒告処分、そしてそれらに続く普通解雇や懲戒解雇が有効と判断されやすくなります。
弁護士 芦原修一