この裁判例⑩は既存社員の解雇の事案です。そして内定取消しの事案にも応用できますので判決を整理して紹介します。
また、主力事業の廃止に伴う解雇ということで清算手続きとは異なりますが事実上は会社の事業は停止したので類似しています。
比較的新しい裁判であり、東京地裁の事例ですのでその点でも参考になります。
結論から言うと、会社が勝訴していて、この後に東京高裁、最高裁まで行きましたがすべて会社が勝訴し続けて確定しています。
裁判例⑩の解雇の要件
裁判例⑧の裁判所は解雇の要件について次のとおり検討しています。
「被告は,固定資産として,江戸川工場及び浦安工場の敷地建物のほかに,△△等の不動産を所有,賃貸し,これにより継続的に年間1億円以上の利益を挙げ,本件解雇以降も同不動産賃貸を継続しており,被告の全事業が廃止されたということはできないから,会社の全事業が廃止されて会社が解散し,清算手続に入った場合のように,解雇回避努力を考慮する余地がないとまではいえないというべきである。この点について,被告は,△△等の賃貸は被告の事業ではない旨主張するけれども,76期から80期の所有不動産の年間賃料収入額が約2億5000万円,利益額が年間約1億5000万円程度であったことは前記認定のとおりであるから,被告の事業であることは否定できないというべきであり,被告の主張は採用することができない。
そうすると,本件解雇は,基本的には整理解雇というべきであり,人員削減の必要性,解雇回避努力,被解雇者選定の合理性及び解雇手続の相当性の存否及びその程度を総合考慮して,本件解雇が客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当として是認できるか否か(労働契約法16条)を判断するのが相当である。
もっとも,被告は,△△等の賃貸に当たり,不動産管理会社にその実質的な管理を全て委ねており,その管理には被告の従業員を従事させておらず,同賃貸の関連業務に経理担当の従業員のみが関わっていたことは前記認定のとおりであるから,本件解雇において,被告が履行すべき解雇回避努力義務の内容については,このような事業の特質,実態を考慮すべきである。
また,原告らの当面の生活維持や再就職の便宜を図るための措置についても整理解雇の効力判断の一要素として考慮するのが相当である。」
本件は清算手続きと異なり不動産事業が存続しているから解雇回避努力要件が必要であり、整理解雇として解雇の有効性を判断するべきとしています。
もっとも、残存する不動産事業については不動産管理会社に管理を任せていて主力事業が廃止したいま具体的な事業活動はされていません。
そこでそうした事情も踏まえて解雇回避努力義務の内容を検討するべきともしています。
また、当面の生活維持=経済的手当て、再就職の便宜=再就職のあっせん等も整理解雇の効力判断の対象とされました。
整理解雇の有効性の検討
人員削減の必要性はあった
「被告における平成21年以降の油井管製造事業は78期(平成24年6月1日から平成25年5月31日まで)を除いて赤字が続いており,被告に対する発注者であったA社が,世界的な原油価格の大幅な下落や海外製油井管の価格競争力の増大を背景に,被告の採算ラインを割り込む価格削減を提案し,ドリルパイプの製造委託契約関係を終了させた上,カップリング製造事業についても,従業員の雇用維持を軸とした被告からA社に対するカップリング生産設備等の売却,同社への構内移転の提案につき,被告からの再三にわたる検討要請に対して回答せず,最初の提案から2年以上経過後に最終的にこれに応じない旨回答するなど,A社として被告との取引関係を継続させる意思を喪失したようにも見受けられる状態となったため,被告の取引継続の希望にもかかわらず,A社との取引関係の継続が困難な状況に至ったという経緯が明らかである。また,被告は,油井管製造事業を取り巻くシェールオイル掘削コストの顕著な低下や原油価格の大幅な下落等の国際的な状況に照らし,将来的に油井管製造事業の需要が回復することは見込まれないことも考慮して,事業の継続はできないと判断したものであり,この判断は,経営判断としてやむを得ないものであったということができる。これらの事情を総合すると,被告においては,上記事業の廃止により,同事業に従事していた従業員につき,人員削減の高度の必要性があったと認められる。」
赤字が続いていることが端的に示されていますがこれは裁判所の判決文だから許されるのであって、会社側としては単に「赤字が続いていて…」と主張するだけではダメで、決算書の損益計算書を証拠として営業損失が続いていることを示さなければなりません。
そして、大きな取引先のA社との関係が消滅し、油井管製造事業の需要回復見込みも薄いという判断を裁判所が尊重し、人員削減の必要性が認められました。
A社と交渉の余地もなかった
従業員側はA社と交渉の余地があったのに会社が歩み寄らなかったと反論しましたが、優越的な地位にあるA社にイニシアティブがあるからA社の思い通りにしかならないこと、並びに会社も再三A社に交渉を働きかけていたことを認めて、反論を退けました。
不動産事業の収入は考慮要素に入らない
従業員側は会社には不動産事業の収入があるのだから油井管製造事業廃止の必要性はなかったと反論しましたが、裁判所は黒字化の見込みのない事業を継続して不動産収入で補填し続けることは合理的でないと反論を退けました。
解雇回避努力はあった
「解雇回避努力義務として,配転の余地があったかについてみるに,前提事実及び前記認定事実のとおり,被告は,△△等の所有不動産の管理について専門の不動産管理会社に委託しており,被告内部では経理担当の1名がその関連業務に従事しているのみであって,もともと被告において何らの部門もそれに従事する人員も存しなかったものであるから,被告において,不動産の賃貸をその事業として行っていたといえるにしても,これについて更に人員を配置する余地はなかったというべきであるし,専門の業者に対する不動産管理業務の委託を止め,不動産の管理を行う部門を創設するなどして,原告らを配転する義務を負っていたともいえないというべきである。また,被告の関連会社についても,同様に不動産事業部門に配置する余地はない上,油井管製造事業からの撤退により,同事業に従事させる可能性も失われたものであるから,原告らを転籍等させる余地はなかったというべきである。」
会社には油井管製造事業の他に不動産事業を有していましたが、そもそも不動産事業は他社に委託していて従業員を配置しておらず、これを機に原告らを不動産事業に従事させるまでの義務はないとしました。
「次に配転以外の点についてみるに,被告が,油井管製造事業に携わっていた従業員を解雇するに当たり,会社都合退職金に加えて1年分の年収に相当する特別退職金を支払い,再就職支援サービスの利用料を無期限で会社負担とするなどの条件で希望退職を募ったこと,希望退職に応じなかった原告らに対しては,油井管製造事業を終了した後においても,組合との団体交渉を行っていた期間中は事業撤退前と同額の賃金を支払っていることなどの前記認定に係る事情は,整理解雇の有効性を基礎付ける一事情というべきである。」
主力事業の廃止なので全員解雇は必至ですが、有利な条件での希望退職を募ったことが解雇回避努力とされました。
また、主力事業が廃止された後も原告らに対してそれまでと同じ賃金を支払い続けていることも解雇回避努力とされました。
解雇回避のために新規事業を起こす義務まではない
原告らは、会社は解雇回避のために新規事業を起こす努力をしなかったと反論しましたが、裁判所は新規事業を起こすかは会社の専権事項だとして反論を退けました。
12ヶ月分の特別退職金の支給はプラスに評価できる
原告らは12ヶ月分では足らないと反論しましたが、裁判所は十分プラスに評価できると反論を退けました。
被解雇者選定の合理性もあった
「被解雇者の選定については,事業撤退の判断が経営判断として合理的であり,他の事業部門等への配転可能性がない以上,油井管製造事業に従事していた従業員全員のうち希望退職に応じない者全てがその対象となるのは当然であるから,この点は本件解雇の効力を左右しない。」
人員削減の必要性と解雇回避努力が認められれば、残る原告らが解雇の対象になるのは当然なので、この点が問題にはならないとしました。
手続の相当性もあった
「被告は,油井管製造事業から撤退することを決定した後,平成27年12月11日から21回にわたって原告らの所属する組合と団体交渉を行い,事業撤退に至る経緯について,組合の求める資料の開示に応じながら説明を重ねてきたものであり,交渉経過をみてもその交渉態度に不誠実な点は見当たらず,被告が全従業員に対する希望退職募集を開始した時期も含めて,原告らに対する説明等が不相当であったことを基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はない。」
21回の団体交渉というのは相当多い回数です。
また、他の裁判例でも再三示されるのが「交渉態度の誠実さ」です。
内定取消しにせよ、解雇にせよ、21回の交渉までは不要ですが、誠実に対応することは重要です。
この裁判例の結論
以上により、この解雇は有効とされました。
内定取消しへの応用
この裁判は既存社員の解雇ですので内定者と同じには考えらえませんが、経営悪化に伴い自身には落ち度がない労働者との関係を解消するという点では共通しています。
重要なのはコロナウイルスの影響で経営悪化したことを客観的に示すことです。
本件では、赤字が続き、大きな取引先との取引がなくなり、このままだと主力事業が破綻必至であるとされました。
希望退職の募集
内定取消しの場合に既存社員を有利に扱うことは一般的には許されます。
もっとも、内定取消しの回避努力として、希望退職を募ったことはプラスに評価されます。
また、その希望退職に際し12ヶ月分の特別退職金の支給もしており、このような経済的手当ては深い配慮と評価されます。
希望退職の募集については解雇回避努力の要件で評価されていますが、清算手続きに伴う解散の場合には解雇回避努力はありませんので、手続の相当性を満たす事実として評価されることでしょう。
おわりに
本件の会社はこのまま経営を続けると破綻必至でした。
ここまで主力事業廃止の必要性が高ければ、手続きの要件のハードルは低くなります。
もっとも、手続き的配慮をするに越したことはないので、これを読まれた会社は可能な限りの説明はしてください。
弁護士 芦原修一