この裁判例⑨は既存社員の解雇の事案です。そして内定取消しにも応用できますので判決を整理して紹介します。
結論として、病院側が勝訴しています。
病院長が解雇無効を主張した事例ですが、年俸2000万円と高額の年俸を得ており、平均的な労働者としての要保護性は低いことが前提になっていると思えます。
法改正による解散というイレギュラーな事例であり、法改正という誰も抗えない事情であれば「事業廃止の必要性」の要件は不要という点も参考になります。
比較的新しい裁判であり東京地裁の裁判例ですのでその点でも参考になります。
裁判例⑨の清算手続きに伴う解雇の要件 – 手続の相当性のみが要件
裁判例⑨の裁判所は清算手続きに伴う解雇の要件について次のとおり検討しています。
「被告の解散自体は,RFOが改組されて新機構となり,新機構が本件病院等を自ら経営することが法改正により定まったことによるもので,やむを得ない事由によるものであったと評価されるところ,解散に伴い職員を解雇することも被告の解散手続に伴うやむを得ない措置であるというべきである。解散に伴う解雇については,事業そのものがなくなるのであるから,法人が存続しつつ人員削減措置をとる整理解雇とは前提を異にしており,いわゆる整理解雇の四要件は適用されない。また,前記(1)イの各認定事実によれば,被告は,原告を含む職員に対して,法改正に伴う対応について,十分な説明をしているものと認められることから手続上の瑕疵もない。そして,前記1で判示のとおり,原告被告間で雇用期間の保証があったとは認められないことから,原告の雇用期間の保証があったことを前提とする解雇無効の主張はその前提を欠く。」
この部分は、解雇の要件とそれに対する事実の当てはめを同時にしています。
一般的に、法人の解散に伴う解雇の要件は、1)事業廃止の必要性、2)手続の相当性、の2要件です。
しかし、本件ではただ一つ、「手続の相当性」を要件としています。
被告は病院であり法改正により経営主体が新機構に変更することに伴い、解散するに至りました。
RFOというのは「 独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構 」の略称です。
通常は法人が主体的に清算手続きを進めて解散するものですが、本件では法改正により強制的に解散することになったので、「事業廃止の必要性」は要件とされていません。
これは考えれば当たり前のことですが、一つのイレギュラーな事例として参考になります。
そしてそもそも法改正は誰も抗えない事情ですので、そこで求められる手続きは「法改正で病院が解散すること」の説明を真摯に行なったかどうかです。
本件では、原告を含む全職員に対して、法改正に伴う対応について、十分な説明をしていることが認められ、「手続の相当性」も認められました。
この裁判例の結論
以上により、この解雇は有効とされました。
重要な事情
年俸が2000万円であったこと
医師としては平均かも知れませんが、一般的には高額の年俸です。
そもそも解雇から労働者を守るというのは労働者が弱い立場に置かれがちで要保護性が強いからこそです。
しかし、このような高額の年俸を得てきた原告は労働法制上、要保護性は弱いです。
このことを判決文ではっきりとは言いませんが、裁判官はこうした価値判断をしているものと強く推測します。
実は私はこの裁判官に当たったことがありそのときは敗訴的和解に終わりました。
しかし、客観的に振り返ると公平な見方をする裁判官だったと記憶しています。
判決文には出ていない裁判官なりの価値判断も働いたと考えます。
法改正による解散
これはかなり重要な事情です。
私が多くの裁判例を分析したところ、1)事業廃止の必要性、と2)手続の相当性、は独立別個の要件ではなく相関関係のある要素です。
つまり、1)が高ければ2)は低くても解雇が認められ、1)が低ければ2)は高くなければ解雇が認められないのです。
本件は法改正による強制的な解散です。
事業廃止の必要性どころか解散が前提です。
そうすると、手続きにおいて相当に不誠実な対応をしない限りは解雇は有効との結論になったでしょう。
ましてや前段で触れたとおり原告は年俸2000万円の高額所得者です。
内定取消しへの応用
この裁判は既存社員の解雇ですので内定者と同じには考えらえませんし、法改正による解散ですのでコロナウイルスの影響で経営悪化した場合とも異なります。
しかし、高額な年俸を得ようとしている内定者の内定取消しというケースには応用が利きます。
大学新卒なら600万円以上、中途採用なら1000万円以上が目安になりそうです。
分かりやすく言うと、「内定取消しをされてかわいそうな内定者」かどうかです。
本件では再就職のあっせんをしていませんが、それはともかく、内定者に対してはあっせんは難しいので必須とまでは言えません。
経済的手当てですが、これは急に就職先を失う内定者に対してはいくらかの手当てを渡すことが手続きの妥当性にプラスに働きます。
本件では支給していませんが、それはそれ、これはこれです。
おわりに
法改正による解散は特殊ですので直接参考になる会社はあまりないかと思いますが、高額の年俸を得ようとしている内定者の内定取消しをする場合にも参考にしてください。
弁護士 芦原修一