この裁判例⑤は既存社員の解雇の事案ですが、内定取消しにも応用できますので判決を整理して紹介します。
結論
解雇は有効とされました。
裁判例⑤の清算手続きに伴う解雇の要件
裁判例⑤の裁判所は次の要件を前提としています。
1)解散による企業の廃止が、労働組合を嫌悪し壊滅させるために行われたものではないこと
2)手続の相当性
事業を廃止することは会社の専権事項だから、事業廃止に伴う解雇は原則有効である。
つまり、例外的に無効になることはある、ということを含めています。
ただし、原則は解雇有効という基準は会社にとっては有利なものです。
「解散による企業の廃止が,労働組合を嫌悪し壊滅させるために行われた場合など,当該解散等が著しく合理性を欠く場合には,会社解散それ自体は有効であるとしても,当該解散等に基づく解雇は「客観的に合理的な理由」を欠き,社会通念上相当であると認められない解雇であり,解雇権を濫用したものとして,労働契約法16条により無効となる余地がある。」
このとおり例外的に無効となる場合を挙げています。
おそらく労働組合との対立があり、従業員側からも「会社が労働組合を嫌悪して解散した」という主張があったのでしょう。
「労働組合を嫌悪し壊滅させるために行われた場合」という基準はなかなか目を引くものですが、結局は他の裁判例と同じです。
つまり、事業廃止の必要性が本当にあったのか、という基準の裏返しです。そうした裏返しの一例として「労働組合を嫌悪し壊滅させるために行われた場合」が挙げられています。
営業損失が続き赤字続きで経営を続ける意味がない、ということさえ証明できれば、「労働組合を嫌悪し壊滅させるために行われた場合」には当たらない、ということも同時に証明できるのです。
また、最後に「余地がある」という言葉が付けられていますが、これは例外を限定する意味があります。
「例外的に解雇が無効になることはあるけどそれは限定的な場合に限られるよ」ということです。
次に手続の相当性については裁判所は次のとおり示しています。
「会社解散による解雇の場合であっても,会社は,従業員に対し,解散の経緯,解雇せざるを得ない事情及び解雇の条件などを説明すべきであり,そのような手続的配慮を著しく欠いたまま解雇が行われた場合には,「社会通念上相当であると認められない」解雇であり,解雇権を濫用したものとして,労働契約法16条により無効と判断される余地がある。」
他の裁判例と同じように手続きの相当性の要件が求められています。
しかしこれについても「余地がある」としていてあくまでも限定的に解雇無効という例外があり得るということです。
解散は「労働組合を嫌悪し壊滅させるために行われた」ものではなかった
では会社の経営状況はどんなものだったのでしょうか。
「被告会社は,39期(平成19年4月1日から平成20年3月31日まで)までは営業利益を生じていたものの,40期(平成20年4月1日から平成21年3月31日まで)から42期(平成22年4月1日から平成23年3月31日まで)までは営業損失を生じていた上,平成23年3月以降の運送収入が前年比で60パーセント台から70パーセント台に低下している。また,被告会社における40期(平成20年4月1日から平成21年3月31日まで)から42期(平成22年4月1日から平成23年3月31日まで)までの間の運送収入に対する直接人件費の割合は80パーセントを超えており,他のタクシー事業を行っている一般的な事業者よりも相当に高かったことが窺われる(〈証拠略〉)。」
見るからに経営状況が悪化していっているのが分かります。
私が注目するのは、運送収入に対する直接人件費の割合が80パーセントを超えている点です。
もはやこれだけでも会社として成り立たないことは経営者の方ならお判りでしょう。
他の裁判例では、別の角度から販管費に占める人件費の割合が70%を超えていたというものがありましたが、ここに示された割合はもっとダイレクトに経営を逼迫する事情です。
何しろ残りの20パーセント未満で他の販管費と経費を賄わなければならないのですから。
経営者は役員報酬を取れなかったのではないかと強く推測できます。
「このように,被告会社においては,3年連続で営業損失が生じていた上,平成23年3月以降は,前年に比べて運送収入が相当に落ち込んでいたということができるから,平成23年8月時点において,以後も営業を続けた場合には,今後も収支が改善せず営業損失が生じる状態が継続する可能性が相当程度存在したというべきである。そして,このような状態が継続すれば,被告会社を経営することは不可能となる。」
営業損失が続くということは赤字が続いて会社の資産を食いつぶすということです。
そして営業損失が生じる原因は2つあり、1つは売上の減少ですが、運送収入が相当に落ち込んでいることも認められています。
このように会社経営を続けることは不可能と断じています。
その他、事業廃止の必要性に関する事情
資金繰りに窮していなくても事業廃止の必要性は認められる
従業員側は、会社は資金繰りに窮しておらず期限を経過した債務の不履行もわずかであったと反論しました。
しかし裁判所は、「営業損失が生じる状態が継続することによって会社財産が減少することを防止するために会社を解散することにも合理性が存在する」として、その反論を退けました。
また会社が役員からの1900万円の借り入れで当座をしのいでいたことを指摘して、「そもそも短期的な資金繰りについても余裕があったわけでもない」としています。
直近まで継続的な設備投資をしていたとしても事業廃止の必要性は認められる
「平成19年度から平成23年度まで被告会社が設備投資を行っていたことは,設備投資の時点では被告会社の存続を予定していたことを推認させる(ママ)得るものであるとしても,経営上の判断は状況の変化に応じて流動的に行われるものであるから,その後の状況によって被告会社の存続に対する判断を変更することも十分にあり得ることを考えれば,平成23年8月に本件解散決議が行われたことが不自然ということはできない。」
経営上の判断はその場その時で変わりうるものなので、直近まで設備投資をしていたことが事業廃止の必要性を否定することにはならない、としています。
経営状態の改善努力をしたかどうかは事業廃止の必要性には関係がない
「原告らは,被告役員らが被告会社の経営状態を改善するための努力をしないままに本件解散決議が行われたことは不合理であるとも主張する。しかしながら,経営努力によって収支が改善する可能性があるとして会社を存続させるか否かは,会社の所有者である株主が,その当時の経済状況や将来の見通し,会社の事業内容や物的人的設備の具体的な状況及び会社役員らの能力などを総合的に勘案して判断するものであるから,上記(ア)で判示した本件解散当時の被告会社の経営状態も勘案すれば,本件解散決議が経済的な合理性を欠いていると断じることはできないし,被告会社の株主が専ら原告組合に対する嫌悪から原告組合の壊滅を目的として本件解散決議を行ったとも認めることはできない。」
これを一歩進めて考えると、今の状態が悪いのであればそれだけで事業廃止の必要性は認められ、それについて改善努力するか否かは関係ないものとしています。
経営状況が悪いという状態さえ認められれば、それを覆せるのは「実は経営状況は良い」という事実だけであり、何か他の目的、ここでは組合の壊滅の目的を認めることはできない、ともしています。
もっと推測しますと、通常の解雇であれば役員が決定するものであってそこには組合の壊滅の目的という主観が入り込むこともあり得るが、解散となると役員ではなく株主が決めるので組合の壊滅の目的を認めることはより難しいと読むこともできます。
手続きも相当であった
「本件解散決議については,被告会社の株主が決定したものであるから,原告組合が団体交渉により求めようとしていたその決議の撤回等について,被告役員らが団体交渉等において交渉することには限度があり,団体交渉を行ったとしても,これによって本件解散決議が撤回された可能性は乏しいと考えられる。また,人員削減等による整理解雇の場合には,従業員のうち特定の者が解雇されることから,その整理解雇の対象とされた者に対し,整理解雇の対象とされた理由を説明するなどしてその理解を得る努力が求められるが,本件各整理解雇は本件解散決議に基づく全従業員の解雇であるから,解雇される全従業員に説明すべき事項が本件解散決議の理由に限られることになるものの,本件解散決議は被告会社の株主の判断であるため,その理由を被告会社の役員らが全従業員に対し詳細に説明するのは困難であるといわざるを得ない。」
ここではかなり手続きの相当性についてハードルを低くしています。
要素としては、解散は株主の決定事項なので役員が交渉できる範囲は限られていること、解散による解雇は全員解雇なので人員選定基準の説明はなく解散理由の説明に限られるがそもそも株主の判断なので説明できることは限られていること、の二点が挙げられています。
2ヶ月前の解雇通知で十分な期間である
裁判所は、法的にも1ヶ月前の解雇通知で十分であるし、2ヶ月もあれば再就職の準備に充分であったとしています。
再就職支援をしなかったとしても手続き的に不相当ではない
再就職支援をすることが望ましいけれども、それをしなかったとしても手続き的には不相当とはいえないとしています。
裁判所は、以上のとおり手続きも相当であったと認定しました。
この裁判例の結論
以上により、この解雇は有効とされました。
重要な事情
事前の交渉
なし。
事前の交渉なく解雇の有効性が認められたのは珍しいです。
この裁判所は、 解散は株主の決定事項なので役員が交渉できる範囲は限られていること、解散による解雇は全員解雇なので人員選定基準の説明はなく解散理由の説明に限られるがそもそも株主の判断なので説明できることは限られていること、 の二点を挙げています。
また、事業廃止の必要性が非常に高く、倒産必至の状況という点も重視されたのではないかと推測します。
解雇の通知
8月17日株主総会で解散決議、同月19日に組合と全従業員に対して解散、業務停止、解雇の通知、という流れです。
事後の説明
組合が説明会の開催を求めたが会社は拒否。
これについて上の「事前の交渉」に記載したとおり、この状況では説明できる範囲は限られているから説明がなくても構わないとしています。
再就職のあっせん
なし。
裁判所は「再就職のあっせんをするのが望ましいけど…」としつつ「しないことが解雇を無効にするほどの事情ではない」としています。
経済的手当て
なし。
特に言及はありませんでした。
内定取消しへの応用
この裁判は既存社員の解雇ですので内定者と同じには考えらえませんが、経営悪化に伴う清算手続きにおいて自身には落ち度がない労働者との関係を解消するという点では共通しています。
重要なのはコロナウイルスの影響で経営悪化したことを客観的に示すことです。
本件では、営業損失が続き、このままだと破綻必至であるとされました。
本件では事前事後の説明・交渉はなくても解雇の有効性が認められました。
ただし、他の裁判例を見ていると、手続きとして説明・交渉はそれなりに重視されているので、しておくに越したことはありません。
そうすることで内定者の気持ちに配慮していると認められます。
本件では再就職のあっせんをしていませんが、それはともかく、内定者に対してはあっせんは難しいので必須とまでは言えません。
経済的手当てですが、これは急に就職先を失う内定者に対してはいくらかの手当てを渡すことが手続きの妥当性にプラスに働きます。
本件では支給していませんが、それはそれ、これはこれです。
おわりに
本件の会社はこのまま経営を続けると破綻必至でした。
ここまで事業廃止の必要性が高ければ、手続きの要件のハードルは低くなります。
もっとも、手続き的配慮をするに越したことはないので、これを読まれた会社は可能な限りの説明はしてください。
これは争いになったときにこのような裁判で勝つためです。
弁護士 芦原修一