この裁判例は中途採用者の内定取消しに関するものです。
コロナウイルスの影響で経営悪化した会社で同じように内定取消しをしたり、これからしようと考えている会社にとって参考になる裁判例です。

内定取消しの有効要件(要素)

裁判所は内定取消しの有効性について次のとおり述べました。

「始期付解約留保権付労働契約における留保解約権の行使(採用内定取消)は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である(最高裁昭和五四年七月二〇日第二小法廷判決・民集三三巻五号五八二頁参照。)。そして、採用内定者は、現実には就労していないものの、当該労働契約に拘束され、他に就職することができない地位に置かれているのであるから、企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する①人員削減の必要性、②人員削減の手段として整理解雇することの必要性、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性という四要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。」

このとおり裁判所は、経営の悪化を理由として中途採用者の内定を取り消すには、1)人員削減の必要性、2)整理解雇することの必要性、3)被解雇者選定の合理性、4)手続の妥当性、という4要素を検討した結果、合理的で相当であることが必要と示しました。

人員削減の必要性はあった

「債務者においては、大幅な経費削減、事業の縮小、廃止に伴って生じる余剰人員を削減する必要性が極めて高かったということができる。」

債務者は会社のことです。
このように裁判所は述べて人員削減の必要性を認めました。

被解雇者選定の合理性もあった

「債務者は、従業員に対して希望退職を募ったり依願退職を進める一方、債権者を含む採用内定者に対しても入社の辞退勧告を行って相応の補償の申し出をしたり、債権者には職種変更の打診もするなどして、本件採用内定の取消回避に向けて相当の努力を行っていた」

このように裁判所は述べて被解雇者選定の合理性を認めました。

整理解雇することの必要性もあった

「債権者と債務者は、採用内定関係にあり、未だ就労していなかったのであるから、前記事実経過のとおり、債権者が既にIBMに対して退職届を提出し、もはや後戻りできない状態にあったことを考慮しても、債務者が既に就労している従業員を整理解雇するのではなく、採用内定者である債権者を選定して本件内定取消に及んだとしても、格別不合理なことではない。」

このように裁判所は述べて整理解雇することの必要性を認めました。
なお、ここでは内定者が既に前職会社に退職届を提出して後戻りできない状況であってもそれは考慮対象ではないとしています。

また、既存従業員と内定者を比べて内定取消しをすることは不合理ではないともしています。
ただし、これは被解雇者選定の合理性の要件で検討するべきかなと思います。

手続きの妥当性は認められなかった

しかし、手続きの妥当性は認められませんでした。

「債務者は、本件内定取消をするにあたり、岩崎弁護士同席の下、従前のいきさつ等を説明して「連休中に社内の情勢が突然代わり、今まで働いてもらっても構わないといっていたが、荻巣さんには働いてもらうことができなくなった。」と述べているが、ここにいう社内の情勢の突然の変化の原因が、債権者が平成九年四月二三日及び翌二四日に発した一連の言動等によるものであることは、乙第二号証によって明らかである。しかしながら、右(二)で説示したとおり、債権者の右言動等は、本件採用内定に至る経緯等に照らし、債権者が債務者に裏切られたという思いでなされたものであって、債務者が債権者の右言動を捉えて入社の意思が感じられず、円満の雇用関係の形成が期待できないと判断したのは、余りにも早計にすぎるといわざるを得ない。
 また、前記事実経過のとおり、債権者は、債務者の勧誘を受けて本件採用内定を受け、一〇年間務めたIBMを退職して入社準備を整え、入社日の到来を心待ちにしていたところ、入社日の二週間前になって突然入社の辞退勧告や職種変更の申し入れがなされたのであって、これらの事実関係に照らすならば、債務者が自らスカウトしておきながら経営悪化を理由に採用内定を取り消すことは信義則に反するというほかなく、本件採用内定を取り消す場合には、債権者の納得が得られるよう十分な説明を行う信義則上の義務があるというべきである。しかるに、債務者は、債権者の本件内定取消の文書の交付要求に対して、顧問弁護士に連絡してほしい旨を述べ、その後、田中弁護士は岩崎弁護士に対し、債権者から内容証明郵便を出してもらえば、それに対応して回答する旨述べながら、岩崎弁護士作成の内容証明郵便に対して、債権者の真意について調査、確認の上での回答を求める内容証明郵便を出したが、岩崎弁護士が出した内容証明郵便に対する回答にはなっていなかったというのであって、必ずしも債権者の納得を得られるような十分な説明をしたとはいえず、債務者の対応は、誠実性に欠けていたといわざるを得ない。」

そもそもスカウトして内定を出したのに経営悪化を理由としてそれを取り消すことは信義則に反するとしています。
そして手続きの点で言うと、内定者の納得が得られるよう十分な説明を行う信義則上の義務があるとしています。
手続きの妥当性の審査ですが、事例によってその厳しさは変わります。
内定取消しがやむを得ないものであれば審査も緩くなりますが、本事例のように会社に信義則上の失態がある場合には審査が厳しくなります。
他の裁判例と併せて考えると、この手続きの妥当性の要件は伸び縮みする要件だと思います。

結論 – 内定取消しは無効

「債務者がとった本件内定取消前後の対応には誠実性に欠けるところがあり、債権者の本件採用内定に至る経緯本件内定取消によって債権者が著しい不利益を被っていることを考慮すれば、本件内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできない」

このとおり、内定取消しは無効とされました。
内定者は既に前職を退職していて後戻りできないことも大きかったと思います。

最後に

仮にコロナウイルスの影響で経営が悪化したとしても、内定者が前職を退職していて後戻りができない状況であれば、その内定取消しについての手続きの妥当性は厳しく審査されると考えておくべきです。

裁判というのはエリートの裁判官が当事者の気持ちを知ることなく判断するものと思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、手続き上の誠実さというのは事実を積み重ねれば自然と浮かび上がって見えてくるものです。
内定取消しをするにせよ、手続き的な配慮は尽くしておいた方が、後に争われるかもしれない裁判で有利になります。

弁護士 芦原修一