在宅勤務での飲酒についてのツイートがありました
Twitterを見ていると、ある方のご友人が、就業規則に飲酒禁止と書かれていないので、在宅勤務(リモートワーク、テレワーク)において就業時間中での飲酒を始めたそうです。
そのご友人が在宅勤務中に飲酒をすることについて批判する気はまったくありませんが、会社側の弁護士としては果たして就業規則に飲酒禁止と書かれていないから飲酒をしても良いとなるのか、という点が気になります。
(令和2年5月23日追記)
アメリカの話ですが、『在宅勤務中に4割以上が「飲酒」と回答』という記事がありました。
現在、外出自粛とともに世界中で急速に広がっているのがテレワークだ。アメリカでは週に5日以上在宅勤務をしている人の割合が新型コロナウイルス危機以前の17%から44%に急増。(略)
在宅勤務中に4割以上が「飲酒」と回答
就業規則で禁止されていない行為についても懲戒処分ができるか
飲酒禁止以前に、この点が気になりますね。
参考になりそうな最高裁判例がありますので引用します。
労働者は、労働契約を締結して雇用されることによつて、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もつて企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができる…。
最高裁昭和58年9月8日判決
このように最高裁は、会社は従業員に対して、労働者の企業秩序違反行為があれば懲戒処分をすることができる、としています。
実は、この点については2つの論点があります。
① 懲戒することのできる規定がない場合でも懲戒処分をすることができるか。
② 直接の禁止規定がなくても懲戒処分をすることができるか。
この最高裁判例では、懲戒することのできる規定はありましたので①は問題になっていません。
そして②についても最高裁は明言していませんが、この最高裁判決の第一審判決は次のように述べて直接の禁止規定がなくても懲戒処分をすることができるということを前提にしています。
…就業規則七八条五号は「その他特に不都合な行為があったとき」と規定し、同条前各号に該当しない不都合な行為のうち、反価値性の高いもの、すなわち行為および情状において特に悪質な不都合行為のみを懲戒の対象とする旨を定めている。このことは、同条の規定の体裁および文言からまことは明らかなところである。
神戸地裁尼崎支部昭和49年2月8日判決
そこで原告の本件ビラ配布行為が右にいう「特に」不都合な行為に該当するか否かについてさらに検討の要がある。
「その他特に不都合な行為があったとき」という規定で懲戒処分をすることができるということは、対象行為としてはかなり広いので「飲酒をしていた」も含まれます。
ただし、単に会社にとって不都合な行為があっただけでは懲戒処分をすることはできず、企業秩序に違反する程度の「特に」不都合な行為でなければならないということです。
結論: 就業規則で禁止されていない行為についても懲戒処分ができる。
「最も軽い懲戒処分である戒告処分・譴責処分についての裁判例」これを読めば戒告処分の目安が分かります。
では、リモートワークで就業時間内の飲酒に対して懲戒処分ができるか
これは自宅での飲酒ではありますが、リモートワークで就業時間内なのでその飲酒行為が懲戒処分の対象になり得る、という点については争いがありません。
もっとも、自宅というのは私的領域でもあり、自宅での飲酒行為自体が責められるものではないので、職場と同様の規律を従業員に対して求めるというのはやや酷であるとも言えます。
したがって、その飲酒行為が企業秩序に違反する程度の行為に当たるかが問題になります。
仮に泥酔するほど飲酒したとしても、求められたタスクをこなしてさえいればそれだけで懲戒処分をすることは難しい
就業時間内に泥酔することは誉められることではありませんが、だからと言って直ちにそれだけで懲戒処分をすることは難しいと考えます。
なぜなら、会社が従業員を懲戒処分することができる根拠は、企業秩序を維持するためであり、自宅での飲酒行為が直ちに企業秩序を乱すものではないからです。
ZOOMを使った社内会議で酔っぱらったまま出席した

これはかなり微妙です。
少なくとも上司は、酔っぱらうことによるコミュニケーションの乱れが生じるおそれや、業務上のミスが生じるおそれを理由として、注意・指導をすることはできます。
もっとも、飲酒を原因として他の出席者に絡みまくるなど社内会議を台無しにしたならば、具体的に会社の業務遂行に支障を生じさせていますので、これは企業秩序を乱したとして懲戒処分の対象になるでしょう。
ただし、注意すべきは「飲酒していたこと」ではなく、「飲酒を原因として社内会議を台無しにしたこと」が懲戒事由に該当するということです。
酔ってメールを誤送信して取引先に迷惑を掛けた

これは飲酒行為を対象とするのではなく、取引先に迷惑を掛けたメールの誤送信を懲戒処分の対象として検討されるべきです。
そして懲戒処分をするかは、その迷惑を掛けた程度により、例えばそれで取引を打ち切られるなどの具体的損害が会社に生じてしまったら、それは懲戒処分をするのもやむを得ないでしょう。
ただ、飲酒行為がまったく関係がないわけでもなく、飲酒をして酩酊すれば仕事のミスが生じる可能性は高くなるので、そのメールの誤送信が故意ではなくても単なる過失ではなく故意に等しい重過失とみなされ、懲戒処分をするか、さらには重い処分をするかを検討する場合の判断材料となるでしょう。
SNSで社名を公表して「いま仕事中だけど飲んでまーす」と投稿した

これは直感的にまずそうです。
具体的に自社名を出して就業時間内に飲酒をしていることを公言しては、その会社が従業員に対して飲酒をしながらの業務を許していると見られてしまいます。
これは会社に対する信用棄損であり、企業秩序を乱す行為です。
したがって、これに対しては懲戒処分をすることができます。
酔っぱらったまま外出し喧嘩をしてしまい警察に逮捕された

何度も説明しますが「警察に逮捕された」行為そのものを懲戒処分の対象とすることはできません。
ここでは就業時間内に外出して逮捕されているので、その後は業務に従事できません。
そうすると一方的な業務放棄ですのでそれを理由としての懲戒処分を検討しましょう。
単に逮捕されただけでは懲戒処分をすることはできませんが、就業時間内の飲酒を原因として外で喧嘩をしてしまっているので、業務放棄の理由に正当性がありません。
また、万が一この逮捕の事実がマスコミに知られて社名とともに報道されたら、それ自体が会社の信用を棄損しますので、最も軽い処分である戒告処分・譴責処分を超えた処分を検討しても良いでしょう。
まとめ
飲酒行為そのものを懲戒処分の対象にすることはできない。
飲酒行為を原因とした会社秩序を乱す行為が懲戒処分の対象になる。
弁護士 芦原修一