要約

  • 長時間労働を恒常的にさせる予定がない特段の事情がない限りは、80時間分の固定残業代の定めは、公序良俗に反して無効である。
  • 法定の45時間分について有効として規定を一部有効とすることは、争いになったときだけ超過分の割増賃金を支払えば良いとの取扱いを助長することになるから、規定全体を無効とするのが相当である。

80時間分の固定残業代(みなし残業代)の定めは無効である

厚生労働省の定めた業務上の疾病として取り扱う脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準

(ア)恒常的な長期間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には,「疲労の蓄積」が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,その結果,脳・心臓疾患を発症させることがあり,このことから,発症との関連性において,業務の過重性を評価するに当たっては,発症前の一定期間の就労実態等を考察し,発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断する。
(イ)疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると,その時間が長いほど,業務の過重性が増すところであり,具体的には,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,
     ① 発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
     ② 発症前1か月におおむね100時間または発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できること

平成22年5月7日付け基発0507第3号による改正後の厚生労働省平成13年12月12日付け基発第1063号

このとおり、厚生労働省は1ヶ月当り45時間を超える時間外労働はそれが長くなればなるほど、業務と疾病との関連性が強まるとしています。
東京高裁はこの認定基準を引用して、どれだけ長くても1ヶ月45時間の時間外労働が上限であるとしました。

次に、この認定基準では、疾病の発症前に1ヶ月100時間の時間外労働をしたか、2ヶ月から6ヶ月で1ヶ月当り80時間を超える時間外労働をしていたら、業務と疾病の関連性が強いとされています。
ここから東京高裁は、1ヶ月80時間の時間外労働は大きな問題があるとしました。

実際に80時間分の時間外労働が発生することを予定していなければ固定残業代の定めは無効ではないが…

ただし、東京高裁は、単に80時間分の固定残業代の定めが直ちに無効になるとはせず、実際に恒常的に毎月80時間分の時間外労働が発生することを予定していなければ無効とは言えないとしました。
逆から言うと、毎月80時間の時間外労働が常態化していることを前提とした固定残業(みなし残業)制度であれば無効であるということです。

しかし本件では、実際に恒常的に毎月80時間分の時間外労働が発生することを予定していたので、80時間分の固定残業代の定めは無効とされました。

一部無効か全部無効か

もっとも、80時間分の固定残業代の定めが無効だとしても、引用された厚生労働省の業務と疾病の関連性についての認定基準によれば、1ヶ月45時間以上の時間外労働がされた場合に関連性が強くなるのだから、45時間分については有効としそれを超えた分だけ無効という考えも成り立ちます。
現に地裁の判決はそのように判断しました。

しかしこの東京高裁判決は次のようにその地裁判決を変更しました。

 本件のような事案で部分的無効を認めると…とりあえずは過大な時間数の固定残業代の定めをした上でそれを上回る場合にのみ残業手当を支払っておくとの取扱いを助長するおそれがあるから,いずれにしても本件固定残業代の定め全体を無効とすることが相当である。

東京高裁平成30年10月4日判決

東京高裁はこのとおり80時間分の固定残業代の定めは全部無効としました。
45時間の時間外労働というのは、この厚生労働省の認定基準でも示されましたが、労働基準法36条5項でも45時間を超える場合にはいわゆる36協定を締結しなければならず、時間外労働についての一つの目安になります。

全部無効の効果

考えれば分かりますが、基本給と固定残業代の合計が基礎賃金額とされてしまいます。
したがって、その基礎賃金額をベースとして時間外労働全部について割増賃金が発生してしまうこととなります。

これは会社にかなりのダメージが生じます。
時間外労働の賃金、つまり残業代の計算は、基礎賃金をベースとします。
固定残業(みなし残業)制度は、予め定めた固定残業(みなし残業)代により残業代は支払い済みとします。
給与として100支払ったらその中に固定残業(みなし残業)代が20含まれていて、この100の支払いにより給与はすべて支払い済みという処理になります。
なお、この場合の基礎賃金は80でありそれをベースとして20の固定残業(みなし残業)代を支払ったことになります。

しかし、この裁判例のとおり固定残業(みなし残業)制度が全部無効とされると、20の固定残業(みなし残業)代は無効なので基礎賃金が100となり、その100をベースとして残業代を計算します。
つまり、基礎賃金額が上がり、当初予定していた残業代も割高になってしまうというダブルのダメージが生じることになるのです。

これを受けての会社の対策

  • 恒常的に毎月平均で80時間前後の時間外労働が発生している場合には、増員するか業務改善するかして、まずはせめて60時間前後まで減らすこと。
  • 就業規則又は賃金規程において固定残業代(みなし残業代)の定めを置いている場合で、1ヶ月45時間を超えている場合には直ちにその部分を45時間以下に変更すること。


以上の対策が早急に求められます。

ここまでお読みになられても解決の道が見えず、固定残業制度についてお悩みであれば是非ご相談ください。お話を伺ったうえで今できることをすべてお話しいたします。

弁護士 芦原修一