この記事を音声で解説してみました。約19分です。
この記事は2ページあります。
裁判例をベースとして、強制わいせつ、身体的接触、いやらしい言葉、など複数の要素を抜き出して、それぞれの事例においてなぜそうした結論(懲戒解雇有効、無効)が導かれたかを説明しています。
判決は認定された事実を基に書かれていますので比較的長文です。
したがって、いまの状況に関係のない箇所は読み飛ばし、関係のある箇所だけをじっくりと読むことをお勧めいたします。
もちろん、セクハラ加害者に対する懲戒解雇の相場観を身に付けたい方はすべてじっくりとお読みください。
それでも「どういう懲戒処分をすれば良いのだろう」と悩まれる場合にはご遠慮なくお問い合わせください。
懲戒解雇無効の訴え(地位確認)では攻守が入れ替わる
セクハラがされたときの法律関係は少々複雑です。
誰が誰に対してどのような請求をするかという点を押さえないと法律関係を把握することができません。
従業員が他の従業員又は取引先等の第三者にセクハラをしたとき、一般的にはその被害者がセクハラをした加害者に対して損害賠償請求をします。
それに対してその加害者は、「セクハラはなかった」、「セクハラの程度は低かった」など反論して自分を守ります。
いわば加害者は守備側ですね。
しかし、会社がセクハラを理由としてその加害者に対して懲戒解雇をした場合、「懲戒解雇は懲戒権濫用で無効だ!」として会社に対して懲戒解雇無効請求又は損害賠償請求をして攻撃します。
その際に加害者は、「セクハラはなかった」、「セクハラはあったが懲戒解雇をするほどではなかった」などと主張するのです。
この場合、加害者は攻撃側です。加害者としてもクビになりっぱなしで終わるか、復職するか又は賠償金を手に入れられるかなので必死です。
このとおり、通常であれば被害者から攻められる立場の加害者が、会社に対しては攻撃に転じることとなるのです。
この記事では、どのようなセクハラなら懲戒解雇が有効とされるかを見極めたいと思います。
つまり、裁判においてセクハラの事実があったと認定された裁判例を見て、懲戒解雇が有効とされたのか、無効とされたのかを分類することにより、どのようなセクハラがなされたら懲戒解雇をしても大丈夫かが見えてきます。
懲戒解雇が無効とされれば不当な懲戒処分として従業員側が会社を訴えて、ときには1,000万円もの損害賠償金を支払う羽目になることもありますので、セクハラがあったからといって直ぐに懲戒解雇をすることのないようにしてください。
懲戒解雇が無効とされた裁判例
平手打ち+自動車内で胸を触った+交際寸前
そうすると,原告が被告乙山に対して平手打ちをしたとの事実を認めること及び原告が自動車内で胸を触るなどの行為を行ったとの事実を認めることはできるが,原告が自動車内で暴行を加えたとの事実を認めるに足りる証拠はないから,本件懲戒解雇は,解雇事由を認めるに足りる証拠はなく,その余の点について判断するまでもなく,無効である。
大阪地裁平成25年11月8日判決
これは高校の教員が原告の事例です。
そしてセクハラの被害者は同僚教員です。
もっとも、曖昧なのですがこの箇所とは別に2人が交際寸前まで至っていたような認定もされていて、それで懲戒事由には当たらないとされたものと推測されます。
そう考えないと、平手打ちをして自動車内で胸を触ってもなお、懲戒解雇が無効とされるのでは会社としては打つ手がないでしょう。
強制わいせつ ×
身体的接触 〇
言葉 ×
交際 △
上下関係 △
対象が複数人 ×
1対1 〇
期間 △(短期)
結論: 懲戒解雇は無効
宴会で複数人に対して身体的接触を含むセクハラ+日頃から複数人に対してセクハラ言動
長過ぎるので要約します。これでもかなり短くしました。
東京地裁平成21年4月24日判決
(1)本件宴会での原告の言動
ア 被告の慰安旅行と本件宴会
1泊2日の慰安旅行において初日の夜に宴席が設けられた。
イ D1に対する原告の言動
(ア)原告がD1を隣に呼び寄せ右手でD1の左手を何回か握った。
(イ)また,写真撮影の際、原告はD1の肩を抱いて,写真に収まった。
(ウ)さらに,原告は,D1に対し,翌日二人で温泉に行かないかとか,新幹線で一緒に帰ろうなどと冗談半分で,発言した。
ウ F1に対する原告の言動
取締役支店長である原告にお酌をしようと近付いた新人F1に対し、原告は自分の膝に座るよう何度か申し述べた。F1は躊躇しながら座るような中腰の姿勢で原告の膝につくかつかないかの位置でビールを注いだ。その際,原告は,F1に対して,「何も子供が出来るわけじゃないんだぞ」という趣旨の発言をした。
エ G1に対する原告の言動
その後,私服を着たG1を呼び止めて,原告の斜め前の席に座らせると原告は,G1に対して,「綺麗になったね。恋をしているか」「私服だとイメージが変わる」といった発言に加えて,「胸が大きいな」と述べたり,そのサイズについても質問したりした。そして,原告は,同女に対して,「この中の男性陣で誰を選ぶか」とか,「原告自身も現役であり,原告もどうか」といった趣旨のことを,かなり砕けた調子で申し述べ,さらに,「男性が女性を抱きたいと思うように,女性も男性に抱かれたい時があるやろ」などとも述べた。
また,原告は,同女の胸のことを話題にした際に,同女に触れてはいないが,その胸の大きさを測るかのような動作もした。
オ O1及びL1に対する原告の言動
(ア)その後,原告は通りかかったO1を呼びとめ向かいに座らせ,若手男性社員らを呼び寄せたため,O1は男性6名に取り囲まれるような形とになった。
(イ)原告は,O1に対し,話の中で,「色っぽくなったなあ」と述べ,さらにエスカレートして「ワンピースの中のパンツが見えそうだが,俺は見えても全然かまわない」などと述べたりした。
そして,原告はO1に対し,G1に対するのと同様に,周りにいた若手男性従業員を指して,「この中で好みの男性は誰か」と質問したが,これに対して,O1が言葉を濁していると,原告は,「俺は金も地位もあるがどうか」という趣旨の発言した。
(ウ)また,O1はその場を逃れようとしてL1に声をかけL1もその場から連れ出そうとしたところ、原告は振り返りL1に対し「ババアは関係ない。帰れ」という旨の発言して,O1がL1の元へ行くことを認めなかった。
そして,原告は,最終的に,この場から逃れようと席を立ったO1に対して「誰がタイプか。これだけ男がいるのに,答えないのであれば犯すぞ」という趣旨の発言(以下「本件犯すぞ発言」という。)をした。
この発言に対しては,近くにいたW1が「支店長,それは言い過ぎではないですか」と発言して原告をたしなめた。
これらの一連の原告の言動に,当然のことながら,O1は傷つき,悔しい気持ちで一杯となった。
(2) 原告の日頃の言動について
ア B1係長に対する言動
(ア)原告は,食事会等の席でB1係長の隣に座ったとき,肩に手を回したり,B1係長の手の上に手を置くなどして,殊更に同女の体に触れたことが数回あった。
(イ)また,原告は,B1係長と2人で出張に行き,夜2人で食事をした後,「これからどうするんだ。カラオケに行かないか」と誘った。
(ウ)また,原告は,B1係長に対して,原告が胸の大きい女性が好みであると述べており,加えて,直接B1に対し「胸が小さい」ので「好みのタイプではない」と述べたこともあった。
さらに,B1係長は,原告から「夫は単身赴任でさみしくないか」と言われたことがあった。
イ D1に対する言動
(ア)原告は,D1と同じ職場で勤務している5年弱の間に,宴会の席など酒が入る席でD1の隣に座った際に,数回,手を握り,時には肩に手を回すなどして同人の体に触れたことがある。
(イ)また,D1は,「まだ結婚しないのか」「胸がない」とか「胸が小さい」など言われたこともあった。
さらに,D1は,原告から2人で食事に行った際に「俺のことどう思う」と言われたこともあった。
これは酷いですね。
誰彼構わずセクハラをしていて呆れます。
特に、O1に対する「犯すぞ」という発言は酷過ぎますし、これについては裁判所も悪質だとしています。
そうした発言に隠れていますが、そもそも手を握ることもおかしいですよね。
当然にこれらの言動は懲戒事由に該当するとされましたが、驚くなかれ、裁判所は懲戒解雇を無効としたのです。
原告の前記各言動は,女性を侮辱する違法なセクハラであり,懲戒の対処となる行為ということは明らかであるし,その態様や原告の地位等にかんがみると相当に悪質性があるとはいいうる上,コンプライアンスを重視して,倫理綱領を定めるなどしている被告が,これに厳しく対応しようとする姿勢も十分理解できるものではあるが,これまで原告に対して何らの指導や処分をせず,労働者にとって極刑である懲戒解雇を直ちに選択するというのは,やはり重きに失するものと言わざるを得ない(被告は,直ちに,懲戒解雇を選択することなく,仮に,原告を配転(降格)することによって,東京支店から移動させたとしても,セクハラを訴えた5名(L1,M1,N1,F1及びO1)は,退職せざるを得ない状況となるであろうし,万が一,退職しなかったとしても,今後,常に原告におびえ続け,平穏に仕事をすることはできない状態となるのであって,本件において,原告に対して,懲戒解雇をもって臨む以外の処分は考えられない旨を主張するが,被告には,倫理担当者もおり,かかる被害者を守るシステムは構築されているし,仮に,原告に報復的な行為をする兆しがあるのであれば,そのときにこそ,直ちに懲戒解雇権を行使すれば足りるのであって,被告の前記主張は,採用できない。)
東京地裁平成21年4月24日判決
私からすると一発レッドカードで退場だと思うのですが、東京地裁の労働専門部は異なる見解のようです。
この原告は会社の秩序を大いに乱したと言えますし、懲戒解雇相当だと思うのですが、これを愚痴っても仕方がありません。
裁判所がなぜこのような結論をするに至ったのか、分析して後に役立てましょう。
しかしながら,他方,日頃の原告の言動は,前記発言のほか,宴席等で女性従業員の手を握ったり,肩を抱くという程度のものに止まっているものであり,本件宴会での一連の行為も,いわゆる強制わいせつ的なものとは,一線を画すものというべきものであること(F1は,原告の膝につくかつかないかの中腰で,ビールを注いだものであり,F1に対する行為も,強制わいせつ的なものとまでは評価できない。),本件宴会におけるセクハラは,気のゆるみがちな宴会で,一定量の飲酒の上,歓談の流れの中で,調子に乗ってされた言動としてとらえることもできる面もあること,全体的に原告のセクハラは,人目に付かないところで,秘密裏に行うというより,多数の被告従業員の目もあるところで開けっぴろげに行われる傾向があるもので,自ずとその限界があるものともいい得ること,前記セクハラ行為の中で,最も強烈で悪質性が高いと解される「本件犯すぞ発言」も,女性を傷つける,たちの良くない発言であることは明白であるが,前記認定に照らせば,O1が,好みの男性のタイプを言わないことに対する苛立ちからされたもので,周囲には多くの従業員もおり,真実,女性を乱暴する意思がある前提で発言されたものではないこと,原告は被告(会社)に対して相応の貢献をしてきており,反省の情も示していること,これまで,原告に対して,セクハラ行為についての指導や注意がされたことはなく,いきなり本件懲戒解雇に至ったものであること等の事情を指摘することができる。
東京地裁平成21年4月24日判決
ここから伺えることを順に追っていきます。
身体的な接触をした場合には、強制わいせつ的なものか否かが分かれ目であり、それに至っていなければ違法性は強くない、とされました。
また、個別に1対1で迫るのではなく、衆人の前でしたセクハラの違法性は強くない、とされました。
そして、会社に貢献してきたこと、反省の情を示していること、指導注意なくいきなり懲戒解雇をされたこと、これらからするいきなり懲戒解雇をするのはやり過ぎだと評価されました。
強制わいせつ ×
身体的接触 〇
言葉 〇
交際 ×
上下関係 〇
対象が複数人 〇
1対1 ×
期間 〇(長期)
結論: 懲戒解雇は無効
ここまでお読みになられても解決の道が見えず、懲戒処分その他を含めたセクハラ加害者への対応についてお悩みであれば是非ご相談ください。お話を伺ったうえで今できることをすべてお話しいたします。
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