労働審判手続き全体の流れとスケジュール感を掴むには次の記事をお読みください。かなり詳しく説明しています。
「答弁書で勝敗が決まる」は大げさではない
『労働審判は答弁書で勝敗が決まる』というタイトルを付けました。
これは決して大げさではありません。
もちろん、労働審判手続期日の当日の振舞いも労働審判の勝敗に影響を与えます。
しかし、それについても答弁書がベースとなりますので、やはり答弁書の出来は重要です。
通常の民事訴訟ですと答弁書で勝敗が決まることはなく、追加で提出する書面を積み重ねていきそうした複数の書面のトータルで勝敗が決まります。
しかし、労働審判手続きは原則3回までで早期に終了する手続きですので、第1回労働審判手続期日以降の書面提出は原則として認められていません。
つまり、会社にとっては答弁書のみの一発勝負です。
したがって、この一発勝負という緊張感を持って答弁書を作成しなければならないのです。
答弁書の記載例(4ページ)
roudou_tiikakunin_touben答弁書の記載事項
答弁書に書くべきとされる記載事項は次のとおりです。
この順序は法律で書かれた順序ですが、私は多くの場合、1⃣、4⃣、3⃣、2⃣、6⃣の順序で記載します。
5⃣の証拠については4⃣と3⃣に記載する事実ごとに記載します。
私のような順序で記載する弁護士は多いです。
- 申立書の趣旨に対する答弁
- 労働審判手続の申立書に記載された事実に対する認否
- 答弁を理由づける具体的な事実
- 予想される争点及び当該争点に関連する重要な事実
- 予想される争点ごとの証拠
- 当事者間においてされた交渉その他申立てに至る経緯の概要
申立書の趣旨に対する答弁
迷わずに「本件申立てにかかる請求を(いずれも)棄却する。」と記載してください。
複数の請求がある場合が多いのですがその場合には(いずれも)を加えてください。
労働審判手続の申立書に記載された事実に対する認否
答弁書における認否は、「認める」、「否認する(認めない)」、「不知(知らない)」、「争う」の4つのいずれかです。
労働審判のスケジュールと対応方法【会社向け】決定版
申立書に書かれた主張全てに対してこれら4つのいずれかの対応をします。
作業手順としてはまず「否認する」から入ります。
主張全てを仮に否認するのです。
そのうえで、争うべきでもない事実(例えば申立人の氏名など)と、争いたいが堅い証拠があって否定し難い事実は「認める」とします。
なぜこのようにするかというと、申立人の主張を認めた場合、その主張は正しいものと扱われ会社に不利になるからです。
したがって、誤って認めてしまうことを避けるためにこのようにします。
また、本当に知らないことは「不知」としてください。
「争う」というのは事実ではなく法的に争うという意味ですので、弁護士が付いていない場合にはこれを使うのは難しいでしょう。
したがって、法的な主張かなと思っても争うなら「否認する」でも構いません。
上記の手法はあくまでも認めるべきでない事実を認めてしまうことを避けるためのものですので、間違っても申立書の主張すべてを否認するなどは止めましょう。
争っても仕方がない事実についてまで争うと労働審判手続きに非協力的だと評価され不利益が生じます。
改めて説明します。
「認める」は、申立書に記載された事実と会社が認識している事実が同じであること。
「否認する」は、申立書に記載された事実と会社が認識している事実に違いがあること。
「不知」は、申立書に記載された事実について会社が知らないこと。
「争う」は、申立書に記載された法的主張と会社の法的な認識に違いがあること。
一文、一文について認否をするのは大変ですので、可能な限り大きな塊について認否するのが効率的です。
労働者側の弁護士が申立書を作成した場合には下記のPDFファイルのような構成になります。
これに対して答弁書では、例えば「第2の1及び2については認める。3のうち・・・については認め、その余は否認する。」とします。
この「3のうち・・・については認め、その余は否認する。」のように「認める」を限定的に使ってください。
これと逆に「3のうち・・・については否認し、その余は認める。」としてしまうと思わぬ事実を認めてしまうことがあるので避けましょう。
なお、ここでは認否だけをして具体的な反論はしません。
労働者と会社はこの労働審判手続きで対立しているのですが、すべての事実について争ってどちらの言い分が正しいかを議論していては年単位の時間がかかってしまいます。
そこで、互いに問題にならない点、証拠上明らかな点については争うことなく「認める」とすることで、その事実が存在するものとして扱うことにしています。
そうすることで、本当に争うべき点について集中的に議論を交わして早期に結論に至るようにするのが労働審判手続きです。
答弁を理由づける具体的な事実(会社側の主張・ストーリー)
申立書では労働者側に有利なストーリーが書かれています。
労働審判のスケジュールと対応方法【会社向け】決定版
それだけを読むと「なるほど、これは労働者側の言うとおりだな」と思ってしまいます。労働審判委員会のメンバーも最初に申立書を読みますのでそのような印象を持ってしまうでしょう。
その印象を引っ繰り返すには単に申立人の主張を否認するだけではなく、会社側のストーリーを作り上げていかに労働者側がおかしなことを主張しているかを労働審判委員会に伝えなければなりません。
この会社の主張が答弁書の中核です。
申立書では労働者側に有利な事実だけが挙げられ、それを基にストーリーが示されていますが、それに対して会社に有利な事実を基に別ストーリーを組み立てます。
- 懲戒解雇の事案なら、労働者の行為がいかに会社の秩序を乱したかを書きます。
- 普通解雇の事案なら、労働者がいかに能力不足か、又は勤務態度不良かを書きます。
- 整理解雇の事案なら、人員削減の必要性がどれだけ高いかを中心に書きます。
- 残業代請求の事案なら、労働時間が実際はいかに短かったか、始業時刻は遅く、休憩はたっぷりと取り、終業時刻が早かったことを書きます。
懲戒解雇と普通解雇については、下の『「不当解雇だ!」と訴えられたら – 会社側の11個の反論』で詳しく説明しています。
整理解雇については、下の『整理解雇の4要件【会社向け】決定版』で詳しく説明しています。
残業代請求については、下の『残業代請求に対する始業時刻についての会社の反論』、『残業代請求に対する勤務時間中の休憩時間の計算【会社の反論】』、『残業代請求に対する終業時刻についての会社の反論』の3つのページで詳しく説明しています。
予想される争点及び当該争点に関連する重要な事実
この「予想される争点」は既に申立書において労働者側の弁護士が記載しています。
きちんとした弁護士であればこの争点がずれることはありませんが、そうでない場合には会社側で加筆修正しなければなりません。
「当該争点に関連する重要な事実」ですが、これと前項の「答弁を理由づける具体的な事実」との違いは特にありません。
私はここでは細かく記載せず、もしくは何も記載せずに前項の「答弁を理由づける具体的な事実」にすべて記載するようにしています(このような弁護士は多いです)。
予想される争点ごとの証拠
可能な限り証拠を揃える
主張というのはあくまでも一方的にするものです。
労働審判のスケジュールと対応方法【会社向け】決定版
裁判所に「なるほど!それは会社の主張のとおりですね」と思わせるためには、各主張を支える客観的な証拠が必要です。
会社側からすると日常で見てきた事実が当然にそのまま裁判所で認定されるべきだと思うでしょうが、日常的に接していない者からすると本当にそんな事実があったのかは分かりません。
会社側と労働者側とでストーリーが対立していて、会社側の主張するストーリーの方が筋が通っていて、労働者側の主張するストーリーは矛盾だらけだ、という場合には、証拠が乏しくても認められることもありますが、それは裁判所任せになってしまうので、そうしたことに初めから期待はせずに客観的な証拠を揃えて確実に労働者側の主張を叩きましょう。
必要に応じて陳述書を作成する
客観的な証拠があればすべてそれで主張を支えたいのですが、すべて揃っているということの方が稀です。
労働審判のスケジュールと対応方法【会社向け】決定版
その場合、申立人の身近で接していた別の従業員の記憶に頼らざるを得ない場合があります。
その場合には弁護士がその従業員に聴き取りをして事実関係を明らかにし、会社の主張(答弁書における相手方の主張)に盛り込みます。
そのうえで関係者としてその従業員も労働審判手続き期日に来てもらい、必要に応じて労働審判委員会からの質疑に応答してもらいます。
また、諸事情によりその従業員が労働審判手続き期日に出席できないという場合には、陳述書という形式で書面を作成して、それを証拠として提出します。
申立人(従業員)の行動についてよく知っている別の従業員が既に退職していた、というのはよくあることです。
その場合には「裁判所に行くのはちょっと…」と断られることも多いです。
しかし、その場合でも陳述書を作成して署名押印をしてくれることはあります。
在職中に会社と良い関係で退職時に特にトラブルがなかった場合にはそれに応じてくれる可能性が高いでしょう。
また、在職中であっても申立人(従業員)とトラブルになっていて裁判所で顔を合わせたくないという別の従業員もいるかもしれません。
この場合にも陳述書の作成という形で協力してもらうことが可能です。
陳述書というのは人から事実を聴き取った結果を記載した書面のことですが、大切なのは書面を残すことではなく、正確に必要部分を細かく聴き取って答弁書に反映させることです。
当事者間においてされた交渉その他申立てに至る経緯の概要
こうした経緯についても申立書に記載されているのが通常です。
その記載に誤りがなければ会社側で特に記載するべきことはありません。
申立書において会社側の対応を殊更悪く記載している場合には、きちんと正しい経緯を記載して反論します。
答弁書の枚数
労働審判の答弁書はA4サイズで作成します。
答弁書の枚数は、申立書に対する反論という性格上、申立書の枚数にも依ります。
私の経験上、30枚以内に収めるのが適切だと考えます。
長い答弁書が有効ということにはなりませんし、ダラダラと書き連ねてしまっては却って労働審判委員会の3人にとって読みにくいものとなってしまいます。
したがって、可能な限り主張と反論を尽くすのは当然としても、読み手である労働審判委員会の3人にとってコンパクトで読みやすい答弁書を作成することを心掛けるべきです。
答弁書と証拠の提出方法と部数
宛先 | 答弁書の部数 | 証拠の部数 | 提出方法 |
---|---|---|---|
裁判所 | 4部 | 1部 | 郵送 |
申立人 | 1部 | 1部 | 郵送 |
裁判所宛の答弁書は4部(記録用と労働審判委員会3人用の合計4部)郵送しなければならないのでご注意ください。
裁判所:第1回労働審判手続期日呼出状及び答弁書催告状に記載された裁判所宛
例:東京地方裁判所民事第36部い係
申立人:本人のみの場合は申立人本人へ郵送。弁護士が代理人の場合は弁護士へ郵送
例:ゆうパック
郵送する際は次の送付状を添えてください。
答弁書の提出期限
第1回労働審判手続期日呼出状及び答弁書催告状に記載されています。
多くの場合、第1回労働審判手続期日の7日から10日前が答弁書の提出期限とされます。
申立書が会社に届いてから3週間から1ケ月であることが多いです。
答弁書の提出期限を守った方が会社に有利です。
なぜなら、申立書は既に裁判所に届けられ労働審判委員会はいつでも閲覧できる状態です。
それに対して答弁書の提出が遅れると、第1回労働審判手続期日前に労働審判委員会が十分に答弁書を読むことなく、申立書のみをじっくりと読んで期日が始まることとなります。
したがって、答弁書の提出期限は厳守しましょう。
弁護士に依頼する場合
答弁書は労働審判手続きを左右するほど重要な書面です。
ただし、弁護士に丸投げしても良い答弁書は作れません。
答弁書の作成は料理作りに似ています。
弁護士が料理人だとして料理を作るのが得意であっても、食材をお店で買うというわけにはいきません。食材は依頼者である会社にしかないのです。
例えば、就業規則や労働契約書などの書面も食材ですし、訴えてきた従業員と上司との会話も食材です。
弁護士はどういう食材が必要かを会社に伝え、会社はそれを集めなければなりません。
食材集めは時間がかかることもありますし面倒でしょう。しかし頑張って食材を集めることで労働審判手続きが有利になります。
そして、集められた食材を加工して美味しい料理にするのが弁護士の役割です。どういう反論をするかの組み立てを想定し、そこに必要な事実(食材)がないかを会社に尋ねて少しでも良い答弁書を作るのです。
弁護士 芦原修一
ここまでお読みになられてもご自身で労働審判の対応は難しいとお考えでしたら、下のページに移動して弁護士に依頼することをご検討ください。