残業代請求に対する会社による反論
残業代請求は未払賃金請求とも言います。
労働者がしっかりと働いた分について請求することは良いのですが、働いていない分まで請求してくる場合があります。
その場合、会社としてもしっかりと反論しなければなりません。
反論のポイントはいくつかあるのですが、王道の反論ポイントは次の3つです。
- 始業時刻が早すぎる ⇒ 会社に来たけど何もしてない時間を労働時間として請求
- 休憩時間が短すぎる ⇒ しっかりと休憩したのに労働時間として請求
- 終業時刻が遅すぎる ⇒ 業務を終えたのに同僚と雑談した時間を労働時間として請求
このように往々にして労働時間を過大に算定して請求することが見られますが、これらの点について実態に合わせた労働時間になるよう会社は反論しなければならないのです。
始業時刻と休憩時間については次の記事をお読みください。
この記事ではこのうち、会社の主張どおりの終業時刻を裁判所に認定してもらうための具体的な着眼点を整理します。
労働者にとっては「終業時刻が遅い」=「労働時間が長い」となり、それだけ請求賃金額が上がり有利になります。
裁判例でどのように就業時刻が認定されているかを見ることで、日頃の労務管理に役立てるとともに、今まさに紛争になっていれば適切な反論ポイントを掴むことができます。
それぞれのポイントでは裁判例を抜粋して引用していますが長いものもありますので、すべて読む必要はありません。
必要に応じて該当部分を探して読んでください。
なお、リモートワークの労働時間の算定については次の記事をお読みください。
6つの反論ポイント
タイムカードがなくても日報により終業時刻を認定した裁判例
こちらの裁判例は下記の引用部分を読まれる方が早いかもしれません。
論点は2つあります。
第一に、終業時刻の認定のベースはタイムカードなのですが、タイムカードの打刻がない日の終業時刻をどう認定するかの問題です。
この裁判例では、タイムカードの打刻がある日の終業時刻と同日の乗務・積載日報の着時刻(会社に帰ってきた時刻)が概ね一致していることから、タイムカードの打刻がない日の終業時刻は同日の乗務・積載日報の着時刻を終業時刻と認定しました。
第二に、タイムカードの打刻もなく、乗務・積載日報もない日の終業時刻については、その他の期間のタイムカード又は乗務・積載日報を参考にして終業時刻を認定するのが相当だとしました。
この裁判例は特筆すべきものではありませんが、こうした認定は裁判所がよくする手法ですので、紛争発生時に裁判所がどのような認定をするのかの予測に役立ちます。
平成27年7月及び8月の終業時刻等,タイムカードの打刻がないが,乗務・積載日報の記載があるものについては,上記のとおり,タイムカードの退勤時刻と乗務・積載日報のAの着時刻が概ね一致していることに鑑み,乗務・積載日報のAの着時刻をもって退勤時刻と認定する。
東京地裁令和元年11月21日判決
平成28年5月の労働時間等,タイムカードや乗務・積載日報がないものについては,その他の期間のタイムカードの打刻時間及び乗務・積載日報の記載時間に鑑み,始業時刻を20時30分(土曜日については21時),終業時刻を9時と認定するのが相当である。
東京地裁令和元年11月21日判決
他の社員の証言によりタイムカードより10分早い終業時刻が認定された裁判例
タイムカードというのは機械に入れればまさに機械的に打刻するものであり、機械にタイムカードを入れる時刻自体を早めたり遅くしたりしたときを除けば、改ざんの可能性が非常に低いので一般的には信用性が高い証拠です。
しかし、よくあるのが帰宅準備のために洗い物をしたり、お手洗いに行ったりとして会社の指揮命令下から外れてから時間が経過した後にタイムカードを打刻するというものです。
労働時間は会社の指揮命令下に置かれた時間をいいますので、指揮命令下から外れた時刻が終業時刻と認定されるべきです。
この裁判例では他の従業員の証言により、タイムカードの打刻時刻よりも10分前が終業時刻であると認定されました。
初めに書いたように一般的にはタイムカードのような客観的な証拠は他の従業員の証言のような主観的な証拠に優りますが、そうした原則にも例外があるということで参考になった裁判例です。
イ 所定終業時刻後の残業部分について
大阪地裁令和元年7月16日判決
(ア) 原告は,タイムカード(甲3ないし61)の「定時退」欄に打刻又は記載された時刻まで,労務を提供した旨主張する。
(イ) 一方で,被告は,原告が,①他の月に同様の作業を行ったが残業なく退社している場合もあることから,所定終業時刻までに十分終わるはずの作業しか行っていないにもかかわらず,所定終業時刻よりもかなり遅く退勤している場合があり,タイムカードの退勤打刻時刻まで業務や作業を行っていたものではなかった,②タイムカードの退勤打刻の前に,原告自身が使ったコップを洗い,トイレに行き,ハンドクリームを塗るなど,15分ないし30分程度,私的な帰宅準備を行っていた旨主張する。
①について,原告が,毎月,担当顧客の月次処理を行う業務等を行っていたことは争いないが,同一顧客のものとはいえ,各月の月次処理が,必ず同程度の時間で処理できると認めるに足りる的確な証拠は認められないこと,被告の指摘を踏まえても,原告による同一顧客の月次処理時の退勤時刻を比較して,あまりにも不自然不合理な退勤時刻になっている日があるとまで認めることもできないこと,原告とチームを組んでいるD社員(以下「D社員」という。)は,所定の終業時刻後,原告も一緒に残業したことがあった旨証言していること(証人D),以上の点を踏まえると,原告が,必ず所定終業時刻までに十分終わるはずの作業しか行っていなかったと認めることはできない。なお,原告が,労働審判手続時に提出した,原告作成の「申立人の業務内容とそれに要する労働時間」と題する書面(乙3)に,時期的に原告が担当していない顧客に関する記載があることは,上記判断を左右するものではない。
②について,D社員は,原告が,仕事の終了後,自分のコップを洗ったり,お手洗いに行ったり,冬はハンドクリームを塗ったりして10分から15分くらい,また,会議室で同僚と話をするなどした場合は30分くらい,タイムカードを押すまでに時間があった旨証言する。原告自身,トイレに行ったり,洗い物をしたり,ハンドクリームを塗ったりということをしていた旨供述しているところ(原告),このような勤務終了後の後始末等に要する時間は,被告の指揮命令下に置かれた労務の提供自体の時間であると評価することはできない。そして,原告は,被告の事務所が移転した平成28年10月から仕事が減り,被告から,残業をしないよう指示され,所定終業時刻である午後5時に仕事を終えるようにしている旨供述するところ(原告),原告の平成28年11月16日以降のタイムカードの「定時退」欄には,所定終業時刻から概ね10分以内の時刻が記載されている(甲37ないし61)ことを踏まえると,上記のような勤務終了後に必要な片づけ等に要する時間は10分間と認めるのが相当である。
(ウ) 以上によれば,原告の労務の提供の終了時刻は,タイムカードの「定時退」欄に打刻又は記載された時刻から10分前(早退していない日の当該時刻が所定終業時刻である午後5時より前になる場合は午後5時)と認められる。
時間外勤務について承認制をとっていて申請がなかった時間についてもタイムレコーダーどおりに終業時刻が認定されてしまった裁判例
タイムレコーダーのような機械による打刻は改ざんの可能性が非常に低いので信用性が高いことは先の述べたとおりです。
しかし、この会社では時間外勤務について承認制をとっていました。
つまり上長の承認がなければ時間外勤務はできない、終業時刻についてみると定時以降は勤務できないシステムになっていたのです。
この裁判例では、この場合にはタイムレコーダーの終業時刻をそのまま終業時刻として認定することは相当ではないとして、定時以降の勤務について実質的に会社の指揮命令下にあったかを検討しました。
定時の終業時刻は18時だったのですが、まず従業員が「18時から19時まで作業していたこと」が認定されました。
次に、その従業員からその19時までの間、会社は業務報告を受けていて、上司もそのことが分かっていながら承認のない時間外勤務を止めるように注意指導した事実はありませんでした。
そうすると、例え時間外勤務の申請・承認がなかったとしても、会社の指揮命令下から離脱していたとは認められず、タイムレコーダー上の終業時刻である19時までが労働時間であると認定されたのです。
なお、同じ裁判例において始業時刻についてもタイムレコーダーどおりの始業時刻が認定されましたが、これはその始業時刻よりも早く出勤したとする労働者側の主張が退けられましたので、始業時刻と終業時刻とで会社側と労働者側は痛み分けという結論になりました(「労働時間の算定(計算)②始業時刻」)。
タイムレコーダーの打刻について逐一監視することなどできず、かといってそのままの打刻時刻が労働時間とされては人件費が増す一方です。
時間外勤務については承認制としておくことをお勧めいたします。
この裁判例の会社のように、承認制としていても形骸化していて上司が承認なしの時間外勤務を黙認していては、争いになった場合にタイムレコーダーの打刻時刻どおりの終業時刻が認定されてしまいますのでご注意ください。
ア 平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の時間外労働等の時間数について
東京地裁平成30年11月12日判決
(ア) 原告は,平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の時間外労働等の時間数は,タイムレコーダー上の出退勤時刻に基づき認定するべきであると主張する。
この点,労働基準法上の労働時間は,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうところ,上記認定事実オによれば,被告の従業員は,平成28年1月1日以降,タイムアセット導入により,ICチップ内蔵の社員IDカードでタイムレコーダーに日々の出退勤時刻を打刻するようになったこと,もっとも上記打刻時間は時間外労働等の計算には利用しないとされ,時間外勤務や年休取得についてはタイムアセット上で申請し,イントラネットを利用して上長の承認を受けることになったこと,このような就労管理方法の変更については,インターネット上の教育ツールを利用するなどして従業員の習熟が図られ,原告もこれを習得していたこと,ところが原告がタイムアセットを利用して時間外勤務の承認を受けたのは1度だけであることが認められる。
上記によれば,原告の平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の時間外労働等の時間数については,タイムレコーダー上の出退勤時刻から直ちに認定することは相当でなく,その間,使用者である被告の指揮命令下に置かれていたといえるか否かを実質的に検討する必要がある。
以下,かかる見地から原告の平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の時間外労働等の時間数について検討する。
(ウ) 終業時刻後の残業について
上記(ア)のとおり,被告の従業員は,平成28年1月1日以降,時間外勤務や年休取得についてはタイムアセット上で申請をし,イントラネットを利用して上長の承認を受けることになっていたこと,原告もこのような就労管理方法について習得していたこと,原告がタイムアセットを利用して時間外勤務の承認を受けたのは1度だけであることが認められるものの,他方,証拠(甲18,証人B【12,21ないし23頁】,原告本人【4,5,16ないし19,22,23頁】)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,配送センターにおいて,日常的に午後6時頃から午後7時頃まで,経由入荷の確認作業の報告を受けたり,会議資料の準備をするなどの業務に従事していたこと,原告の上司であるBは上記就労状況を把握しながら特段の注意指導を行っていなかったことが認められる。
上記によれば,原告は終業時刻後に残業を行う際にタイムアセットを利用した時間外勤務の承認をほとんど受けていなかったのだとしても,これにより終業時刻後直ちに使用者である被告の指揮命令下から離脱していたと解することは困難であり,タイムレコーダー上の退勤時刻までは使用者である被告の指揮命令の下,業務に従事していたと認めるのが相当である。
これに対し,被告は,原告が度々被告から貸与された業務用のパソコンを使用して業務と無関係なウェブサイトを閲覧したり,転職活動の準備を行うなどしており,かかる時間は労働時間から除外されるべきであると主張するところ,原告が上記行為に及んだことをうかがわせる証拠(乙7,11)は存在するものの,その時間数は判然としない上,これにより直ちに原告が使用者である被告の指揮命令下から離脱していたとまではいえず,むしろ業務の合間に上記行為に及んでいたものと認められるから,その行為の当否はともかく,これをもって原告の時間外労働等の時間数を減ずることはできない。
(エ) 以上によれば,原告の平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の時間外労働等の時間数は,就労開始時間を午前9時(同時刻以降に出勤した場合には当該時刻),就労終了時間はタイムレコーダー上の退勤時刻とし,1勤務日につき1時間の休憩時間があったものとして,別紙7のとおり認定するのが相当であり,他にこの認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
パソコンのログアウト時刻又は業務報告メールの送信時刻に基づき終業時刻が認定されてしまった裁判例
この裁判例における被告は法律事務所であり、タイムカードが備え付けられていませんでした。
そこで、従業員側はパソコンのログアウト時刻又は業務報告メールの送信時刻に基づいて終業時刻を主張したのです。
これに対し、法律事務所側はタイムシートに基づいて終業時刻を主張しました。
裁判所が証拠の信用性を判断する場合、恣意が入る余地がないものを信用します。
パソコンのログアウト時刻や業務報告メールの送信時刻は、ログアウトする時刻やメール送信時刻自体を遅らせた場合を除き、パソコン使用者やメール送信者の恣意が入る余地がありません。
これに対し、この裁判例でのタイムシートは、業務の効率性を測定する目的で作成され、1日の勤務時間の総計を記入するものなので、そもそも終業時刻等を把握する目的ではありませんでした。
そして、従業員にタイムシートを作成させた経緯は、前任者の業務効率が悪く業務時間が多いことは好ましくないとの指摘がされつつなされたものであったので、ありのままの労働時間を申告し辛い状況でした。
以上により、従業員側が主張するとおりパソコンのログアウト時刻又は業務報告メールの送信時刻に基づいて終業時刻を認定するのが相当であるとされました。
次に法律事務所側は、時間外勤務が承認制であったのに承認申請なくなされた時間外勤務は指揮命令下に置かれていなかったから、従業員側が主張する終業時刻は遅過ぎると主張しました。
これに対し裁判所は、残業に事前申請を要する旨の明確な取り決めがなされ、かつ、従業員間に周知されていたと認めるに足りる的確な証拠もないとして、法律事務所側の主張を退けました。
この裁判例では2つの論点があります。
1つ目の論点では原則どおり客観性が高く恣意が入る余地がないパソコンのログアウト時刻と業務報告メールの送信時刻に基づき終業時刻を認定しました。
2つ目の論点が重要であり、時間外勤務について承認制にしていたという主張までは筋が良いのですが、それが正式な制度として成り立っていなかったとしてその主張が退けられたのです。
使用者側として学ぶべきは、時間外勤務について承認制にしておくという形式面は前提として、実質的にも制度として従業員に周知して正式なものにしておかなければこうして裁判所で否定されてしまうということです。
(1) 前提
東京地裁平成30年11月1日判決
ア 被告事務所においては従業員の労働時間を管理するためのタイムカード等が備え付けられていなかったため,労働者はこれ以外の資料に基づき実労働時間を立証する必要があるところ,原告は,パソコンのログアウト時刻(甲8)又は被告にタイムシートを添付し業務報告をするメールを送信した時刻(甲9)に基づき終業時刻を主張する。
イ パソコンのログの記録は機械的に抽出され,作為が含まれる可能性が低い点で類型的に信用性が高いところ,本件で,原告の行うべき業務が被告の法律業務の補助であって業務中は法律文書の作成等のためにパソコンを立ち上げていることが通常であると解されることからすると,パソコンのログイン時刻(甲68)及びログアウト時刻(甲8)は,原告が被告事務所において業務を開始又は終了した時間を推認する上で有力な資料といえる(なお,被告は,原告提出に係るログの記録が原告の使用していたパソコンに関するものであるか確認できず,他のパソコンのログデータをコピーし貼り付けた可能性もあるなどとするが,極めて漠然とした可能性を指摘するにとどまり,原告使用に係るパソコンのログデータを抽出した記録であるとする原告の説明を覆すに足りない。)。また,原告らパラリーガルは,毎日,被告にタイムシートを添付するなどした業務報告メールを送信することを義務付けられていたところ,パソコンのログデータが存する日においては,原告が被告に同メールを送信した時刻(甲9)は,パソコンのログオフの時刻と近接するものと認められるから,原告は,被告事務所における業務終了時に被告事務所内のパソコンから上記メールを送信することを日課としていたと認められる。したがって,パソコンのログデータが欠落する日について,上記メールの送信時刻により日々の業務終了時刻を推認することにも十分な合理性が認められる。
ウ これに対し,被告は,原告らパラリーガルに対してはタイムシートの作成を求めており,これが原告の実労働時間を示すものであると主張する。しかし,被告の説明によっても,タイムシートは本来,業務の効率性(生産性)を測定する目的で作成されるものであるといい(乙15),1日の勤務時間の総計とその内訳(処理した案件等)を時間数で記入するものの,始業及び終業の時刻の記載もなく,実際の労働時間(時間外労働及び深夜労働の状況とその時間数)を把握する目的に適した体裁となっていない。また,前記1(3)イのとおり,被告が,先任パラリーガルのCに対し,業務量に対し費やした時間数が多いことは望ましくないとの視点を示唆しつつ,タイムシートの作成を指示した経緯も認められるため,Cや,Cにタイムシートの記載方法を教えられた原告において,ありのままの労働時間を申告しにくい状況もあったと推認される。前記1(3)イでみたとおり,原告のタイムシートの記載は,本件請求対象期間中の大半の日につき,1日の勤務時間の総計が8時間とされている点で不自然に機械的であり,原告のパソコンのログイン及びログアウトの時刻(甲8,68)とも整合しないものであるから,タイムシートの記載が原告の労働時間の実態を反映したものとは直ちに認め難い。
したがって,タイムシートの記載のみに依拠して原告の実労働時間を認定することは相当でなく,タイムシートの記載によれば原告に時間外労働等の事実はないとする被告の主張は採用できない。
(3) 終業時刻について
ア 前記(1)でみたとおり,原告の業務内容に照らし,パソコンのログアウト時刻(甲8)が原告の終業時刻を示すものとみることには理由があり,また,原告が日課として1日の業務終了時に送信していたと認められる業務報告等のメールの送信時刻に基づき,終業時刻を認定することにも合理性がある。なお,平成28年1月14日以前については,パソコンのログの記録がなく,業務報告メールの送信も行われていないところ,この間につき少なくとも1時間(午後7時まで)は時間外労働に従事したとする原告の供述(甲234の32頁)は,同月中の平均的な残業時間とも整合し,信用することができるから,これに基づき終業時刻を認定することが相当である。
イ これに対し,被告は,パソコンのログの記録等から原告が被告事務所に滞留していた事実が認定できるとしても,被告の業務指示に基づく労務の提供を行っていたことを裏付けるものではないとした上で,①被告事務所では残業はなく,やむを得ず残業する場合は事前承認制とされていたから,原告が残業したとしても業務指示に基づくものではない,②原告が定時を過ぎて被告事務所に滞留していたとしても自己研さんに励んでいたか,本件訴訟に備えて被告のあら探しをするための資料収集を行っていたにすぎず,労務の提供はなかったなどと主張する。
しかし,まず,原告が本件訴訟に備えて資料収集を行うために時間外に被告事務所に滞留していたと具体的に認めるに足りる証拠はない。また,被告事務所において残業に事前申請を要する旨の明確な取り決めがなされ,かつ,従業員間に周知されていたと認めるに足りる的確な証拠もない。被告は,原告が定時を過ぎた後に被告事務所に滞留していたのは自己研さんのためであると認識していたというが,被告のいう「自己研さん」とは,大要,業務に関連してプラスアルファのことをやって周囲から評価されるためのもの,あるいは,誰から頼まれたものでもないが自己の実力を伸ばすために自発的に取り組むもので,例えば,顧客の相手をすることで実力が伸びると思えば,時間外に顧客の相手をすることも含まれるというのであるから(被告20及び21頁),結局は,受任案件等の業務に関連することを自発的かつ付加的に行うことを指すと解されるのであって,少なくとも,純粋に業務を離れて自己の能力開発のために行う学習等を指すものでないことは明らかである。被告は,原告に対し,時間外においても,こうした被告のいう「自己研さん」に取り組むことを奨励し(乙15),時間外に居残っていれば被告及びE弁護士から雑務等を頼まれる事態も生じ得ると認識しながらこれを黙認してきたと認められる(被告4,21頁)のであり,結局は,「自己研さん」という名の下に,時間外に業務に取り組むことを暗に求めていたといわざるを得ず,少なくとも,そこに黙示の業務指示があったことは明らかである。
被告は,また,原告の担当案件で行うべき業務等を記載したタスクリスト及び案件進行表(乙6~7の3)から,原告の業務量が少なく,残業を要しないことが明らかであるなどとも主張する。しかし,被告が作成するこれらタスクリスト等は,継続的に取り組むべき案件の処理方針等を指示するものと解されるところ,原告らパラリーガルの行うべき業務は,これに限らず,その日限りの雑務も含めて極めて多岐にわたっていたと認められるから,上記タスクリスト等の記載のみに基づいて,原告の業務量が少なく,残業を要しないものであったとすることはできない。
ウ 結局,これら被告の主張を踏まえても,前記のとおり,パソコンのログデータ等に基づき原告の終業時刻を認定することは妨げられないというべきである。
勤怠システムの記録及び日報メールどおりの終業時刻が認定されてしまった裁判例
この裁判例はシンプルです。
DAIMという勤怠管理システムにおける打刻時刻並びに日報メールの送信時刻に基づき終業時刻を認定すべきとされました。
会社は勤怠管理システムにおける打刻時刻並びに日報メールの送信時刻により、その従業員がその時刻まで作業をしていたことまでは把握できるはずです。
もし会社がその従業員にその時刻まで働かせるつもりがないとか、働いてもいないのにダラダラと会社内で過ごしているとかしているなら、適切な指導をして適切な時刻に退勤させるなどの措置をとるべきということです。
(1) 被告では,従業員の欠勤,遅刻,早退等を管理するため,DAIMを利用していたところ,従業員は,出社した日にはDAIMに出社時刻,退社時刻を打刻していたのであるから,被告の利用目的にかかわらず,DAIMの打刻時刻は,実労働時間を把握する際の有力な資料と解すべきである。
東京地裁平成30年10月5日判決
また,原告は,被告の指示に従い,報告と備忘を兼ねて日報メール等を作成,送信していたところ,これが被告における業務に含まれるのはもちろんであり,また,その内容も,上記認定事実によって認められる営業専任職になるまでの原告の勤務実態と整合的である。そうすると,日報メール等の送信時間及びその記載内容から明らかな時刻は,原告の実労働時間を把握する際の有力な資料と解すべきである。
被告は,少なくとも午後7時30分以降は,原告が割増賃金支払の対象となる残業は行っていなかったとの趣旨の主張をし,被告代表者はこれに沿う供述をする。しかし,上記認定事実によって認められる原告の具体的な業務内容や日報メール等の記載内容からすると,原告が所定の終業時刻を超えて業務を行っていたものと認められる。また,日報メール等の送信時刻中には,午後7時30分以降に送信されたものが多数含まれ,このことからすれば,少なくとも原告は午後7時30分以降に被告社内において日報メール等の作成ないしは送信を行っていたものと解されるところ,このような原告の労働状況に対して被告が何らかの対応を行った事実を認めることができないことは上記認定事実のとおりである。また,日報メール等の中には,午後7時30分以降にも業務を行っていることが記載されているものも含まれるところ,これについて被告が被告所定の残業に関する手続等をとったことや,同手続をとるよう原告に指示したこと等を認めるに足りる証拠もない。これらの点に,日報メール等の送信時間や記載内容の把握状況に関する被告代表者の供述を併せ考慮すると,被告において原告の残業実態を適切に把握していたと解することはできないから,この点に関する被告の主張は採用できない。
グーグルカレンダー及び警備会社の記録と一致した従業員側の勤怠表どおりに終業時刻が認定されてしまった裁判例
この裁判例では、会社側の勤怠表と従業員側の勤怠表のいずれが信用できるかが争点となりました。
見てのとおり勤怠表そのものの信用性については会社側に分があります。
会社側の勤怠表には社労士の印が押されていて社労士が確認をした勤怠表ということで、信用性が増しました。
さて、グーグルカレンダーというのはグーグルのサーバー上でスケジュールを管理するものですが、この裁判例の従業員を含めた全従業員のスケジュールを共有して管理していました。
グーグルカレンダー自体は改ざんの余地があるのですが、証拠として提出されたものについて会社側が異議を唱えていないようなので改ざんされていないものとして扱われたようです。
そのグーグルカレンダー上のスケジュールと従業員側の勤怠表が一致していたのです。
次に、会社が入っているビルの警備会社の記録と従業員側の勤怠表も一致しました。
こうして2つの客観的な資料と齟齬のない従業員側の勤怠表の方が信用性が高いと認定されたのです。
勤怠表について社労士さんの印を押していること自体はその勤怠表の信用性を高めるので、良いことだと思います。
もっとも、この裁判例を見ても分かるとおりそれだけだと信用性を引っ繰り返されてしまいます。
会社にとって過大な労働時間による人件費の高騰はマイナスであることは間違いないので、もしそれを抑制しようと考えるのであれば、繰り返しになりますが、時間外勤務について承認制をとり、形式だけを整えるのではなく、実質的にきちんと運用をしましょう。
(1) 原告の退社時刻について
東京地裁平成30年5月30日判決
ア 各書証の作成過程の検討等
被告は,被告の勤怠表を基に,原告の労働時間を主張するところ,被告においては,従業員は各自で勤怠表を作成し,被告代表者の確認を経た後にA社労士の確認を得るというのであり(上記1(6)イ),被告の勤怠表には,被告代表者及びA社労士の印が押されており,その形式は,勤怠表の作成過程と一致している。また,A社労士自身,被告の勤怠表を確認したことを認めており(証人A),被告と顧問契約を締結しているとはいえ,労務管理の専門家であるA社労士において,本件訴訟のために被告とともに被告の勤怠表を偽造する動機は乏しいといえるから,被告の勤怠表は,当時A社労士が確認した勤怠表というのが相当である(ただし,A社労士の確認は事後的なものであり(上記1(6)イ),被告の勤怠表の作成に原告が関わったか否かについては,A社労士の証言等からは明らかではない。)。
他方で,原告が保管していた勤怠表(以下「原告の勤怠表」という。)は,原告が,被告に提出する勤怠表を作成するために入力したデータの控え(原告本人)というのであり,単なる手控えに過ぎない上,その基となったデータも消去してしまった(原告本人)というのであるから,この信用性については,他の証拠との整合性等を慎重に検討する必要がある。
イ 原告の勤怠表及び被告の勤怠表とグーグルカレンダー,本件警備会社の記録との比較等
(ア) グーグルカレンダー上に入力された原告のスケジュール(以下[本件スケジュール」という。)との比較
原告は,他の従業員と同様に,被告に勤務していた当時グーグルカレンダー上でスケジュールを共有して管理していた(上記1(6)ア)ところ,本件スケジュールと原告の勤怠表及び被告の勤怠表の退勤時刻を比較すると,原告の勤怠表については,本件スケジュールと整合しないところは特に見当たらない。
これに対し,被告の勤怠表では,本件スケジュールで報告会,ミーティング,作業等が予定されている日について,当該予定の終了時刻よりも早く,退勤とされている日があったり(平成26年10月31日,平成27年1月26日,同年5月22日,同年6月19日,同月30日,同年7月10日,同年10月22日等),午後4時に早退予定となっている日について,被告の勤怠表では午後7時に退勤となっていたり(同年11月21日)するなど,本件スケジュールと被告の勤怠表には齟齬がある。
(イ) 本件警備会社の記録との比較
被告が本件ビルに移転した平成26年4月以降の本件警備会社の記録のうち「セット」の時刻(被告事務所のセキュリティがセットされた時刻(上記1(1)イ))と,原告の勤怠表の退勤時刻を比較すると別紙4「原告の勤怠表と本件警備会社の記録の対比」のとおりである。このうち,平成26年4月4日,同年7月31日,同年10月22日,同年11月11日,同月25日,平成27年1月29日,10月16日,11月4日については,勤怠表の退勤時刻よりもセット時刻が早いが,平成26年7月31日は,本件スケジュールによれば,午後4時から5時30分に江戸川橋での打合せの後,午後6時から8時が送別会とされており,江戸川橋での打合せ後,帰社していない可能性もあり,本件警備会社の記録のセット時刻とは必ずしも関連しないこと,その他の日については,最大39分程度の差であり,多くは数分程度の差にとどまっていることから,誤差あるいは手控えの誤りに留まると解され,原告の勤怠表の退勤時刻は,本件警備会社の記録と概ね矛盾しないということができる。
さらに,原告の勤怠表上,原告が午前0時を超えて勤務したとされる日は,平成26年4月以降,わずか4日であるが,午前4時30分まで勤務したとされる平成26年11月18日については,本件警備会社の記録のセット時刻が翌19日の午前4時39分となっており,退勤しなかったとされる同月20日については,翌21日の夜までセットの記録がなく,午前4時40分に退勤したとされる平成27年1月29日については,セット時刻が翌30日の午前4時38分となっており,退勤しなかったとされる同年5月29日については,30日の午後までセットの記録がないなど,いずれも,本件警備会社の記録と矛盾しないか,極めて近接している。
また,原告の勤怠表上,平成27年に原告が土日に出勤したとされるのは,4月12日のみであるが,この日の原告の勤怠表の出勤は午前0時,退勤が午前4時となっており,本件警備会社の記録上,解除は午前0時41分,セットが午前6時44分であるから,これも整合しているといえる(なお,被告は,解除が午前0時41分であるのに,午前0時から勤務していると記載されていることについて,論難するが,もともと原告の勤怠表が原告の手控えによるものであるから,多少の齟齬が生じることはやむを得ないと解される。)。そして,被告代表者が,その本人尋問において,従業員が深夜又は早朝まで勤務したり,徹夜で仕事をしたりすることはなかったと陳述するところを前提とすれば,上記深夜の本件警備会社の記録は,他の従業員の記録とみるべきではなく,原告の出退社の記録である可能性が高い。
本件警備会社の記録は,本件訴訟の調査嘱託によって当裁判所に提出されたものであり(当裁判所に顕著な事実),原告が本件訴訟手続以前に本件警備会社の記録を入手できたことを認めるに足りないから,上記のとおり本件警備会社の記録と原告の勤怠表が整合することは,原告の勤怠表の信用性を相当程度高める事情といえる。
ウ まとめ
そうすると,上記アのとおり,原告の勤怠表は,手控えに過ぎないものであるが,上記イで検討したとおり,原告の勤怠表に記載された退勤時刻が本件警備会社の記録のセット時刻と整合するなど,それなりに信用できるものである一方,被告の勤怠表については,原告が偽造を主張している上,本件スケジュールと整合しないところがあるなど原告の退社時刻を正確に反映したものといえるか疑義があることから,原告の退社時刻については,原告の勤怠表の退勤時間の記載によることとし,そのうち本件警備会社の記録のセット時刻が,原告の勤怠表記載の退勤時間よりも早い日は,本件警備会社の記録によることとする(ただし,原告が,被告の事務所外で勤務していた,平成26年7月31日については,上記イ(イ)で論じたとおり,原告が帰社していない可能性もあり,原告の勤怠表によることとする。)。