残業代請求に対する会社による反論
残業代請求は未払賃金請求とも言います。
労働者がしっかりと働いた分について請求することは良いのですが、働いていない分まで請求してくる場合があります。
その場合、会社としてもしっかりと反論しなければなりません。
反論のポイントはいくつかあるのですが、王道の反論ポイントは次の3つです。
- 始業時刻が早すぎる ⇒ 会社に来たけど何もしてない時間を労働時間として請求
- 休憩時間が短すぎる ⇒ しっかりと休憩したのに労働時間として請求
- 終業時刻が遅すぎる ⇒ 業務を終えたのに同僚と雑談した時間を労働時間として請求
このように往々にして労働時間を過大に算定して請求することが見られますが、これらの点について実態に合わせた労働時間になるよう会社は反論しなければならないのです。
この記事ではこのうち、会社の主張どおりの始業時刻を裁判所に認定してもらうための具体的な着眼点を整理します。
労働者にとっては「始業時刻が早い」=「労働時間が長い」となり、それだけ請求賃金額が上がり有利になります。
裁判例でどのように始業時刻が認定されているかを見ることで、日頃の労務管理に役立てるとともに、今まさに紛争になっていれば適切な反論ポイントを掴むことができます。
それぞれのポイントでは裁判例を抜粋して引用していますが長いものもありますので、すべて読む必要はありません。
必要に応じて該当部分を探して読んでください。
なお、リモートワークの労働時間の算定については次の記事をお読みください。
8つの反論ポイント
1.就業前に清掃を始めた時刻が始業時刻と認められてしまった裁判例
出だしから会社側に不利な認定例を出しました。
ただ、不利なものだからこそ活用できる経験則を得られますので検討します。
この従業員らは所定の始業時刻より前に出社して清掃をしていました。いわゆる「提示前出社」というものです。
ここで知っておくべきことは、単に早く出社して清掃をしていただけではこの認定にならなかったということです。
ポイントは2つ。
1)1つは、所定の始業時刻前から利用者へのサービス提供のための準備を開始していたという点です。
会社がその準備をするよう黙示に指示をしていたと認定されてしまい、清掃もその一部だと認定されました。
2)さらに、経営者側が抜き打ちで清掃状況を点検していたことも大きなポイントです。
抜き打ち点検をするということは、清掃業務が所定のものであることを前提とするので、ここを認定されてしまうとどうしようもありません。
会社側としてはここで「従業員らは自主的に清掃してたから清掃開始時刻は始業時刻ではない」と主張しました。
その主張を通すためにはどうあるべきだったのか。
1)について、恒常的に始業時刻前に準備をさせていたらどうしようもありません。
少なくとも少しは準備のための時間も労働時間に含めるような体制にしておかないと、清掃を含めたすべての作業従事時間が労働時間とされてしまいます。
2)については、もし本当に清掃業務が必要な業務なのであればともかく、自主的にさえしてくれればそれで良いというのであれば、上司による抜き打ち点検は止めておかなければなりません。
また,原告X4及び同X5は,被告Y2から指示を受けて掃除を行っていたと供述し,原告X1及び同X2も,施設の清掃を行っていた旨供述するところ,所定の始業時刻の30分ほど前から職員らがホール,トイレ,玄関及び園庭などを掃除し,また,犬や鳥への餌やりをしていた事実は,FやGの証言からも認められる。
福岡地裁令和元年9月10日判決
そして,施設内外の利用者が出入りする部分の清掃は,各施設の管理作用にほかならないから,被告法人の業務の一部である上,そもそも被告法人では所定の始業時刻前から利用者へのサービス提供のための準備を開始していたことを併せ考慮すると,被告法人の従業員らは,被告法人から,30分前である午前8時までには出勤して就労を開始するよう黙示に指示されており,清掃等もその一部として行われていたと認めるのが相当である。
これに対し,清掃等は従業員の自主的な判断によるものである旨の証言もある(F・G証言)。しかし,これらの証言によっても,清掃作業は午前8時前後というほぼ同一の時刻から開始しており,その範囲や内容も自らの執務スペースの周囲を整理するなどにとどまらない一定の時間と労力を要するものであるし,被告Y2も抜き打ちで掃除の状況を点検したというのである。また,デイサービス部門の職員らは清掃をしたとは供述しておらず,所定の始業時刻前の業務として職員間で分担していたこともうかがわれるのであって,清掃作業は被告法人の業務として一体的組織的に行われていたことがうかがわれ,各職員の自主的な判断とは矛盾するから,FやGの上記証言は採用することができない。
2.従業員の主張が退けられ出勤簿通りの始業時刻が認定された裁判例
一般的に裁判で信頼されるのは改ざんの可能性が低い客観的に作成された書類です。
この裁判例では会社が主張したのは、出勤簿という改ざんの可能性が低い客観的に作成された書類に記載された始業時刻です。
そうすると会社が確実に勝ちたいところですね。
この裁判例では会社が勝ったわけですが、きっちりと勝ち切るためにはどうするべきか見ていきましょう。
従業員は、出勤簿に記載された午前9時という時刻より早い午前7時30分が始業時刻であると主張しました。
そして会社側が「7時30分と書かずに9時と書くように」とは指示していないと従業員自身が述べています。
ここは一つのポイントですね。
出勤簿に実際の出勤時刻よりも遅い時刻を始業時刻として記載するように指示してしまっていてはこの裁判では会社が負けていたでしょう。
さらに終業時刻については実際のそれと同じ時刻を出勤簿に記載していたといいます。
攻撃するとしたらここですね。
始業時刻だけ遅く記載して終業時刻だけ実態どおりに記載するというのには何か理由がないといけません。
ここを突っ込むと従業員側にボロが出そうです。
最後に、従業員はたまに午前6時など所定の始業時刻より早い時刻を始業時刻として出勤簿に記載したこともありました。
これは決定的でしょうね。
例えば11月24日に午前6時と記載して、11月27日に午前9時と記載していて、「いや24日だけは本当の時刻を記載したのです」というのはなかなか通用しません。
こうした点はしっかりと反論したいところです。
原告は,前記のとおり,本部の在籍中の平日(月曜日から金曜日まで)には午前7時30分に,名古屋支部の在籍中には午前8時に,それぞれ出勤し,就労を開始したと主張し,本人尋問においては主張に沿う供述をする。
東京地裁令和元年9月24日判決
そこで,検討するに,原告の供述の内容は,相当程度に具体性があり,迫真性が備わっているようでもある。また,名古屋支部においては,名古屋港内の飛島地区の搬出用のゲートが午前8時30分から開くのであるから,その時刻よりも早く始業した旨の供述内容は,あり得ることのようにも思われる。しかし,原告の上司であった証人Aは,この点を否定する証言をするところ,証拠によれば,原告は,本部在籍中の大半の日には,出勤簿の「出勤時間」欄に午前9時である旨(「900」)を記載して提出し,名古屋支部在籍中の大半の日には,出勤簿の同欄に午前8時30分である旨(「830」)を記載して提出していたものと認められるが,原告本人尋問においても,現実の始業時刻を出勤簿に記載しなかったという理由としては「慣習としか言いようがない」旨を述べるだけであって,この点に関する慣習なるものを基礎付ける具体的事情を認めるに足りる証拠はないし,被告から午前8時とか午前7時30分などと記載・申請しないよう言われたことはない旨を供述しているところでもある。原告本人及び弁論の全趣旨によれば,原告は,その終業時刻については実態のとおりに出勤簿に記載して申告していたものと認められるところであり,結局,本件各証拠を精査しても,原告が実際の始業時刻を出勤簿に記載することを躊躇させるような事情は見当たらないというしかない。
以上の検討に加えて,原告は一律に出勤時間を午前9時又は午前8時30分と記載していたのではなく,それよりも早い時刻を記載することもあったこと,被告が原告に対して所定始業時刻よりも早い時刻から業務を行うよう指示又は命令をしたなどの事情もうかがわれないこと等の諸事情を併せ考慮すると,本件執務表の記載内容には相当の信用性があるというべきであり,仮に本件執務表の記載に係る始業時刻よりも早い時刻に原告が本部又は名古屋支部の施設に来ていたとしても,本件執務表の記載に係る始業時刻より前の時間について労働時間性を肯定することはできず,この趣旨で,原告の供述のうち,本件執務表の記載に係る始業時刻と一致しない部分をにわかに採用することはできず,他にこの点に関する原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
3.乗務・積載日報記載の早い出勤時刻ではなく、タイムカード記載の出勤時刻が始業時刻だと認められた裁判例
従業員が配送トラックの運転手であった裁判例です。
出勤時刻が記載された書類が2つありどちらが信用性が高いかが争われました。
1つは乗務・積載日報(原告労働者側)、いま1つはタイムカード(被告会社側)でした。
乗務・積載日報の信用性を下げた要素は、出勤時刻が一桁の端数のない数字であったことです。
つまり、9時12分や9時41分などではなく、9時や9時30分など丸まった数字でした。
一般的な経験則からは、正確な出勤時刻は端数が出るのが通常であり、出勤時刻の記載が丸まった数字だけだと切り上げた数字(9時12分を9時、9時41分を9時30分)だと見ざるを得ません。
ここは覚えておくべき反論ポイントですね。
そして、中にはタイムカード記載の出勤時刻より30分以上遅く記載された出勤時刻が乗務・積載日報にあること、タイムカード記載の終業時刻と乗務・積載日報記載の終業時刻は概ね一致していること、と併せて考えて、タイムカード記載の出勤時刻の方が信用性が高いと認定されました。
労働時間が記載された書類が2つ以上ある場合、このように丸めた数字がある方が早い出勤時刻のときは、丸めた数字の信用性の低さを指摘することで信用性を攻撃できます。
・乗務・積載日報に記載された出勤時刻が一桁の端数のない数字(30分または0分)となっていること,
東京地裁令和元年11月21日判決
・原告のタイムカードには乗務・積載日報記載の出勤時刻から30分以上遅く打刻されているものがあること,
・したがって,乗務・積載日報の記載時間よりタイムカードの出退勤時間が正確であると考えられること,
・タイムカードの退勤時刻と乗務・積載日報のAの着時刻が概ね一致していること
等の事情からすれば,タイムカードが存する期間については,タイムカードの打刻時刻をもって,原告の始終業時刻と認めるのが相当である。また,原告がタイムカードの打刻前又は打刻後に,被告の所在地から離れた場所(大阪府茨木市)にある被告の駐車場に寄って被告の車両に乗り換えていた(あるいは被告の車両から乗り換えていた)としても,さらに,原告が上記駐車場に寄ることが直接被告の所在地に向かうよりも遠回りになるとしても,そのことから直ちに被告の上記駐車場と被告の所在地との間の移動時間が通勤時間ではなく労働時間であるとまで認定できるものではない。
4.タイムカードや日報に出勤時刻の記載がないものについて、その他のタイムカードと日報を参考にするべきとされた裁判例
これはシンプルな認定です。
タイムカードや乗務・積載日報に始業時刻がないといっても、出勤した限りは一つの始業時刻が必ず存在します。
そこでこの裁判例がどのように認定したかというと、記載のあったタイムカードや乗務・積載日報に記載の始業時刻を参考にして穴埋めをしました。
ここで会社側が学ぶべきは、こうしたケースで何も主張しなければこのとおりになるということです。
それでも構わないのであればそれで良いのですが、おそらくタイムカードや乗務・積載日報に記載のない日は特別に始業が遅かったということもあるはずです。
人の心理として遅刻したらそのままタイムカードを押したくないでしょうし、乗務・積載日報に記載したくないでしょう。
そうした場合には、始業時刻の記載のなかった日については「始業時刻が遅かった」としっかり主張しましょう。
平成28年5月の労働時間等,タイムカードや乗務・積載日報がないものについては,その他の期間のタイムカードの打刻時間及び乗務・積載日報の記載時間に鑑み,始業時刻を20時30分(土曜日については21時),終業時刻を9時と認定するのが相当である。
東京地裁令和元年11月21日判決
5.従業員が主張するタイムカード打刻時刻ではなく、他の従業員の陳述によってそれより遅い時刻が始業時刻と認められた裁判例
これはなかなか参考になりそうな裁判例です。
何度も申し上げますが、一般的に裁判で信頼されるのは改ざんの可能性が低い客観的に作成された書類です。
それは人が作成した書類や人の陳述よりも一般的には信頼されやすいのです。
この裁判例では従業員側はタイムカード記載のとおりの始業時刻を主張しました。
当然ですよね。タイムカードは改ざんの可能性が低い客観的に作成された書類です。
ところがその始業時刻は6時台又は7時台と相当に早かったのです。
所定の始業時刻は9時なので異常ですね。
まずこの点が裁判官に引っ掛かったのだと思います。
最も大切なのは会社側が早出を命じていなかったことです。
これで1回でも早出を命じていたらどうなっていたか分かりません。
さて、他の従業員はどのように陳述をしたのでしょうか。
1)8時20分に出勤した際、原告が自席に着席していることを見たことがなかった。
2)原告は週1回程度、会議室で食事をとっていた。
1)が決定的だったのでしょう。
6時台又は7時台に出勤していれば8時20分には自席で仕事をしていたはずですが、いなかったということは出勤していなかった又は仕事をしていなかったということです。
また原告自身も「(早出の主張は平成28年9月までであるが)同年10月以降は7時過ぎに最寄り駅のコンビニで時間をつぶしている。」と陳述していて、6時台又は7時台に出勤していたと主張する平成28年9月以前とまるで行動が変わっています。
これは会社側から特別に早出の指示が出ていなかったことを裏付けるものと認定されました。
異常に早い始業時刻の主張については、このように他の従業員の陳述により信用性を攻撃することができるという裁判例でした。
ア 所定始業時刻前の早出部分について
大阪地裁令和元年7月16日判決
(ア) 原告は,タイムカードの「定時出」欄に打刻又は記載された時刻から,労務を提供した旨主張する。
しかしながら,上記タイムカードの平成27年10月頃から平成28年9月までの「定時出」欄には,ほぼ午前6時台又は午前7時台の時刻の打刻がされているところ,上記認定事実によれば,平成28年10月まで原告と同じ事務所で勤務していたCが,客先に直行する日以外の日に午前8時20分に出勤した際,原告が自席に着席している姿を見たことがない一方,週1回程度,原告が,始業時刻前に,会議室の会議用円卓に座り,食事を取っている様子を見たことがあったことが認められる。また,原告は,朝7時半とかに出勤するようになってからは,事務所で朝食をとるようになった,平成28年10月の事務所移転後は鍵を貸与されなくなったが,午前7時過ぎに被告の最寄り駅であるJR天王寺駅に着き,ファストフード店やイートインコーナーのあるコンビニエンスストア等で時間をつぶしている旨供述している(原告)。以上の点を併せみれば,原告が,被告の指示又は業務上の必要性から,所定始業時刻である午前9時より前に出勤し,労務を提供していたとは認められない(原告は,当番の日には,机の雑巾がけをしていた旨主張するが,当該当番が,いつあるいはどのくらいの頻度で,どの程度の時間かかるものかを認めるに足りる的確な証拠は認められず,この点についての労務の提供の立証があるとはいえない。)。なお,原告は,平成28年10月以降は,午前9時より数分又は数十分前に出勤しているが,当該時間は,勤務開始前に必要な準備行為に要する時間とみるべき程度のものであり,被告の指揮命令下に置かれた労務の提供時間であると評価することはできない。
(イ) これに対し,原告は,被告が,原告の出勤状況を把握していながら,早出残業の必要性はないと言わなかったから,残業を容認していた旨主張するが,被告が,原告に対し,早出残業の必要性がないと言わなかったことをもって,所定始業時刻前の食事時間等が労務の提供時間になるものではなく,原告の主張は採用できない。
(ウ) 以上によれば,原告による労務の提供の開始時刻は,所定始業時刻である午前9時と認めるのが相当である。
6.タイムレコーダーの記録ではなく所定の始業時刻をベースに労働時間を算定すべきとされた裁判例
従業員側はタイムレコーダーに入力された始業時刻に基づいて労働時間を計算するべきと主張し、会社側は所定の始業時刻をベースに計算するべきと主張した裁判例です。
一般的にはタイムレコーダーで打刻された始業時刻がベースになります。
ではなぜこの裁判例ではそうはならなかったのか見ていきましょう。
この会社では、はっきりと「タイムレコーダーの打刻時刻は時間外労働等の計算には利用しない」と明言されていたのです。
次に、時間外勤務等については会社のシステム上で申請をしイントラネットを通して上長の承認を受けるようになりました。
この2点により裁判所は「時間外労働等の時間するについてタイムレコーダーの打刻時刻をベースに算定することは相当ではない」とし「使用者の指揮命令下に置かれていたかを実質的に検討する」としました。
ここで学ぶべきは、過度な時間外労働をコントロールできないのであれば、このようにイントラネットを通して上長の承認を得なければできないようにしておいて、タイムレコーダーは時間外労働の時間数の計算には使わないことを明言しておくことです。
こうしたルールは就業規則又は賃金規程にきちんと記載しましょう。
就業規則が会社の有効なルールとされるためには従業員に周知しておく必要がありますのでその点にはご注意ください。
従業員側は「会社は所定の始業時刻の30分前に出勤して業務を開始しラジオ体操に参加するよう指示していた」と主張します。
しかし裁判所は、会社が原告に対して時間に余裕を持って出勤するよう指導したことがあることは認めましたが、具体的に始業時刻の30分前に出勤するよう指示をした事実は認めませんでした。
また、ラジオ体操について不参加者が不利益な取り扱いを受けていたことが認められなかったので、ラジオ体操参加が義務ではなく労働時間とは認められませんでした。
具体的に早出の指示を出していれば逆に危なかった事例でした。
そして「時間に余裕を持って出勤するように」という指導によっては始業時刻が早まって認定されることもないということです。
最後に、ラジオ体操を毎日している職場もあるでしょうが、これに不参加の従業員について低く評価することなどがない限りは、義務的参加ではなく労働時間とは認定されないということです。
ア 平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の時間外労働等の時間数について
東京地裁平成30年11月12日判決
(ア) 原告は,平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の時間外労働等の時間数は,タイムレコーダー上の出退勤時刻に基づき認定するべきであると主張する。
この点,労働基準法上の労働時間は,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうところ,上記認定事実によれば,
・被告の従業員は,平成28年1月1日以降,タイムアセット導入により,ICチップ内蔵の社員IDカードでタイムレコーダーに日々の出退勤時刻を打刻するようになったこと,
・もっとも上記打刻時間は時間外労働等の計算には利用しないとされ,時間外勤務や年休取得についてはタイムアセット上で申請し,イントラネットを利用して上長の承認を受けることになったこと,
・このような就労管理方法の変更については,インターネット上の教育ツールを利用するなどして従業員の習熟が図られ,原告もこれを習得していたこと,
・ところが原告がタイムアセットを利用して時間外勤務の承認を受けたのは1度だけであること
が認められる。
上記によれば,原告の平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の時間外労働等の時間数については,タイムレコーダー上の出退勤時刻から直ちに認定することは相当でなく,その間,使用者である被告の指揮命令下に置かれていたといえるか否かを実質的に検討する必要がある。
以下,かかる見地から原告の平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の時間外労働等の時間数について検討する。
(イ) 早出残業時間について
原告は,Bの指示に従い,始業時刻の30分前頃までに出勤して業務を開始し,ラジオ体操にも参加していたと主張し,これに沿う供述をする(甲18,原告本人【2頁】)。
この点,Bは,始業時刻である午前9時間際に出勤した原告に対し,時間に余裕を持って出勤するよう指導したことがあることは認められる(証人B【2,3頁】)ものの,始業時刻の30分前頃までに出勤して業務を開始するよう指示していたとは認められず,実際,原告の出勤時間には相当なばらつきがある(上記認定事実カ)上,上記Bの指導は,始業時刻から直ちに業務を開始できるように時間に余裕を持って出勤するよう求めるもので,社会常識の範囲内の指導ということができ,これをもって原告が出勤時刻から直ちに使用者である被告の指揮命令下に置かれていたと解することは困難であり,仮に原告が始業時刻前から業務を行うことがあったとしても,これを労働時間に算入することは相当でない。
また,上記認定事実によれば,配送センターにおけるラジオ体操は,開始時に出勤している社員が概ね参加していたものの,開始時間は一定しておらず,出欠も取らず,これに参加しなくても遅刻扱いとはされていなかったことが認められる上,不参加者がその他の不利益な取扱いを受けていたとうかがうこともできず,参加が義務付けられていたとまでは認め難く,ラジオ体操に参加していた時間についても労働時間とみることは相当でない。
以上によれば,原告の上記主張ないし供述は採用することができず,原告の平成28年1月1日から平成29年6月17日までの間の就労開始時間は,午前9時以降に出勤した場合を除き,始業時刻である午前9時と認定するのが相当である。
7.会社主張のタイムシート(業務報告書)ではなく、PCのログイン時刻により始業時刻を認定されてしまった裁判例
この裁判例では所定の始業時刻である午前9時が始業時刻であると従業員側が主張しています。
会社側の主張する始業時刻ははっきりしませんが、パソコンのログイン時刻が始業時刻であると主張していて、おそらく9時15分から9時30分あたりだろうと推察できます。
一般的には客観的に改ざんの可能性が低い証拠の信用性が高く、ログイン時刻はその代表例とも言えます。
しかし、裁判所は2つの事実により従業員側の主張を採用しました。
1つは毎日の業務です。
従業員はパソコンのログイン前に幾つもの業務をしていたことが伺えそこから時間を差し引くと午前9時から業務を開始したと見るのが相当であるとしました。
もう1つは遅刻連絡についてです。
会社は、従業員が遅刻連絡をしたSMS(携帯電話番号同士で連絡するツール)を証拠として、「所定の始業時刻に出勤した日はわずかだ」と主張しました。
しかしこれはいかにも無理筋であって、裁判所はこの遅刻した日については午前9時以降を始業時刻とするのもやむを得ないとしつつ、そもそもそうした遅刻連絡をまめにしたということはそれ以外の日については所定の始業時刻に出勤していたことを推認しました。
これは難しいところですが、その日の始業時刻を仮にログイン時刻としたところで30分程度の労働時間を削れるだけです。
しかしそれにより「それ以外の日はきちんと所定の始業時刻に出勤していた」ことを推認されては元も子もありません。
この点は注意しておくべきでしょう。
(2) 始業時刻について
東京地裁平成30年11月1日判決
ア 原告は,被告事務所の所定の始業時刻である午前9時に業務を開始したと主張するところ,原告使用のパソコンのログインの記録をみても,本件請求対象期間中の大半の日について午前9時からさほど時間を置かずにパソコンのログインが行われていると認められる。原告は,被告事務所に出所後,週に2回程度は事務所の掃除を行っていたほか,郵便物の投函,Cとの打合せ,通勤途中に携帯電話にかかってきていた顧客からの電話に対する折り返しの電話等,パソコンを立ち上げる前に他の事務を行うこともあったと認められるから,かかるパソコンのログイン状況は,始業時刻に関する原告の上記主張に整合するものということができる。
イ これに対し,被告は,原告が電車遅延等で始業時刻の午前9時に遅れて出勤する旨を被告に連絡したSMSに基づき,原告が所定の始業時刻に出所した日はわずかであったし,少なくとも遅刻の連絡をした日については原告が申告する遅延の見込み時間数と整合するパソコンのログイン時刻により始業時刻を認定すべきであると主張する。確かに,原告が電車遅延等を理由に遅刻の連絡をした日については,パソコンのログイン時刻等からみても,所定の始業時刻である午前9時に勤務を開始したとは認め難いものの,他方で,原告は,所定の始業時刻に遅れて出勤する場合には,こまめに被告に連絡していた状況がうかがわれるのであるから,遅刻が常態化する状態になどなく,むしろ,これ以外の日については所定の始業時刻に出所していたことが推認される。
ウ したがって,原告が被告に対し遅刻の連絡をした日以外の日については,遅くとも所定の始業時刻である午前9時には被告事務所に出所し,業務を開始したものと認めるのが相当である。また,原告が被告に対し遅刻の連絡をした日については,始業時刻につきパソコンのログイン時刻(甲68)により認定するのが相当である(別紙3-2のうち「始業時刻」欄を網掛けした部分。ただし,ログデータのない平成28年10月3日については,原告が申告した遅延見込時間数により始業時刻を認定した。)。
8.従業員による早出残業の主張を退け所定の始業時刻を認定した裁判例
従業員による早出残業、いわゆる定時前出社の主張です。
この裁判例は引用するまでもないかも知れませんが、こうした従業員の主張はこのように退けられるということを知っておいてください。
・始業時刻前に業務に従事するよう指示した証拠はない。
・日報メール等に記載された内容も所定の始業時刻から業務を開始した旨の記載が多数である。
このように従業員の主張は退けられて、会社の主張どおり所定の始業時刻が認定されました。
原告は,始業時刻前にもいわゆる早出残業を行っていた旨主張する。しかし,被告が原告に対して始業時刻前に業務に従事するよう指示していたことを認めるに足りる適切な証拠はなく,また,日報メール等に記載された内容でも,始業時刻である午前9時30分から業務を開始した旨の記載が多数見られるところであるから,客観的な証拠から始業時刻前に勤務を開始していたことが明らかな場合を除き,実労働時間の把握にあたっては本件雇用契約において定められた始業時刻を用いるべきである。
東京地裁平成30年10月5日判決
まとめ
●所定の始業時刻より前に出勤することを指示していたかは裁判所が見るポイント
・ましてや所定の始業時刻前の業務について抜き打ち検査など
していたら間違いなく所定の始業時刻より前の時刻が認定
されてしまう。
●会社に有利な客観的な証拠がある場合は従業員側の主張を抑えてしっかりと勝ち切ること
・矛盾する主張をしてくるのでその矛盾をしっかりと指摘する。
●手書きの始業時刻について丸めた数字の信用性は低い
※会社側に有利な場合はそれを悟られないようにすること
●タイムカードがあっても諦めず他の従業員の陳述で引っ繰り返せることがある
●時間外労働について承認制度を設けている方が労働時間を短くできる
●遅刻連絡を主張するときは「まめに遅刻連絡をしているなら連絡がないときは遅刻していない」と認定される可能性に注意すること
弁護士 芦原修一