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問題提起
コロナウイルスの感染拡大に伴い新型インフルエンザ特措法に基づく緊急事態宣言が出されました。
これにより在宅勤務、いわゆるリモートワークが推奨されています。
リモートワークにより通勤が不要になればそれだけ感染拡大を防止でき効果的なのですが、そこで問題となるのは労働時間の算定です。
リモートワークは主に自宅で就業するものですが、自宅は私的領域に属するため会社による労働時間の管理には限界があります。
リモートワークにおける労働時間の算定をどのようにするのか。
これを明らかにすることが本稿の目的です。
ずばりそのものの裁判例はないのですが、リモートワークに応用できる裁判例で示された規範の一部をピックアップして編集しました。
以下の考察を通して、リモートワークにおいて労働時間はどのように算定されるかを予測し、今のうちに制度を整えましょう。
なお、リモートワークに直接当てはめられませんが、労働時間の算定のうち休憩時間について「労働時間の算定(計算)①休憩時間」を、始業時刻については「労働時間の算定(計算)②始業時刻」お読みください。
リモートワークにおける労働時間の算定方法は2通りある

徹底的に管理する
始業時刻、休憩開始時刻、休憩終了時刻、終業時刻はもちろん管理し、パソコンの前に常にいることを義務付けることで徹底的に管理することが考えられます。
例えば、チャットツールを常にアクティブにしておき業務の必要に応じて即時に対応できるようにしておくのです。
メール送信時には管理者をcc又はbccに入れておく、取引先その他外部と電話をした後は必ず社内メールで報告する、PDF化されたFAXを社内メール等で報告する、など業務遂行が常に管理者の目に明らかにしておくことが考えられます。
このようにすると、自ずと労働時間が明らかになり算定が可能になります。
問題点と解決方法
家庭に幼児や子供がいる場合に業務中だからと放っておくわけにはいきません。
書留や宅配物にも対応しなければなりません。
何より自宅は私的領域ですので目に付いたことについて何もしないというのは酷とも言えます。
事実上は、多少の私的な行動は許したうえで、別日に忙しい日があって時間外労働が発生したとしても、ならして割増賃金は発生しないという処理をすることになるのかも知れません。
労基法38条の2(事業場外みなし労働時間制)を適用する
これを適用できれば楽です。
何しろ細かく労働時間を管理しなくても良いのですから。
もっとも、時間外労働が発生することはありますので、後から振り返って始業時刻と終業時刻は把握できるよう、業務報告書や日報の作成は必須です。
リモートワークについて労基法38条の2(事業場外みなし労働時間制)の適用は難しいが不可能ではない

事業場外みなし労働時間制とは、使用者が労働時間の管理が難しい就業形態である場合に、具体的な記録がないとしても所定時間就労したとみなす制度です。
この制度の適用があれば細かな管理は不要であり労使双方にメリットがあります。
そこでリモートワークにこの制度の適用ができるかですが、重要な参考基準があります。
平成20年7月28日付け基発第0728002号
厚生労働省労働基局長が、平成20年7月28日付け基発第0728002号(情報通信機器を活用した在宅勤務に関する労働基準法第38条の2の適用について)という通達を出しました。
この通達は、リモートワークについて事業場外みなし労働時間制を適用する要件について言及しています。
1. 当該業務が、起居寝食等私生活を営む自宅で行われること。
2. 当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと。
3. 当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと。
1.についてはまさにリモートワークなので当てはまります。
2.については会社次第ではありますが、電話・メール・LINEなどによる都度の連絡が義務付けられているならば当てはまらないでしょう。
さらに、これまで使用者の具体的な指示に基づいてしていた業務についてリモートワークになったからといってその指示が不要になることも考えにくく、3.も当てはまらないでしょう。
こうした通達には法的拘束力はありませんが、裁判例で引用されて規範とされることも多いので、重要な参考基準と見るべきです。
したがって、リモートワークに事業場外みなし労働時間制の適用は一般的には難しいというべきです。
どうしても適用させたいという場合は、2.については会社専用の端末を与えて労働者が自由に通信切断することを許すことで要件を満たし、3.については大まかな指示だけに留めあとは労働者の裁量に委ねるということが必須になります。
これをするには相当な信頼関係があり、労働者自身の能力が一定以上でなければ成り立ちません。
逆に言うと、成り立つのであれば事業場外みなし労働時間制を適用することが労使双方にメリットがあり、会社に大きなプラスになるでしょう。
事業場外みなし労働時間制が適用される場合における、時間外労働の算定(東京地裁平成21年2月16日判決)

この裁判例では、平日については事業場外みなし労働時間制が適用されるが、休日についても適用があるか、それとも会社独自の算定方法が適用されるかが争われました。
また、これは生命保険会社における確認業務等に従事していた労働者についての裁判例ですが、自宅を本拠地としつつ確認先に出向く場合にそれが通勤か、労働時間かも争われました。
業務内容の詳細は次の①②③です。
① 生命保険の死亡保険金や各種給付金等の支払に際し,告知の有無,事故の状況や事故により生じた障害の状態,入院加療の内容等を確認する業務(以下「保給確」という。),
② 生命保険,生命共済などの新たな契約を締結する際に,その契約の諾否を決定する為に必要な判断材料を収集することを目的として実施するもので,被保険者の健康状態,職業,契約者の収入状態,及び契約者・被保険者・受取人の関係,申込動機等について確認を行う業務(以下「決定前」という。),
③ 損害保険の調査に関連した確認業務
休日の労働時間の算定は会社が決めた算定方法による
(1) 原告らは被告の業務職員であり,原告らの業務内容は,前記争いのない事実(3)記載のとおりであり,保険に関する調査及び報告書の作成業務に従事しており,その業務遂行の仕方は,被告の本支店には原則として出社することなく,自宅を本拠地として,自宅に被告から送付されてくる資料等を受領し,指定された確認項目に従い,自宅から確認先等(保険契約者宅,被保険者宅・病院・警察・事故現場等)を訪問し,事実関係の確認を実施し,その確認作業の結果を確認報告書にまとめて,本社ないしは支社に郵送又はメール等でこれを送付する,というものである。
東京地裁平成21年2月16日判決
このように,原告らの業務執行の態様は,契約形態が雇用であるから従属労働であるとはいえ(実際,同じ業務を担当しているが,業務委託契約の職員もいる。〈証拠略〉。),被告の管理下で行われるものではなく,本質的に原告らの裁量に委ねられたものである。したがって,雇用契約においては,使用者は労働者の労働時間を管理する義務を有するのが原則であるが,本件における雇用契約では,使用者が労働時間を厳密に管理することは不可能であり,むしろ管理することになじみにくいといえる。
この事例は外出を常とする点で自宅のみでの就業というリモートワークとは異なります。もっとも、裁判所は明言してはいないものの、自宅を本拠地とした自由な就業態様からすると、前記通達の要件である1.から3.に当てはまるということもできます。
いずれにせよ、本件では平日の就業に関しては、事業場外みなし労働時間制の適用があるとしています。
問題は休日においても事業場外みなし労働時間制の適用があるかです。
もし適用となれば、休日の所定時間丸ごとが労働時間とされるので、相当な未払賃金が発生してしまいます。
(3) 本件は,原告らが休日労働をしたと主張して,その時間外労働に関する手当を請求するものである。一般的に,少なくとも休日労働については,労働者は自己の意思で休日労働をするか否かを決定する裁量が本来なく,使用者の休日労働の個別の命令を要すると解される。平日の時間外労働についても,変わるところはないといえるが,一般的には,通常の業務に引き続いて時間外労働が行われるため,使用者の課している業務の量が所定労働時間内に終えることのできるものと明確に認められない状況では,個別具体的な時間外労働の命令がなくても,包括的・黙示的な同命令があるものと認められ易いというにすぎない。
東京地裁平成21年2月16日判決
これに対し,休日労働は,前日までの平日の労働と時間的に連続していないため,労働者に犠牲を強いる点も多く,それゆえに時間外手当の割増率も高くなっているもので,本来労働者の裁量では行えず,包括的・黙示的な同命令も容易に認められるものではないといえる。
事業場外みなし労働時間制といってもあらゆる場合に労働時間が固定的に扱われるのではなく、時間外労働・休日労働があれば当然それも加味されます。
そうすると平日については例えば18時が終業時刻だとして、残務があればそのままその18時から時間外労働が始まります。
このように平日は所定時間と時間外労働が接着しているので、所定の終業時刻から引き続き時間外労働が始まることが前提になります。
しかし、休日については、一旦前日に業務を終えて私的な時間を過ごし就寝して翌朝を迎えてからの業務になるのですが、それをするかそれとも翌勤務日にするかは確定的ではありません。
したがって、休日労働について包括的・黙示的な時間外労働の命令があったとは認められにくいとされました。
時間外労働の命令がないとするとその休日労働は、事業場外みなし労働時間制の適用外です。
被告の業務職員の業務執行の態様は,その労働のほとんど全部が使用者の管理下になく,労働者の裁量の下にその自宅等で行われているのであるから,休日における報告書作成時間等も,使用者において管理しているものではなく,作成に要した実時間を使用者において知ることができるものではない。
東京地裁平成21年2月16日判決
業務職員も被告に報告していないし,また実際にも被告が把握してはいない(〈証拠・人証略〉)。
したがって,一定の算定方法に基づき,概括的に報告書作成時間等を算定することにも合理性が存するといえる。
そして,そのような算定方法は,社内的な取決めにより決められることになろうが,そのような社内の取決めは,休日労働に対する時間外手当を支払うという法的な権利の存在を前提とし,それをどのように算定するか,という技術的・細目的な事柄に属するものである。
したがって,そのような取決めについては,本質的に使用者に制定する権限があり,その裁量に委ねられているというべきであり,そのような取決めについて司法審査をするに当たっては,社内の取決めを作成する者と同じ立場に立っていずれが最適かといった見地から審査するのではなく,恣意にわたるような定め方や,時間外手当請求権を実質的に無意味としかねないような裁量権の逸脱が存するか否かの点に限って審査すべきである。
これについて注意すべきは会社が労働時間を管理できないから会社が決めた算定方法で計算してよいというわけではない点です。
それが許されるなら事業場外みなし労働時間制を適用せずに会社が自由に労働時間を決められることになってしまいます。
そうではなく、休日労働を含めた時間外労働については、会社の管理が及ばないのであれば会社が決めた算定方法で計算しても良いということなのです。
もっとも、その場合でも完全な自由ではなく、時間外手当請求権を実質的に無意味にするような裁量の逸脱があればその算定方法は無効とされます。
これはいわゆる司法審査の対象ではないということで、細かい点については裁判所は分からないから原則は会社の裁量に委ね、ただし裁判所であっても分かる程度の裁量の逸脱があればそれは無効としますよ、ということです。
もう一点注意すべき点があります。
それは、休日労働について労働時間の算定方法を予め定めておくことです。
もし平日に事業場外みなし労働時間制を適用させている場合に休日労働についての規定がなければ、そのまま労働者の主張する実労働時間が休日の労働時間とされて多額の割増賃金を支払う羽目になりかねないからです。
そして、その規定も会社に極端に有利な算定方法ではなく、そこそこ有利なものに留めておいてください。
そうでなければ、この裁判例でいう「会社の裁量権の逸脱」と判断される可能性があります。
移動時間は労働時間か、通勤時間か
本件の労働者は、自宅を本拠地としつつも、確認業務のため複数の確認先を回っています。
仮にA、B、Cの確認先を回るとすると、自宅⇒A⇒B⇒C⇒自宅、というように移動しています。
そして会社は、確認先から確認先の移動、すなわちA⇒B及びB⇒Cは労働時間であるとしているのでこの点に争いはありません。
そこで、自宅⇒A及びC⇒自宅の移動時間が労働時間か、通勤時間かが争われました
裁判所は、自宅は職場でもあるが休息の場でもあり会社からの拘束が弱い場所であるなどを根拠として、労働時間か通勤時間かを決めることはできないとしました。
そして、どちらということもできることから、それを場合によって定めている会社の規則が裁量を逸脱していない限りは、会社の規則どおりに決まるとしました。
この点も前の論点と同じく原則は司法審査が及ばないとしています。
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