内容証明が会社に届いたときの対応方法

内容証明が会社に届いた

内容証明が届いても慌てない

慌てる方も多いかと思いますが、慌てずに弁護士に相談してください。弁護士に相談しさえすれば少なくとも最悪の選択をせずに済みます。弁護士に相談しないとしても直ぐに返事をせずに落ち着いて対応方法を考えてください。

内容証明は公的なものではなく(元)従業員名義の私的な郵便物です。一方的に主張をしている文書が送られてきただけですので、それで何かが確定するということはありません。

次に、残業代請求の内容証明では請求金額の後に次のような文章が付けられていることが多いです。

「…つきましては,本書面到達後14日以内に上記の請求金額を当職の口座(みずほ銀行〇〇〇支店 普通預金 口座番号:76543XX 口座名義人:甲山太郎)に振り込む方法によってお支払い頂くよう請求いたします。」

「大変だ!14日以内に支払わなければ!」と思う必要はありません。(元)従業員が一方的に支払期限を区切っているだけです
そもそも、本当にその請求金額が法的に正しいものかを計算する期間としても14日は短いです。
この14日というのは何らかの返信をする期限という捉え方で良いでしょう。まったく交渉するつもりがない場合を除いて、「請求の主旨は分かりました。請求について調査して対応するのでしばらくお待ちください。」くらいの文章で返信しておきましょう。

そして、次のような文章が続きます。

「なお、支払期限までにお支払いが確認できないときには、やむを得ず法的手段を講ずる予定であることを念のため申し上げます。」

結論:気にしないでください
支払期限を区切って一方的に交渉を切り上げるという通告は弁護士同士では軽い挨拶のようなものですが、それ以外の方々にとっては強く感じられるかもしれません。しかし、これは一方的な通告ですので会社が応じる必要などないのです。

また、次のように資料を要求してくることもあります。

「本件の解決のために、タイムカード、就業規則など関連資料の開示を併せて請求いたします。」

これに対しては弁護士に相談してからの対応で良いですが、原則として関連資料は開示するべきです。なぜなら、もし労働審判か民事訴訟に移行した場合には裁判官から開示を指示されるからです。そして、交渉時に開示していないことは会社に対する印象を悪くします。
つまり隠せるものではないので、開示の方向で考えましょう。

内容証明が届いたときの対応の詳細は以下のリンク記事をお読みください。このリンクの記事は内定取消しをした場合の対応について書いていますが、残業代請求に対しても同じように参考になります。

また、こちらの記事も参考になります。いきなり弁護士から電話がかかってきたときの対応方法について書いています。

まずは法的に分析する – 5つの反論方法

内容証明が送られてきても慌てて返答しないとして、具体的な交渉方針を決定するために(元)従業員の請求について法的に分析します。

残業代請求が最後までもつれると民事訴訟に行きつきます。こちらが(元)従業員の請求をすべて呑まなければ、(元)従業員の一方的な意向によって民事訴訟の場面に移行できます。したがって、民事訴訟まで行った場合の残業代の見込み額を算定しておかなければなりません。潜在的な損失の計算と言っても良いでしょう。
弁護士がこの損失計算をする場合、(元)従業員からの残業代請求を見て次の5点をチェックし金額を削れないかを検討します。

管理監督者

(元)従業員が管理監督者であれば残業代を支払う必要はありません。
一般的に管理監督者は部長や店長などがそれに当たりますが、形式的な役職名ではなく次のように実質的に判断されます。

  • 労務管理の一端を担っているだけでは足らず、労務管理、特に採用と昇進に関し、経営者と一体的立場にあったか。
  • 企業全体としての経営方針等の決定に関与していたか。
  • 労働時間に関する自由裁量性があったか。
  • 賃金が、労働時間等の規定の適用を排除される管理監督者に対する待遇として十分であったか。

これは日本マクドナルド社の事件で示された管理監督者の該当性判断要素です。
会社にとっては厳しい基準です。中小企業における取締役以外の幹部と言われる人でも管理監督者とされるのは難しいでしょう。

ただ、管理監督者とされれば残業代の支払義務がゼロになりますので、検討する価値はあります。

原告が管理監督者に当たるといえるためには,店長の名称だけでなく…具体的には,①職務内容,権限及び責任に照らし,労務管理を含め,企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか,②その勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないものであるか否か,③給与…において,管理監督者にふさわしい待遇がされているか否かなどの諸点から判断すべきである

東京地裁平成20年1月28日判決(日本マクドナルド事件)

消滅時効

残業代が発生すると言っても延々と過去に遡って支払う必要はなく、過去2年間分のみを支払えば足ります。それ以前の残業代についても主張する(元)従業員・代理人弁護士がいますが、消滅時効の主張をすれば2年前より以前の残業代については権利が消滅します。

残業代関連のウェブサイトや書籍で「残業代の消滅時効は3年だ」と書かれているのを見ても慌てないでください。
確かに、これまでは2年であったのを3年に時効期間が延ばされました。
しかし、その3年の消滅時効が適用されるのは2020年4月1日からの賃金についてです。
つまりその前日の2020年3月31日の賃金は2022年3月31日に消滅しますが、2020年4月1日の賃金は2023年4月1日まで消滅しません。
したがって、2022年3月31日までは消滅時効は2年だと考えて良いのです。

固定残業手当

固定残業手当は、みなし残業手当、定額残業手当などの名称で呼ばれることもあります。名称が何かはともかく、残業手当を前払いする制度に基づき支給される手当のことです。
就業規則、賃金規程、または労働契約書により固定残業手当が定められます。

この固定残業手当の反論が通ればかなり効果的です。(元)従業員の主張を全部拒めるか、かなりの部分を拒めることになります。
しかし、単に固定残業手当が定められているというだけでは法的には通りません
固定残業手当が認められる要件は次のとおりです。

  • 固定残業手当により割増賃金を支払うことの合意があった。
  • 基本給と固定残業手当が金額で明確に区別されていた。
  • どれだけの残業時間の対価としての固定残業手当かが明示されていた。
  • 予定されている残業時間が45時間を超えていない。
  • 基本給および固定残業手当がそれぞれ最低賃金を下回っていない。

これらの要件をチェックして固定残業手当の主張が法的に認められるかを確認しましょう。

固定残業手当の主張が認められるかは、労働契約書の内容、就業規則または賃金規程における定め方で決まります。
固定残業手当を賃金体系に含める場合、基本給+固定残業手当で相場どおりの賃金額にすることが多いと思われます。
この場合、固定残業手当の主張が認められるかで残業代請求の勝敗は大きく変わります。なぜなら、主張が認められないとその基本給+固定残業手当の総額が丸々基本給とみなされて、その基本給をベースとして割増賃金が計算されるからです。
弁護士としては、この記事のように(元)従業員からの残業代請求の場面でも固定残業手当の主張について検討するのはもちろんですが、できれば会社全体の制度として固定残業手当の主張が法的に認められるように整備したいものです。そうしておけば、仮に紛争になったときでも堂々と固定残業手当の主張ができます。

残業禁止または残業許可制

会社として残業を禁止していたにも拘わらず残業をした、または残業が許可制なのに許可されないままに残業をした場合には、その残業時間について賃金を支払わなくても良い可能性があります。「可能性」というのはどういうことかと言いますと、単に就業規則や労働契約書で残業禁止または残業許可制にしていただけではダメだからです。

残業禁止

残業禁止の規定がある場合にその禁止を破って残業がされたとき、次の2パターンのいずれかを満たせば残業時間について賃金を支払う必要はなくなります。要は会社の指揮命令下から外れている行為だとみなされます。

  • 就業規則や労働契約書において残業禁止について会社と(元)従業員が合意した。
  • (元)従業員が会社が気付きようがない形で残業していたこと。
  • (元)従業員に対して残業が必要なほどの業務命令を出していない。

2のようなことはなかなか現実的に起こりにくいですが、例えば(元)従業員が何も言わずに自宅に資料を持ち帰って1時間仕事をしていたとか、その(元)従業員以外の従業員が全員出張などで本来の退勤時刻に社内におらずタイムカードを本来の退勤時刻に押されていたとかですと、会社としても知りようがありません。知りようがないので会社が黙認したとも言えず、会社の指揮命令下から外れた行為として賃金が発生しません。

3の業務命令は残業禁止と矛盾し、会社がそのような業務命令を出すということは同時に残業禁止を解いたと見られます。

  • 就業規則や労働契約書において残業禁止について会社と(元)従業員が合意した。
  • (元)従業員が残業をしていることについて会社が気付き得た。
  • (元)従業員に対して残業が必要なほどの業務命令を出していない。
  • 会社が残業に気付いた都度、(元)従業員に対して残業を終えるよう注意したか、事後的なら今後残業禁止を守るよう注意した。

2のように実際に職場に残っていたり、タイムカードなどで残業の実態を知ることできるのが通常です。

4のとおり、会社が残業に気付いたならばそれは残業禁止に反する行為ですので当然注意しなければなりません。注意をしないということは黙認した=残業禁止を解いたことになります。

残業の許可制

残業の許可制がある場合、次の2パターンのいずれかを満たせば残業時間について賃金を支払う必要はなくなります。これも会社の指揮命令下から外れている行為だとみなされます。

  • 就業規則や労働契約書において残業の許可制について会社と(元)従業員が合意した。
  • 残業を許可しなかった。
  • (元)従業員が会社が気付きようがない形で残業していたこと。
  • (元)従業員に対して残業が必要なほどの業務命令を出していない。

2のとおり、残業禁止と異なり許可制なので「許可しなかった=無許可」という要件が必要です。

3のようなことはなかなか現実的に起こりにくいですが、例えば(元)従業員が何も言わずに自宅に資料を持ち帰って1時間仕事をしていたとか、その(元)従業員以外の従業員が全員出張などで本来の退勤時刻に社内におらずタイムカードを本来の退勤時刻に押されていたとかですと、会社としても知りようがありません。知りようがないので会社が黙認したとも言えず、会社の指揮命令下から外れた行為として賃金が発生しません。

4の業務命令は残業の許可制と矛盾し、会社がそのような業務命令を出すということは同時に残業を許可したと見られます。

  • 就業規則や労働契約書において残業禁止について会社と(元)従業員が合意した。
  • (元)従業員が残業をしていることについて会社が気付き得た。
  • (元)従業員に対して残業が必要なほどの業務命令を出していない。
  • 会社が残業に気付いた都度、(元)従業員に対して残業を終えるよう注意したか、事後的なら今後残業禁止を守るよう注意した。

2のように実際に職場に残っていたり、タイムカードなどで残業の実態を知ることできるのが通常です。

4のとおり、会社が残業に気付いたならばそれは無許可の残業なので当然注意しなければなりません。注意をしないということは黙認した=残業を許可したことになります。

適切な労働時間の算定

労働時間とは、「会社の指揮命令下におかれた時間」をいいます。

(元)従業員からすると労働時間が正しいかどうかより金額がいくらかが問題です。そうすると、途中の計算は金額が大きくなるようにしがちです。これに対して会社側は1日1日の労働時間を丁寧にチェックして、過大に算定している部分を削る作業が必要です
これまでの項目は法的に成立すれば大幅に請求を削れる反論ですが、この項目は地道に削る反論です。

勤務状況や業務内容によってこの作業は異なることもありますが、一般的には次の3項目に着目します。

  • 始業時刻
  • 休憩時間
  • 終業時刻

「(元)従業員の主張している始業時刻は早過ぎる(=本当は9時に始業なのに8時30分としている)」
「(元)従業員の主張している休憩時間は短過ぎる(=本当は1時間休憩しているのに30分しか計上していない)」
「(元)従業員の主張している終業時刻は遅過ぎる(=本当は18時に終業なのに19時としている)」
このような観点で1日1日の労働時間を修正します。
一から労働時間を算定するのは効率的ではないので、(元)従業員の主張している労働時間をベースとしてそれを削る感覚です。

労働時間が争われるときの多くの場合は、タイムカードの記載がベースになります。
そして次の場合が考えられます。

  • すべての日についてタイムカードが打刻されていたが、その内容に誤りがある。
  • タイムカードが打刻されている日もあれば打刻されていない日もある。その打刻されていない日の労働時間の算定をどうするか。
  • タイムカードが打刻されてはいるがそれと同時に日報にも始業時刻等が記載されている。

少し考えただけでもこれだけの場合があります。
タイムカードは客観的で改ざんの可能性が低いので証拠価値が高いです。したがって、タイムカードの記載が労働時間の算定のベースとなります。
もっとも、ベースであって絶対的な存在ではありません。他の従業員の証言により覆せることもあります。

詳しくは次のそれぞれのリンク記事をお読みください。

始業時刻についての反論の詳細は「労働時間の算定(計算)②始業時刻」をお読みください。
休憩時間についての反論の詳細は「労働時間の算定(計算)①休憩時間」をお読みください。
終業時刻についての反論の詳細は「労働時間の算定(計算)③終業時刻」をお読みください。

適切な基礎賃金の計算

これを最後の項目に持ってきたのは、特に弁護士が就いている場合、おかしな計算をすることがほとんどないからです。
とは言え、基礎賃金の計算がおかしければ全体の未払残業代の金額に影響しますので、当然チェックはします。
基礎賃金の計算式は次のとおりです。

基礎賃金 = 月の所定賃金(基本給) ÷ 1ヶ月の所定労働時間(月により異なる)

このとおりシンプルですので、エクセルなどでサッと計算しましょう。(元)従業員が過大な基礎賃金を主張していれば「基礎賃金が違う」と反論できます。

最終的な残業代の計算

ここまでの発想は、「(元)従業員が請求した金額の修正」でありどれだけ請求金額を削れるか、というものでした。
しかし、会社が適切だと考える残業代を一から計算するという方法も採れます。システム上その方が楽だという会社もあるでしょう。検算の意味でもそうしたい場合もあるかと思います。その場合、次の計算式で計算します。

残業代 = 基礎賃金 × 残業をした時間(総労働時間ー所定労働時間) × 割増率

残業をした時間は、前の項目の「適切な労働時間の算定」で計算しています。
そして割増率は次のとおりです。
割増率は、まず通常勤務日か休日労働かで①か②が該当します。
そして深夜時間帯(22時~翌5時)かどうかで③の25%が加算されるかが決まります。
つまり、①と②がベースで、③が加算されるかどうかという捉え方をします。
休日労働は時間外労働の例外として扱われますので、時間外労働と休日労働が同時に加算されることはないということです。

残業した時間帯割増率
①時間外労働(所定労働時間外)25%
②休日労働35%
③深夜労働(22時~翌5時)25%
④時間外労働+深夜労働50%
⑤休日労働+深夜労働60%
時間外労働の割増率一覧

この下のドキュメントは厚生労働省が公式に発表している基礎賃金の算定方法です。詳しく知りたい方はご覧ください(全2ページ)。

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交渉方針の決定

(元)従業員の請求額が500万円として、上の5項目を検討すると本来支払うべき金額が200万円だったとします。
仮に(元)従業員の請求を一蹴して相手にしなかった場合、(元)従業員は労働審判を申し立てるか、民事訴訟を提起します。しかしそれらの裁判所では200万円以上の請求額が認められる見込みが低いです。このように考えると、返答としては200万円以下の支払額に留めておけば良いこととなります。なぜなら、(元)従業員はどのような手段を使っても200万円を超えた金額を会社から手に入れることができないからです。

このように上限額を設定すると、後は0円から200万円の間で支払額を決めれば良いです。例えば、160万円を超えれば交渉決裂という交渉方針を設定します。これは時間の価値を盛り込んでいます。労働審判・民事訴訟で得られる200万円=裁判所に持ち込む手間を掛けずに現時点で得られる160万円と見るわけです。言葉にすると「確かにあなたは裁判所に持ち込めば200万円を手に入れられるかもしれないが、いま160万円を手に入れられるとすればそれ以上の価値を手に入れることになるでしょう。」というメッセージになります。こうした設定は交渉の専門用語でBATNAとも言いますがそれほど特別なものではありません。

以上の例は一例であり基本的な交渉方針の設定方法です。ケースバイケースで変えていくのは当然です。

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