会社の承認のない時間外労働は労働時間か

労働時間が認められてしまった裁判例

このように,被告が原告に対して所定労働時間内にその業務を終了させることが困難な業務量の業務を行わせ,原告の時間外労働が常態化していたことからすると,本件係争時間のうち原告が被告の業務を行っていたと認められる時間については,残業承認制度に従い,原告が事前に残業を申請し,被告代表者がこれを承認したか否かにかかわらず,少なくとも被告の黙示の指示に基づき就業し,その指揮命令下に置かれていたと認めるのが相当であり,割増賃金支払の対象となる労働時間に当たるというべきである。

東京地裁平成30年3月28日判決

この裁判例の会社(被告)は翻訳サービス、通訳の人材紹介・派遣を業とする会社であり、労働者(原告)は翻訳・通訳のコーディネーターとして働いていました。
この労働者はリモートワークで働いていたのではありませんが、かなりの裁量が任されていて就業環境が多少類似する点があります。
裁量があるということは細かなコントロールを意識しないと、このとおり会社が承認しない時間外労働を無断でした挙句に未払賃金訴訟を提起されてしまうのです。

この直前に挙げた裁判例では平日の時間外労働は、終業時刻と接着して始まると説明しました。
この裁判例ではそのことが前提とされ、「所定労働時間内にその業務を終了させることが困難な業務量の業務を行わせ、時間外労働が常態化していた」ら、会社が時間外労働を承認したが否かに拘わらず、その時間外労働は労働時間に当たるとされたのです。

したがって、単に時間外労働の承認制度を設けただけでは、予定外の割増賃金が発生する可能性が高いということをよく覚えておいてください。

そこで参考になるのが次の裁判例です。

労働時間が否定された裁判例

…被告においては,所属長からの命令の無い時間外勤務を明示的に禁止しており,原告もこれを認識していたといえる。
(中略)
…被告においては,就業規則上,時間外勤務は所属長からの指示によるものとされ,所属長の命じていない時間外勤務は認めないとされていること,実際の運用としても,時間外勤務については,本人からの希望を踏まえて,毎日個別具体的に時間外勤務命令書(〈証拠略〉)によって命じられていたこと,実際に行われた時間外勤務については,時間外勤務が終わった後に本人が「実時間」として記載し,翌日それを所属長が確認することによって,把握されていたことは明らかである。
 したがって,被告における時間外労働時間は,時間外勤務命令書によって管理されていたというべきであって,時間外労働の認定は時間外勤務命令書によるべきである。
(中略)
…被告においては,入退館記録表により労働者の労働時間の管理が行われていたとの原告の主張は認めがたい。
(中略)
…一般論としては,労働者が事業場にいる時間は,特段の事情がない限り,労働に従事していたと推認すべきと考えられる。
(中略)
…しかしながら,上記(2)のとおり,被告における就業規則には,明確に,時間外勤務は,所属長からの命令によって行われるものとされ,それ以外の時間外勤務は認めないとされていること,実際の運用として,毎日,従業員本人の希望も参考にしながら,時間外勤務命令書の「命令時間」欄の記載によって時間外勤務命令が出され,翌朝,従業員本人が実際の時間外勤務時間を「実時間」欄に記入して申告し,所属長により確認が行われ,時間外労働が把握されていたことが認められる。
(中略)
…被告では福利厚生の一環として,業務時間外の会社設備利用(居室,休憩室,パソコン等)を認めており,被告の会社構内において業務外活動(任意参加の研修,クラブ活動等)も行われており(〈証拠・人証略〉),被告の事業場にいたからといって,必ずしも,業務に従事しているとは限らない事情も存在する。
 以上からすると,本件では,入退館記録表に打刻された入館時刻から退館時刻までの時間について,被告の客観的な指揮命令下に置かれた労働時間と推認することができない特段の事情があるといえる。

東京地裁平成25年5月22日判決

これは会社にとっては非常に参考になる裁判例であり、特にリモートワークにおける時間外労働による人件費発生を抑制する意味でも参考になります。

リモートワークにおいては労働者は私的領域である自宅にいることで業務効率が落ちる傾向にあります。
だからと言っていつまでも業務をされては時間外労働が積み重なって人件費が倍増してしまいます。
そこでこの裁判例と同じ結論になるよう、次のとおり労働時間管理をきちんとしましょう。

・就業規則において「時間外労働は所属長からの指示がある場合に限る」、「所属長が命じていない時間外労働は認めない」と記載する。
・運用としても、口頭ではなく「時間外労働命令書」(タイトルは何でも良い)により具体的に指示をする。
・実際にされた時間外労働については労働者が所属長に対し日報か業務報告書の中で「実労働時間」を記載して、所属長が指示と齟齬がないかを確認する。

このとおりに時間外労働について管理を徹底しておけば、労働者が無断で時間外労働をしようともそれを否定することが可能になりやすいです。
仮に裁判になるとして同じ裁判官に当たるわけではないので必ずしも同じ結論にはなりませんが、東京地裁の労働部が判断したことですのでここからかけ離れた判断がされる可能性は低いです。

また、この裁判例で指摘されている「会社内には福利厚生施設があるのだから、会社内に留まっているからといって業務に従事しているとは限らない」という点ですが、まさに自宅も私的領域に属していて自宅にいるからといって業務に従事しているとは限らない環境です。
そうすると、仮に18時に業務を終えた労働者が思い出したように10分ほど使って20時にメールを送信した時に「20時まで時間外労働をしていました」と主張しようとも、18時から20時までの労働時間を否定することが容易くなるのです。

リモートワークについて会社がしておくべきこと

休日労働についての労働時間の算定方法について規定を作っておく
●移動時間が労働時間とみなされないように規定を整備しておく
●時間外労働(休日労働含む)の承認制度を作っておく
 ・承認制度だけでなく書面での承認制にしておく
 ・事後的にも日報等の書面で実際の時間外労働を確認する運用とする

おまけ

あるツイートからの抜粋

このようなツイートを見ました。
これは上司からの締め付けが厳しくなったという愚痴です。
このあとで「この上司はリモートワークの本質が分かっていない」と続きます。
さて、リモートワークの本質とは何でしょうか。
どこか結論を先取りしているような印象を持ちます。
そこで、これら4つの主張について見ていきます。

業務時間中の洗濯や買い物など禁止

これは、前記通達の2.「当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと」の要件を満たさないので、事業場外みなし労働時間制の適用はできません。
そうするとガチガチに勤怠管理をする会社ということですね。
確かに労働者にとっては自由な方が楽ですが、自由を与えることがリモートワークというわけではないので、このツイート主は勘違いをしています。
会社には、リモートワークにおいて労働者に自由を与えるかどうかの裁量がありますので、これが嫌ならご自身で起業すれば良いですね。

「今テレビみてただろ?笑」と発言

これは、その言い方こそ多少面倒ではあり自分の上司なら嫌ですが、リモートワークにはテレビを見ながら仕事をする自由はありません。
テレビを見て良いという会社もあるかも知れませんが、会社がダメと言うならダメです。

無駄な業務報告

これは、前記通達の3.「当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと。」の要件を満たさないので、事業場外みなし労働時間制の適用はできません。
リモートワークだから労働者の自由が拡がり裁量が広くなるというわけではなく、むしろオフィス勤務のときよりも業務報告はまめにしてこそやっとこれまで通りの労務管理ができます。
無駄かどうかは主観であり何とも言えませんね。

10分で終わる会議が1時間

これは、10分で終わるかは労働者の主観であり論じるに及びません。
仮にそうだとしてもそれはオフィス勤務のときもあった問題であり、リモートワークは無関係です。

こうしたツイートを見ると、経営者としては危機感を持ちますよね。
労働者に在宅勤務で伸び伸びさせるとこうして権利主張が強まると。
経営者の数よりも労働者の数の方が多いのでこうしたツイートは伸びます。
これは潜在的な労働者の声だと思ってください。

このツイートは、リモートワークは労働者に裁量を広く与えるべきという前提に立っています。
しかし、そのような前提はありませんので、経営者は気にせずに状況に合わせてリモートワーク体制を構築すれば良いです。
もちろん、労働者を信頼して広い裁量を与えて事業場外みなし労働時間制の適用をすることも選択肢に入れるべきです。

弁護士 芦原修一

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