従業員を退職させるとき「解雇する」と言いますが、下図のようにいくつかの種類があります。
青色は、従業員に責任がある場合の解雇です。普通解雇と懲戒解雇があります。
黄色は、従業員に責任はなく会社経営が悪化した場合の解雇です。整理解雇があります。
緑色は、有期雇用の期間満了に伴う雇用契約の終了です。雇止めがあります。
普通解雇
普通解雇という言葉は一般の方には聞き慣れないかも知れません。一般的には「解雇」というだけです。労働法の分野では懲戒解雇と区別するために「普通解雇」という言葉を使います。
労働契約は会社と従業員が合意して働く契約であり契約というのは本来であれば互いに解除すること(会社にとっては解雇、従業員にとっては退職)は自由なのですが、労働者保護のため労働契約法により解雇には制約があります。
普通解雇の有効性の判断基準(解雇権濫用)
労働契約法16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする。」としています。これにより労働審判や民事訴訟では、会社側が「解雇権を濫用していないこと」を主張立証しなければなりません。言い換えますと「解雇を正当化する事実」の主張立証です。
普通解雇における解雇を正当化する事実は大きく分けて次の3つに分けられます。
- 能力不足、成績不良
- 勤務態度不良、規律違反
- その他、懲戒事由に当たる行為
交渉時点から労働審判、民事訴訟に至るまで、これらを争点として争うことになります。
懲戒解雇
懲戒解雇は懲戒処分の一種であり最も重い罰です。従業員に対し最も大きな不利益を与えますので、有効と認められにくい解雇でもあります。
懲戒解雇の有効性の判断基準(懲戒権濫用)
抽象的な基準としては普通解雇と同じく、会社側が「解雇を正当化する事実」を主張立証しなければなりません。ただし懲戒解雇は懲戒処分の一種なので懲戒解雇における解雇を正当化する事実は、「懲戒事由に該当し会社秩序を具体的に乱したこと」です。
懲戒事由は会社ごとに異なりますが、よくあるのは次のとおりです。
- 横領、窃盗、薬物使用などの犯罪、刑事事件
- 経歴詐称
- 重大な業務命令違反、規律違反
- 正当な理由のない欠勤
- パワハラ、セクハラ
これらを見ると「懲戒解雇で当然ではないか」と思いますが、実は懲戒解雇が有効となるハードルはとても高いです。もしこれをお読みになっている方で従業員を解雇しようとしている方は弁護士に相談のうえ、退職勧奨をするか普通解雇か諭旨解雇をするのが無難です。退職勧奨が上手く行けば法的紛争に発展する可能性はかなり低くなりますし、普通解雇も諭旨解雇も決して簡単に有効性が認められるわけではないのですが懲戒解雇よりは随分とマシです。
また、懲戒処分には次のとおりの制約があります。これらは元々刑事事件についての憲法・刑事訴訟法の原則なのですが、懲戒処分は会社内の罰としては刑罰と同じですのでこれらの原則が適用されるのです。
- 罪刑法定主義 – 予め懲戒事由と懲戒処分ができることを就業規則などで定めておく。
- 遡及処罰の禁止 – Aという行為がなされた後に、Aを懲戒する規定を設けても懲戒できない。
- 二重処罰の禁止 – 過去に懲戒した行為に対して再度懲戒処分をすることは許されない。
- 適正手続きの原則 – 懲戒対象者にたいして告知弁明の機会を与える。
この最後の「適正手続きの原則」により、懲戒事由として挙げられる事実は「懲戒解雇の時点で会社が認識していた事実」に限られます。
これは普通解雇ではそうした制約なく普通解雇をした後に発覚した事実によっても正当化できるのと大きく異なります。
諭旨解雇とは
諭旨解雇は「ゆしかいこ」と読みます。上の解雇の種類のチャート図で懲戒解雇の横に「諭旨解雇」が付いているのが気になった方もおられるかも知れません。これは諭旨解雇の定義が会社ごとに異なっていることが多く、また普通解雇・懲戒解雇と比べて使われることがやや少ない処分だからです。
間違いなく言えることは、懲戒解雇よりは軽い処分として位置づけられています。
「諭旨」とは、「(解雇の)趣旨を諭し告げること」です。懲戒解雇をする場面ではもはやそこに会社の温情はありませんが、それとは異なり穏やかに話をし従業員も反省を示していることから、本来は懲戒解雇相当ではあるけれども罪一等を減じて諭旨解雇とする、というわけです。
項目 | 諭旨解雇 | 懲戒解雇 |
---|---|---|
解雇予告手当 | 支給 | 不支給 |
退職金※就業規則による | 一部又は満額支給 | 不支給 |
退職理由 | 自己都合 ただし会社都合になることもある。 | 自己都合 |
履歴書の賞罰欄 | 記載不要 | 罰として記載必要 |
このとおり、懲戒解雇だと履歴書の賞罰欄に記載しなければなりませんが諭旨解雇だと記載する必要はないなど、対象者に生じる不利益の程度が異なります。このような不利益の程度が異なるため、懲戒解雇よりは諭旨解雇の方が裁判所で有効だと認められ易いのです(それでもハードルは高いですが)。
懲戒解雇の有効性を争った裁判で、裁判官から「この事件、懲戒解雇ではなく諭旨解雇なら有効なんですけどね…。」とはっきりと言われたこともあるくらいです。
つまり、懲戒解雇なら無効でも諭旨解雇なら有効として会社側全面勝訴となる場合があるということです。
会社にとって懲戒解雇ではなく諭旨解雇とすることによる不利益は、1ヶ月分の解雇予告手当の支給と退職金支給です。退職金が出ないか出てもわずかなのであれば不利益に違いはありません。したがって、有効とされにくい懲戒解雇にこだわる実益はないということになります。
諭旨退職との違い
諭旨解雇ではなく諭旨退職という言葉もあります。これは諭旨解雇とはまったく異なります。「退職」ですので従業員が自主的に退職するので解雇にまつわる法的な争いが起きにくいです。
同じ「諭旨」を使っていますので、会社が処分の趣旨を諭し従業員が反省しているところまでは同じですが、それにより会社が懲戒解雇するところを自主的に退職したことにするのです。自主的に退職したのであれば、退職金は満額支給されることが確定しますし何よりも何ら罰を受けずに退職できますので従業員にとっても受け入れやすいです。
諭旨退職をした場合、従業員が退職届を提出して退職していますが、この場合「自主的に退職届を提出したか」が争われるときがあります。したがって、諭旨退職の手続きをする場合に無理やり退職届を突き付けてその場で書かせるということはせず、話をしたうえで日を改めて自分で退職届を作成させて提出させるようにしてください。
整理解雇
整理解雇という言葉は法律で定められてはいません。多くの裁判例の積み重ねで作り上げられた法律用語です。一言で言うと「使用者が経営不振などのために従業員数を削減する必要に迫られたという理由により一定数の労働者を余剰人員として解雇する場合」を整理解雇と言います。新聞で目にする言葉としては「リストラ」が近い言葉です。
整理解雇の有効性の判断基準(解雇権濫用)
整理解雇も解雇の一種ですので労働契約法16条の制約を受けます。つまり「解雇権を濫用していないこと」が整理解雇の有効要件なのですが、従業員に責任のある普通解雇・懲戒解雇とは異なるので次のように具体的な有効要件は特殊です。
- 人員削減の必要性
- 解雇回避努力
- 人員選定の合理性
- 手続きの相当性
多数の近年の裁判例を見ると、これらは一つ一つ独立した要件ではなく裁判所は相関する要素と見ているようです。
特に「人員削減の必要性」が軸となり、「人員削減の必要性」が高ければ他の3要素のハードルは下がり、低ければ他の3要素のハードルは上がります。極端な例ですと、明日にも倒産しそうな状況なら「人員削減の必要性」は非常に高いので解雇を回避する余裕はなく、人員を選定する余裕もなく、手続きも悠長にしていられません。
逆に「人員削減の必要性」が低ければ、それだけ解雇回避努力をすることが求められるなど他の3要素のハードルが上がります。
ということで整理解雇においては「人員削減の必要性」の要素が最も重要です。
この「人員削減の必要性」を主張立証するには最近の決算書、特に損益計算書と貸借対照表を使います。
整理解雇について、この下のリンク先で詳しく説明していますので是非お読みください。
雇止め
雇止めとは、契約社員・パート・アルバイトのような労働契約の期間が定められている従業員について、契約期間満了をもって契約を更新しないことを言います。労働契約は会社と従業員双方が合意して成立しますので本来であれば会社が契約を更新しなければそれで契約終了なのですが、労働者保護のため労働契約法19条により従業員が契約更新を望む場合に会社が更新を拒絶できる場合を制限しています。具体的には次の2つのケースが想定されています。
- 労働契約が反復更新されて実質的には期間の定めのない正社員と異ならないケース
- 労働契約が更新されることについて従業員が期待することが合理的であるケース
①では単に反復更新されているだけではなく更新手続きが形式的なものであることなどが必要です。つまり実質的に見て更新されることが当たり前という状況です。
②では、会社に更新を期待させる言動があったか、業務内容が正社員とほぼ異ならない者であること、他の契約社員等が正社員に昇格したかなどが必要です。これは更新手続きがきちんとされていたとしても、それ以外の点で正社員と同様の状況であったことです。
これら①又は②に当たると法的には解雇と同様に扱われますので、更新拒絶理由によって会社は普通解雇における解雇を正当化する事実、又は整理解雇における4要素を主張して雇止めの有効性を主張立証しなければなりません。
もっとも、正社員と比べると契約社員・パート・アルバイトを保護する必要性は低いので、正社員の解雇と比べると雇止めの有効性が認められる可能性は少し高くなります。
解雇と自主退職の違い
解雇とは、従業員の意思に拘わることなく会社が一方的に労働契約を解除することです。
自主退職とは、従業員が自主的に退職届を提出するなどして退職することです。
会社の立場からすると、後で法的に争われる解雇よりも自主退職させた方が良いと言えます。ただし、無理やり退職届を書かせるなどしても後で「自主退職の意思がなかった」と法的に判断される可能性がありますので、間違っても退職を強要しないようにしましょう。
(元)従業員の中には退職届を出さずに退職したことをいいことに、後になって「自分は解雇されました」などと主張する者もいます。解雇ではなく自主退職であることを証明するためには退職届を提出していることが重要ですが、もし退職届がなかったとしても争う余地は十分にあります。
普通解雇と懲戒解雇の違い
これから懲戒解雇をしようと考えている場合、できるだけ普通解雇をするようにしてください。なぜなら、懲戒解雇が無効とされても普通解雇なら有効とされる場合があるからです。
懲戒事由に当たる行為により普通解雇できるとした裁判例
大阪地裁平成30年9月20日判決は、「懲戒事由がある場合に必ず懲戒解雇としなければならないわけではなく、普通解雇とすることも可能であり、『懲戒事由がある場合に普通解雇もできる』旨の就業規則の規定がなくても同じである。」と示しました。
東京地裁平成31年1月17日判決は普通解雇を有効とした裁判例ですが、複数の懲戒解雇事由に当たる行為があったことを認定し、「勤務成績が著しく劣悪で、改善の見込みがないとき」という普通解雇事由に当たるとしており、懲戒事由に当たる行為により普通解雇ができることを前提としています。
東京地裁と大阪地裁という日本で一、二の大規模裁判所の労働専門部でこれらの判断がされていますので、しばらくはこの判断がスタンダードになるでしょう。
懲戒解雇としては無効でも普通解雇なら有効とした裁判例
東京地裁平成30年11月29日判決は、次のとおり示しました。
- 懲戒解雇の有効性を争う訴訟に入ってからも予備的に普通解雇を追加することはできる。
- 懲戒事由に当たる行為は普通解雇事由の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき」に当たる。
- 懲戒解雇としては無効であるが、普通解雇としては有効である。
ここでは同じ行為を捉えて、懲戒解雇⇒無効、普通解雇⇒有効としており、かなり重要な裁判例です。
私はこのサイトで場所を変えて繰り返し言っていますが、「懲戒解雇ができる事案でも普通解雇に留めるべき」です。この裁判例のとおり訴訟が始まってからでも予備的に普通解雇を追加できますので、遅くなっても是非普通解雇を追加してください。
では、なぜ有効性の判断が懲戒解雇と普通解雇とで分かれたのか。
裁判官は次のように述べています。
- 「…情報が外部に漏えいするに至った形跡はうかがうことができない」
- 「…重大な信用棄損や具体的・現実的な損害につながったとまでは認めることができない。」
- 懲戒解雇・諭旨解雇よりも軽い懲戒処分が下されておらずいきなりの懲戒解雇
以上のとおり具体的な損害を会社に生じさせたかという点と、いきなりの懲戒解雇は重すぎるという点が重視されて、懲戒解雇は無効とされました。
では普通解雇が有効とされた理由は何か。裁判官は次のように述べています。
- 「…このままだと原告がさらなる業務命令違反を引き起こす現実的なおそれがある。」
- 「…原告の業務命令違反に伴う業務上の支障を回避するために取り得る手段はなく、普通解雇という手段を選択することもやむを得なかった。」
つまり、懲戒解雇と普通解雇の有効性の判断の違いは次のとおりとなります。
解雇の種類 | 有効性の判断基準 |
---|---|
懲戒解雇 | 現実に会社に損害が生じてはじめて有効とされる。 |
普通解雇 | 現実に会社に損害が生じなくても、将来に会社に損害が生じる現実的な おそれがあれば有効とされる。 |
東京地裁令和2年2月19日判決も、懲戒解雇は無効、予備的な普通解雇は有効とした事案です。
この事案でも東京地裁平成30年11月29日判決と同様に、懲戒解雇については「障害の結果が発生せず、カッターの刃は他の従業員に向けられたものではなく自傷目的で、これまでに懲戒処分歴はなかったこと」と現実に会社に損害が生じていないことと懲戒処分歴がなかったことが有利な事情として無効とされました。しかし、普通解雇については、会社秩序を乱しており改善の余地もないことから有効とされました。
これら東京地裁の労働専門部による最近の2つの裁判例を見ると、改めて懲戒解雇については会社に具体的な損害が生じなければ初回の懲戒処分としての懲戒解雇が有効とされるのは難しいと言えます。
これに対し、普通解雇については具体的な損害が生じなくても損害が生じるおそれがあることで有効とされやすいと言えます。
普通解雇と懲戒解雇については次の記事も是非お読みください。
普通解雇と整理解雇の違い
普通解雇と整理解雇の大きな違いは、解雇することについて従業員に責任があるか、会社に責任があるかです。
どちらも解雇ですので一般論としては「やむを得ない場合」に解雇できるのですが、責任の所在が異なりますので、それにより有効性の要件が異なります。
つまり従業員に責任のある普通解雇では、「どれだけの責任が従業員にあったか」が問われます。
そして、会社に責任のある整理解雇では、「どれだけの経営不振で、従業員を解雇せざるを得ないほどの状況か」が問われます。
このように根本的に異なる処分ですので、あまり普通解雇と整理解雇の違いに困ることはないでしょう。