東京のタクシー会社「国際自動車」の運転手たちが、残業代が増えるほど、それに合わせて歩合給が引かれ、結局同じ額の給与となる仕組みは違法だとして会社を訴えた裁判で、最高裁判所は「労働基準法の趣旨に沿うとは言い難い」と判断し、運転手らの敗訴とした高裁の判決を取り消しました。
東京や神奈川を中心にタクシー事業を展開する「国際自動車」では、タクシー運転手の残業代が増えると、それに合わせて歩合給が減って結局、同じ額の給与となる仕組みの規則を導入していました。
運転手らは、こうした規則は労働基準法に違反するとして、残業代の支払いを求めました。
30日の判決で、最高裁判所第1小法廷の深山卓也裁判長は「労働基準法で時間外労働に割増賃金の支払いが義務づけられているのは、会社側に労働時間の規定を守らせる趣旨があると考えられる。タクシー会社の仕組みは労働基準法の趣旨に沿うとは言い難い」と指摘しました。
そのうえで、運転手らの敗訴とした高裁判決を取り消し、東京高裁で未払い賃金の額を審理するよう命じました。
運転手らの弁護士によりますと、国際自動車は裁判が始まってから規則を見直しましたが、ほかのタクシー会社や運送会社では、同じような規則を設けている会社があるということです。
元運転手「救われた思い」
NHK NEWS WEB 2020年3月30日20時10分より
東京 霞が関で開いた会見で、訴えを起こした元運転手の伊藤博さんは「タクシー会社は長年にわたって乗務員をだまし続けたとも言えるが、最高裁で訴えが認められ、多くの労働者が救われたような思いだ」と話しました。
また、運転手らの代理人を務める指宿昭一弁護士は「賃金の規則を形だけ整え、残業代を支払ったように見せかけるのを許せば、労働基準法は骨抜きになってしまう。今も同じような賃金規則を採っているタクシー会社や運送会社があり、判決が与える影響は大きいと思う」と話しています。
このような最高裁判決が出されました。
この判決では、「タクシー運転手の残業代が増えると、それに合わせて歩合給が減る仕組み」が労働基準法37条の趣旨に反して違法とされましたが、これについて違法ではないという地裁判決がありますので紹介します。
なお、同じ日に東京地裁で判決が3本出まして、そのうちの1本が最高裁まで行って3月30日に判決が出ました。
これから紹介するのは、それとは別の判決です。
地裁判決A ⇒ 控訴せず確定 ⇒ これから紹介する判決
地裁判決B ⇒ 控訴せず確定
地裁判決C ⇒ 控訴 ⇒ 上告 ⇒ 3月30日に最高裁でタクシー運転手側が逆転勝訴
地裁判決A、B、Cはいずれも同じ論理で会社側を勝たせました。
「原告らは,前記争点1に係る「争点に関する当事者の主張」欄ア記載のとおり,本件規定は,原告らが時間外労働等をいくら行ったとしても,揚高が同じである限りその賃金総額は全く同じになってしまうものである(本件仕組み。前提事実(2)エ)から,使用者に対して割増賃金の支払を義務付けることにより支払総額が増加するという負の誘因を与えることによって時間外労働等を抑制し,時間外労働等をした労働者に対する補償を行おうとする法37条の趣旨に照らし,実質的に見て法37条所定の割増賃金が支払われないのと同じ結果をもたらすもので,法37条の規制を潜脱するものということができ,同条に反し,又はその趣旨に反しひいては民法90条に違反する旨主張する。」
これはタクシー会社における労働紛争で、原告はタクシー運転手です。
通常、時間外労働をすると割増賃金が発生します。
この割増賃金というのは労働基準法37条において規定されているのですが、労働者にお金を払ってあげたい、という目的ではなく、長時間労働をさせないために会社の負担を増やす目的で割増賃金制度があります。
もっとも、この会社の賃金規程に従いますと、歩合給が増えると割増賃金が計算されない仕組みになっていました。
「そこで検討するに,法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは,使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁,最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁,最高裁平成29年(受)第842号同30年7月19日第一小法廷判決・裁判所時報1704号6頁参照)。
もっとも,法37条は,時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けるにすぎず,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしておらず,通常の労働時間をどのように定めるかについては原則として労働契約における当事者間の合意に委ねられているというべきである。このことに鑑みると,原告らが主張するように,法37条が使用者に対して割増賃金の支払を義務付けることにより「支払総額が増加するという負の誘因を与える」ことまで要請しているものとは解されないのであって,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に,時間外労働等をした場合に労働者に対して支払われる賃金総額が増加することがないからといって,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである(最高裁平成27年(受)第1998号同29年2月28日第三小法廷判決・裁判集民事255号1頁参照)。」
37条の割増賃金制度の趣旨と通常の労働時間の賃金の決め方は別個だとして、37条の趣旨が「会社の従業員に対する支払総額を増加させて長時間労働を抑制する」とまでは言えないとしました。
このように示して、歩合給が増えると割増賃金が計算されない仕組みが37条の趣旨に反するものではないとしたのです。
「これを本件についてみるに,前提事実(2)エ記載のとおり,被告らは,本件賃金規則において,売上高等の一定割合に相当する対象額Aから割増金相当額等を控除したものを歩合給(1)(法27条の「出来高払制その他の請負制」の賃金)として通常の労働時間の賃金とする旨定めている。また,本件仕組みが採られているため,揚高等が同じである限り,時間外労働等の有無および多寡にかかわらず,賃金の総支給額に変動が生じないこととはなるが,他方で,前提事実(2)エ記載のとおり,歩合給(1)は0円を下回ることはなく,他の賃金項目から不足分が控除されることもなく,割増金が減額されることもない。その他に本件規定が法37条の趣旨に反するとみるべき事情も見当たらないことからすれば,本件規定が当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であるとはいえない。」
揚高というのは売上高のことでタクシーのお客さんからもらう運賃のことです。
こうした仕組みでも、歩合給自体をマイナスにするとか、他の賃金項目からマイナスするとかしていないので、37条の趣旨に反するとまでは言えないとしています。
このようにこの仕組みが37条の趣旨に反するとして公序良俗違反となるルートは消えました。
「賃金は労働契約の要素であり当該労働契約当事者間の合意によって決められるべき事項であるから,具体の労働契約において賃金の仕組みをどのようなものとして設計し合意するかについては,法令による公法的規制や公序良俗等の一般条項に反しない限り,原則として私的自治ないし契約自由の原則が妥当する事項であり,労使自治に委ねられるべきである。そして,前記(1)で説示したとおり,法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしておらず,その他に通常の労働時間の賃金の定め方について規制する法令は見当たらず,また,本件で問題となっている歩合給(1)についても,通常の労働時間の賃金のうちの成果主義的報酬として法27条が労働時間に応じた一定額の賃金の保障を定めているほかは,これを規制する法令は見当たらない。以上からすれば,本件規定所定の賃金としての歩合給(1)の定め方についても,例外的にそれが公序良俗に反する不合理なものであると認められる場合を除き,原則として私的自治ないし契約自由の原則が妥当する事項であるということができる。
以上を本件において見るに,原告らは,被告らとの間で本件各労働契約を締結している上(前提事実(1)),本件規定は被告らの就業規則の一部である本件賃金規則に定められ(前提事実(2)),そこで定められた歩合給(1)の算出方法(同(2)エ)も本件各労働契約の内容となっている。そうすると,本件賃金規則において,通常の労働時間の賃金のうちの成果主義的報酬である歩合給(1)(同(2)エ)についても,その具体的内容をどのようなものとして設計し合意するかについては,公序良俗等の一般条項に反しない限り,私的自治ないし契約自由の原則が妥当するということができる。」
タクシー運転手らはこの仕組み自体が不合理だと主張していますが、裁判所は賃金の決め方は自由だとしています。
「以上の観点から歩合給(1)の算出方法を定める本件規定について見るに,原告らは,揚高が同じである限り時間外労働等の有無及び多寡にかかわらず割増金及び歩合給(1)を合計した金額が一定となるという本件仕組みを本件規定が採用していること自体を捉え,かかる本件規定の内容が合理性を欠く旨主張する。
しかしながら,まず,歩合給はそもそも成果主義的報酬であって成果(売上高)に基づく賃金であるから,本件規定が歩合給の具体的内容を定めるに当たり,その成果(売上高)が同じ場合に労働効率を評価に取り入れて,労働時間の長短や経費の多寡等によって歩合給の金額に差が生じるように定めることそれ自体は歩合給の本質と合致していないとはいえない。すなわち,歩合給(1)は,労働の成果に応じて金額が変動する出来高払制の賃金であるという性質を有する(前記ア)ところ,労働の成果が同じである場合に,労働効率性をその評価に取り入れて,その成果を獲得するまでに費やした労働時間の多寡によって歩合給の金額に差が生ずるように設定することが不合理であるとはいえない。この場合,成果が同じであれば,そのためにより長時間をかけた場合の方がそうでない場合に比べて賃金単価が低下することになるが,このようなことは労基則19条1項6号においても予定されているところであり,出来高払制の賃金の性質上,何ら否定されるべきものではない(労働時間に応じた賃金は法27条の労働時間に応じた「一定額の賃金」の限度で保障されているにすぎない。)。
また,本件規定では,対象額Aから割増金相当額等を控除することによって歩合給(1)を算出するとされているところ,対象額Aは揚高を基本としてそれに一定の係数を乗じるなどして加工した数値であってそこから割増金相当額等が控除されるものであり,控除する割増金相当額とともにいずれも,労働の成果が同じである場合に,労働効率性をその評価に取り入れて,その成果を獲得するまでに費やした労働時間の多寡によって歩合給の金額に差が生ずるように設定された,歩合給(1)を算出する過程で用いられる計算上の数値にすぎない。したがって,そもそも,本件賃金規則において対象額A全額が乗務員に対して支払われることが保障されるべきものとされているわけではなく,乗務員は,本件各労働契約における具体的な歩合給(1)としては対象額Aから割増金相当額等を控除するなどして算出された金額の受給権を有するにすぎない。
しかも,前提事実(2)エのとおり,揚高が低く,時間外労働等が長時間に及ぶなど割増金及び交通費が対象額Aを上回った場合には,対象額Aから割増金及び交通費を控除した金額が負(マイナス)の値になるものの,この場合に,歩合給(1)を0円と算定し,給与総額から更に控除することにはなっていない。加えて,乗務員に対しては別途,乗務日数等に応じて相当額の基本給等が支給されている(前提事実(2)ア,イ,(4))
以上からすれば,本件規定の内容それ自体が不合理であるということはできない。
この仕組みだと稼げば稼ぐほど歩合給が減っていきます。
なぜなら対象額Aというのが計算され、そこから法定の割増賃金が控除されます。
そして残った額が歩合給とされます。
ただ、場高によっては法定の割増賃金が対象額Aを上回ることがあり、その場合には歩合給ゼロとして計算され、何か名目を付けて支払総額からその差額を控除することはありません。
「また,本件賃金規則からなる賃金制度が創設された経緯を見ると,□□グループに所属する乗務員の約90パーセント以上で構成される◇◇労組が,各支部,中央執行部及び中央委員会において,様々な賃金制度の在り方を検討した上で,最終的に本件賃金規則による賃金の定めが最も乗務員に有利であると判断して,同委員会において全員一致で同規則の採用に賛成する旨採決し,他方で,被告らは,◇◇労組との間で,30回を超える労使協議を経て,固定給中心の賃金制度を本件規定と同様の歩合給の算定方式を定めた賃金制度に改定したこと(甲総30〔1,2,6ないし8頁〕,31〔1頁,別紙1〕及び弁論の全趣旨)からすれば,原告らが同改定時に□□グループに所属しておらず労使協議の機会がなかったこと(甲総38〔3頁〕)を考慮したとしても,本件賃金規則について,大多数の乗務員及びそれらの乗務員が所属する多数派労働組合の意向が反映されていること自体は否定することができないところであり,その意味で一定の合理性を認めることができる。
なお,原告らは,平成22年4月頃,被告らが本件賃金規則の改定に関して他の労働組合である××労働組合との労使協議に応じなかったこと(甲総21,38〔3頁〕)を指摘して,本件賃金規則を強制的に押し付けられた旨主張する。しかし,同月当時,すでに本件規定は存在していた(甲総26〔9頁〕)上,同労組は,安全手当の廃止等について争っていたものの(甲総21,26〔9頁〕,乙総8),本件規定自体について争っていたと認めるに足りる証拠はない。」
労働組合もこの仕組みに賛成していたということで、その点でもこの仕組みの合理性を認定しています。
まとめ
賃金の決め方自体が労使自治の範囲としてよほど酷いものでなければ有効という前提の判決です。
細かい計算で出される対象額Aというのがあり、そこから法定の割増賃金が控除されます。
計算方法としては逆なのでは、と思いますが、結果として法定の割増賃金が支払われてさえいればそれはそれで良いです。
控除後の金額が歩合給の額とされますが、これもマイナスになる場合にはマイナスとせずにゼロとするので労使自治の範囲だとされました。
最高裁ではこの仕組みは労働基準法37条の趣旨に反して無効だとされました。
したがって、ここの地裁判決の論理はもはや使えませんが、私は会社側に立って代理をすることがほとんどであり、こうして一見おかしそうな仕組みであっても合理的であるという主張をするためには参考になります。
別の論点でも同じように粘って会社側に有利な判断を導きたいと思います。
弁護士 芦原修一