さて、「緊急事態宣言はどういうときに出されるのか」では緊急事態宣言が出されるときの法律要件について説明しました。
現状を見ていますと緊急事態宣言が出される可能性は高くなっていると思います。
そうすると次に気になるのは「緊急事態措置と我々一般市民の関係」はどのようなものなのか、という点です。
もちろんコロナウイルスの感染拡大を防ぐことが我々の生命・身体を守り引いては生活を守ることになるのですが、国が何かを制限するからこそそれらが可能となります。
では、新型インフルエンザ特措法(以下、単に「法」といいます)を見ていきましょう。
法1条では、法の目的は「国民の生命及び健康の保護と、国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすること」とされています。
当たり前と言えば当たり前のことですが大切なことです。
この目的に沿って緊急事態宣言が出されて必要な措置が採られることになります。
緊急事態宣言が出される区域
二 新型インフルエンザ等緊急事態措置(第四十六条の規定による措置を除く。)を実施すべき区域
新型インフルエンザ等対策特別措置法
法32条では緊急事態宣言を出すときに「緊急事態措置を実施する区域」を公示しなければならないとされています。
そうすると、緊急事態宣言というのは全国統一でしなければならないものではなく特定の地域を指定して出されることもあるということです。
例えば、東京都のみを対象として実施するということがあり得ますし、東京23区のみを対象とすることもあり得ます。
緊急事態措置とは何か
三 新型インフルエンザ等緊急事態措置 第三十二条第一項の規定により同項に規定する新型インフルエンザ等緊急事態宣言がされた時から同条第五項の規定により同項に規定する新型インフルエンザ等緊急事態解除宣言がされるまでの間において、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにするため、国、地方公共団体並びに指定公共機関及び指定地方公共機関がこの法律の規定により実施する措置をいう。
新型インフルエンザ特措法
法2条に緊急事態措置の定義が書かれています。
「この法律の規定により実施する措置」とされていますので、法に書かれていない措置は実施できないということです。
法1条に目的が書かれていましたが、その目的達成のためなら何でもできるということではない、ということなのです。
関係する行政機関はどこか
すべての行政機関です。
例外は宮内庁くらいではないでしょうか。
また、日銀、空港会社、鉄道会社、通信会社なども関係機関とされています。
応援要請はあらゆる行政機関に
(職員の派遣の要請)
新型インフルエンザ特措法
第四十二条 特定都道府県知事等又は特定市町村長等は、新型インフルエンザ等緊急事態措置の実施のため必要があるときは、政令で定めるところにより、指定行政機関の長若しくは指定地方行政機関の長又は特定指定公共機関(指定公共機関である行政執行法人(独立行政法人通則法第二条第四項に規定する行政執行法人をいう。)をいう。以下この項及び次条において同じ。)に対し、当該指定行政機関若しくは指定地方行政機関又は特定指定公共機関の職員の派遣を要請することができる。
2 略
3 特定市町村長等が第一項の規定による職員の派遣を要請するときは、特定都道府県知事等を経由してするものとする。ただし、人命の保護のために特に緊急を要する場合については、この限りでない。
例えば東京都に緊急事態宣言が出されたときは、都知事はあらゆる機関に対して職員の派遣を要請できます。
指定行政機関には、警察庁と防衛省が入っていますので(法施行令1条3号、30号)、他の都道府県の警察官や自衛隊員の派遣を要請できるということです。
特に、人命の保護のために特に緊急を要する場合には都道府県知事を飛ばしてダイレクトに職員の派遣を要請しても良いとされています。
コロナウイルスのまん延自体でこうした要請がなされることは考えにくいですが、食糧不足で少しだけある商品を争って小競り合いが起こったりした場合に警察官が鎮圧しなければならない状況が生じるかもしれません。
何が制限されるか
外出禁止「協力要請」
(感染を防止するための協力要請等)
新型インフルエンザ特措法
第四十五条 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、当該特定都道府県の住民に対し、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる。
まずは知事からの協力要請です。
既に都知事は会見で外出を控えるよう呼び掛けていますが、あれは知事としての個人的な要請です。
したがって現状では警察官や自衛隊員には法的根拠がないので、警察官らが「ここは歩かないでください」のようにお願いすらできません。
もちろん暴行などが発生すればそれは別個の事件として警察官が対応しますが、外を歩くことは犯罪ではないので現状ですと何もできないのです。
それとは異なり緊急事態措置の一つとしてのこの協力要請は法に基づくものなので、知事の下に付いた警察官や自衛隊員はあくまでも任意ですが「外に出ないでください」など呼びかけることができます。
もしかすると、人通りが多いとされるエリアに警察官が派遣されてスピーカーで呼び掛けるシーンがテレビで見られて物議をかもすかも知れません。
DJポリスはこういうときに反発を受けないように呼び掛けをする存在として貴重ですね。
警視庁(東京都の警察本部)には威圧的でなく任意での行動を促すノウハウが蓄積されているでしょう。
それはともかく、このような警察官に呼び掛けられる状態になれば、強制でないにせよ外出することが事実上し辛くなります。
今でも「自粛要請」に応じない人や店舗に対して責めるような論調が見られますので、この「協力要請」に応じなければもっと責められるようになり、そのことも問題になりそうです。
いっそのこと強制力をもった外出禁止令を出してくれた方が分かりやすいですよね(この法では不可能ですが)。
多数者が利用する施設への「協力要請」「指示」「公表」
第四十五条 2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
新型インフルエンザ特措法
都道府県知事は、学校、社会福祉施設、興行場など多数の者が利用する施設について、最終的には運営停止までも求めることができます。
ここの社会福祉施設とは、保育所や介護老人保健施設のことです。
興行場とは、映画、演劇、音楽、スポーツ、演芸又は観せ物を、公衆に見せ、又は聞かせる施設ということなので、映画館、劇場、野球場その他スタジアム、演芸場などが興行場に当たります。
また、多数の者が利用する施設は、百貨店、スーパー、ホテル、旅館、体育館、水泳場、ボーリング場など、キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホールなど、理髪店、質屋、貸衣装屋、自動車教習所、学習塾など、です。
ラウンドワンもこれに入るでしょうし、キャバクラ、クラブも入ります。
風俗店も入るのでしょうね。
要請に従わなければ…
さらに、この2項では「要請」ですが、次の3項では「要請に応じない者に対しては『指示』することができる」とあります。
「指示」というといかにも強そうですが要請と同じく強制力がありませんので、指示に従うべき義務もありません。
しかし、次の4項では「要請又は指示をした場合は直ぐに公表しなければならない」とされています。
これは建前上は知事が隠れてどこかの施設を狙い撃ちすることを制約するために手続きをガラス張りにするというものです。
しかし、「要請したこと」を公表すると「対象施設がいま営業していること」が明らかになるだけですが、「指示したこと」を公表すると「営業停止の要請に従わなかったこと」が明らかになってしまいます。
これは事実上の強制ですね。
それに要請にも指示にも従わない施設があったとしても、その施設で何か開催しようという団体はなかなかないでしょう。
予防接種
(住民に対する予防接種)
新型インフルエンザ特措法
第四十六条 政府対策本部は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等が国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与え、国民生活及び国民経済の安定が損なわれることのないようにするため緊急の必要があると認めるときは、基本的対処方針を変更し、第十八条第二項第三号に掲げる重要事項として、予防接種法第六条第一項の規定による予防接種の対象者及び期間を定めるものとする。
これはワクチンができたら、ということでしょうが、新型コロナウイルスの予防接種を義務付けることが可能になります。
予防接種法6条1項は、都道府県知事が臨時に予防接種を行なうか、市町村にさせる、としています。
既存の疾病については同法施行令や施行規則に対象年齢が書かれていますが新型コロナウイルスについては書かれておらず、誰が対象者になるのかは現在の医学的見地で決定されることになると思います。
反ワクチンの人も一定数居るのでその人たちは拒否するのでしょうが、それはそれできちんと予防接種をした人たちから反発を受けそうです。
土地の使用
(土地等の使用)
新型インフルエンザ特措法
第四十九条 特定都道府県知事は、当該特定都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等緊急事態措置の実施に当たり、臨時の医療施設を開設するため、土地、家屋又は物資(以下この条及び第七十二条第一項において「土地等」という。)を使用する必要があると認めるときは、当該土地等の所有者及び占有者の同意を得て、当該土地等を使用することができる。
2 前項の場合において土地等の所有者若しくは占有者が正当な理由がないのに同意をしないとき、又は土地等の所有者若しくは占有者の所在が不明であるため同項の同意を求めることができないときは、特定都道府県知事は、臨時の医療施設を開設するため特に必要があると認めるときに限り、同項の規定にかかわらず、同意を得ないで、当該土地等を使用することができる。
臨時の医療施設を開設するために必要な場合には、最終的には所有者の同意がなくても土地を使用できるという規定です。
土地の所有権というのは絶対的な権利であり、その土地を所有者の同意なく使用できるという規定はなかなか強権的です。
緊急事態措置の中でもこれに踏み込むかどうかが状況の分かれ目と評価されるでしょう。
もっとも、次に説明するとおり、この土地の使用については国から所有者へ損失補償がされます。
損失補償
(損失補償等)
新型インフルエンザ特措法
第六十二条 国及び都道府県は、第二十九条第五項、第四十九条又は第五十五条第二項、第三項若しくは第四項(同条第一項に係る部分を除く。)の規定による処分が行われたときは、それぞれ、当該処分により通常生ずべき損失を補償しなければならない。
巷では「営業停止と補償をセットにしろ」などの意見が聞かれます。
確かに合理的な主張ではありますが、残念ながら法では営業停止とセットの損失補償規定はありません。
一般市民に関わる損失補償の対象者は、法49条により土地を使用された土地の所有者だけです。
法45条で営業停止を要請・指示されて営業を停止した施設の所有者に対しては補償はありません。
心情的には、事実上の営業停止を命じられる施設について補償をして欲しいと思いますが、少なくともこの法によっては補償されないことが確定しています。
法により東京の都市封鎖は可能か
結論から言いますと可能です。
ただし、相当な政治的決断が必要なので、果たしてそこまで踏み切るかは今のところ疑問です。
と言うのも直接的な規定は法12条2項にしかないからです。
第十二条 2 都道府県公安委員会は、前項の訓練の効果的な実施を図るため特に必要があると認めるときは、政令で定めるところにより、当該訓練の実施に必要な限度で、区域又は道路の区間を指定して、歩行者又は車両の道路における通行を禁止し、又は制限することができる。
新型インフルエンザ特措法
あくまでもこれは「訓練」ですので、訓練目的で都市封鎖を実施することは相当切迫した状況でなければできません。
道路の封鎖はインパクトがありますしね。
後で「あれは訓練ではなかったでしょ!」と野党などに追及されると説明に苦しむことが目に見えているので、おそらくこの条文を適用しての道路封鎖はしないと思います。
あとは他県と接するところの道路において検問を実施することがあり得ます。
検問なので通れますが一台一台に質問しているといつまでたっても通れないのでそのことを知ったら本当に必要でない限りは東京都に入ってこようとは思わないでしょう。
なお、飛行機の国内線、新幹線、JR、私鉄、地下鉄、バスについてはそれぞれの会社が法における関係機関とされていますので、それぞれに要請することで運航停止、運転停止を実現できます。
道路封鎖までやらなくてもこれだけでほぼ都市封鎖の目的を達成できそうです。
八王子は封鎖されるのか…
さて東京封鎖と言いますが、23区だけなのでしょうか、八王子市など多摩地区も含まれるのでしょうか。
感染拡大防止という観点からすると八王子市、立川市、武蔵野市あたりまでは入れるべきだと思います。
檜原村はどうでしょうか。
感染拡大の危険という観点からするとこの東京都唯一の村を閉鎖する必要はなさそうです。
おわりに
このとおり、緊急事態宣言が出たときに我々一般市民に関係するところを説明しました。
緊急事態措置には土地の使用以外は一見、強制力はなさそうですが、状況が切迫してくると警察官や自衛隊員に指示をして事実上の強制力を持たせる可能性があります。
そういった事態は望ましいものとは言えませんが、コロナウイルスの感染拡大を収束させるために必要最小限度の措置であればやむを得ないのかなとも思っています。
なお、コロナウイルスに感染したときには感染症予防法により感染者の権利が制限されます。
この点については、「感染症予防法と一般市民との関係 – 就業制限など」で詳しく説明しています。
弁護士 芦原修一