懲戒処分(解雇)が無効とされた裁判例

机を叩く+叱責 – 懲戒解雇無効(群馬大学事件)
原告がA講師に対し,
前橋地裁平成29年10月4日判決
①2月15日頃,科研費を当ててくれないと困る,実験のペースを上げて科研費を当ててくれと述べたこと
②同月28日頃,免疫染色と一緒に他の仕事ができるだろうと述べてA講師が原告に提示した実験データの数が少ないことを指摘したこと
③4月頃,A講師はポストを埋めている,A講師のポストが空いて独立准教授がきたら1500万円入る,A講師は科研がとれていないのだからその分働いてもらう,A講師は最近の業績が少ないし科研もとれていないとの趣旨の発言をしたこと
④同月26日頃,前日の帰宅時間を確認した上,前日の朝の打ち合わせは10時半まであったので,その時間を差し引くと実質8時間も働いていないと述べたことが認められる。
…原告の上記発言等は,A講師の仕事が遅いこと及び業績がない事実を繰り返し指摘して叱責するだけのものであり,原告が,A講師をして業績を上げられるように,相談に乗ったり,アドバイスをしたような事情はうかがわれない。証拠によれば,原告の上記発言等は机を叩くなどの行動を伴っていたことが認められ,その発言内容及び態様に鑑みれば,原告の上記発言等は,A講師に対する指導,注意の適正な範囲を超えた侮辱,暴言等というべきであり,パワーハラスメントに当たる。
これは大学における講師に対する大学教授のパワハラが認定された裁判例です。
「お前はダメだ」と繰り返すだけでは注意指導とは言えないということです。
直感的には「これくらいでパワハラ?」と感じますが、そういう考えはマズイということですね。
こうしてA講師へのパワハラが認定されました。
原告は,B助教に対し,
前橋地裁平成29年10月4日判決
①平成25年4月24日午後9時頃,実験の失敗を理由に,研究者失格である,研究者としては大学院生以下であるなどと述べたり,説教したりするなどして,翌25日の午前1時頃まで叱責したこと,
②同月25日,「基礎棟1階の掲示板にポスドク,大学院生向けの就職説明会の掲示があったから一度受けてみたらどうだ」などと述べて転職活動を勧めたこと,
③同年5月10日頃,実験の失敗を理由に約2時間から3時間にわたって叱責したことが認められ,また,
④同月9日午後5時頃,真実は原告が参照していた遺伝子配列のファイルが間違っていただけであったにもかかわらず,K1助教が確認した遺伝子配列と目的の遺伝子配列のホモロジーが一致しなかったとして,「あんた,実験やったことあんのか。」,「ようそんなんでやってきたな。」,「今すぐ目の前でもう一度配列の確認作業をしろ。」などと発言して叱責したことについて争いはない。
B助教に対する原告の叱責は、短期間に、連日にわたって行われており、その時間も相当程度長時間に及ぶものであり、原告の叱責は廊下を隔てた別の部屋にまで聞こえるくらい大声のときもあった。
また、原告は「研究者失格である」「研究者としては大学院生以下である」などと強く非難したり転職活動を勧めたりする一方で、原告がB助教が実験を失敗した原因を掘り下げて究明し、失敗しないようにするためにはどうすればよいかを指導したような様子は全くうかがわれない。
そうすると、原告の上記言動は、その発言内容及び態様からみて、B助教に対する指導の手段として著しく相当性を欠くものであり、業務上の必要性を超えて精神的苦痛を加えたものといわざるを得ず、パワーハラスメントに当たる。
A講師に対する言葉よりこのB助教に対する言葉の方がきついです。
単なる指摘をしただけではなく、研究者としては大学院生以下であると述べて人格否定をしています。
大声を上げてということで威圧的でもありますね。
こうしてB助教に対するパワハラが認定されました。
原告の懲戒事由に該当するハラスメントの内容及び回数は限定的である。その上,原告のパワーハラスメントはいずれも業務の適正な範囲を超えるものであるものの業務上の必要性を全く欠くものとはいい難いし…原告のハラスメント等の悪質性が高いとはいい難い。
前橋地裁平成29年10月4日判決
教職員に対する懲戒処分として最も重い処分であり,即時に労働者としての地位を失い,大きな経済的及び社会的損失を伴う懲戒解雇とすることは,上記懲戒事由との関係では均衡を欠き,社会通念上相当性を欠く。
しかし、このように原告の教授に対する懲戒解雇は無効であるとされました。
パワハラは認定されたのですが懲戒解雇は処罰・懲罰としては重過ぎるという判断です。
A講師に対する侮辱や暴言ですが、指摘自体は間違っておらず少しでも改善方法を示し机を叩くなどしていなければ適正な注意指導の範囲に収まったと言えます。
B助教に対する言動も、指摘自体は間違っておらずこれも改善方法を示して穏やかにさえ話していれば適正な注意指導の範囲に収まったと言えます。
これらの点を踏まえてパワーハラスメントとしての悪質性が低いと評価されました。
悪質性が低いパワハラなので懲戒処分のなかでも極刑と言える懲戒解雇は重過ぎるとされたのです。
ポイント計算
侮辱的な人格否定 ★★
被害者が2人 ★
長時間 ★
大声 ★
業務上の必要性 ☆
合計 ★4
戒告処分から減給処分を検討すべき。
したがって、懲戒解雇は重過ぎるとしたこの裁判例は妥当です。
「殺す」「臭い」などの発言と平手打ち1回 – 懲戒解雇無効
債権者は,Aに対して,指示に従わないとして「殺す」と述べたことがあった上,Aの勤務態度に問題があるなどと考えて,平手で顔面を1回殴ったもので,それ自体が犯罪行為に該当するものと認められる。
大阪地裁平成29年12月25日決定
また債権者が若手従業員に対し,「臭い」「ゴミ箱の前で食え」などの発言を述べた事実が一応認められる。これらは同従業員に対するハラスメント行為として服務規律違反に該当するものと認められる。
そして,これらの問題行動に鑑みれば,債権者の若手従業員への対応方法には問題があるものといわざるを得ない。
平手打ちは刑法の暴行罪に当たる犯罪行為です。
「殺す」「臭い」は注意指導が行き過ぎた程度に留まらず、単なる攻撃的暴言です。
もっとも,
大阪地裁平成29年12月25日決定
①債権者が上記の発言を繰り返していた事実を認めるに足りる十分な疎明はないこと,
②債権者がAにいじめ行為をしていたとは認められず,本件傷害行為がいじめ行為の一環としてなされたものとはいえないこと,
③本件傷害行為は平手で顔面を1回たたいたというもので,その行為態様の悪質性及び危険性は比較的小さく,傷害結果も比較的軽微なものであったといわざるを得ないこと,
④債権者は本件傷害行為の事実を認めてAに謝罪していること,
⑤債権者がこれまでに部下に対して暴力的行為に及んだ事実はうかがえないこと,
⑥債権者が本件懲戒解雇以前に債務者から懲戒処分を受けたことはなかったこと,
⑦債権者がこれまでに若手従業員に対する対応方法についての指導を受けた事実を認めるに足りる十分な疎明はないこと
の各事情に鑑みれば,債権者について,「就業に不適当」(就業規則62条6号),服務規律違反の「程度が極めて重いとき」(同条14号)又は「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為を行ったとき」(同条19号)に該当するとみるのは疑問がある上,仮に上記懲戒解雇事由に該当するとしても,上記各事情に鑑みれば,本件懲戒解雇は,重きに失しており,客観的に合理的な理由がなく,社会通念上の相当性を欠くというべきである。
この裁判例でも懲戒解雇は重過ぎるとして無効とされました。
ポイントは複数挙げられています。
「殺す」などの発言は繰り返されてはいなかったこと。1回限りと執拗に長期間に渡り何度も発言していたのとではこのように評価が変わります。
いじめではなかったと言うのもこの裏返しで1回限りの行為ではいじめとは評価されません。
顔面の平手打ち1回は暴行の中でも悪質性・危険性が低いこと。グーで殴るとか物で殴るとかよりは確かに軽いです。
謝罪の有無も考慮要素とされています。
こうした暴言・暴行をしたことがなかったこと、懲戒処分歴がなかったこと、これまで若手従業員に対する対応方法についての指導を受けたことがなかったこと(改善の機会を与えられていなかった)、などは懲戒処分の有効性が争われるときの定番の考慮要素ですね。
1回限りのパワハラというのはそれが重大な結果を生じさせない限りは、懲戒処分を無効に導きやすいと言えます。
ポイント計算
明確な犯罪行為 ★★★★(軽いと評価されたので下限の★4)
被害者が2人 ★
真摯に謝罪した ☆
懲戒処分歴がないこと ☆
合計 ★3
戒告処分またはけん責処分を検討すべき。
したがって、懲戒解雇は重過ぎるとしたこの裁判例は妥当です。

ここまでお読みになられても解決の道が見えず、懲戒処分その他を含めたパワハラ加害者への対応についてお悩みであれば是非ご相談ください。お話を伺ったうえで今できることをすべてお話しいたします。
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