11の解雇理由に基づく反論方法
(元)従業員「不当解雇だ!」
会社「解雇は正当である!」
解雇について争われるとき、このようにぶつかり合うわけですが、争点は「解雇理由は解雇を正当化するか」です。解雇理由が正当であれば有効とされ、不当であれば無効とされます。そこで、争点となることが多い11の解雇理由に応じて、それぞれ反論方法を解説します。ここで解説している内容は貴社にとって有利なものも不利なものもありますが、反論としては有利なものを拾って活用してください。

この記事の分量は多いですが、具体的な事案に当てはまる部分は1つか2つに限られています。当てはまる解雇理由を見つけてその部分だけを読めば十分です。
病気・怪我により労務提供がまったくできない 普通解雇

これが争われることは少ないです。労働契約は、従業員の労務提供に対して会社が賃金を支払う契約ですので、従業員が労務提供義務をまったく履行できない場合には従業員が自主的に退職してその後も争うことがほぼないからです。
病気や怪我というのは会社に対して害を与えることについて故意又は過失がないので、懲戒解雇とされることはなく、普通解雇がされます。
この場合の普通解雇の有効性が争われるときの争点は次のようなものがあります。
- 休職からの復職が可能か
- 職種が限定されていてその限定された職種での労務提供ができないが、他の職種なら労務提供ができる場合に解雇可能か
「休職からの復職が可能か」については争われることが比較的多いです。病気・怪我があれば解雇や退職の前に一時的に休職することが一般的です。そこで休職からの復職が可能かが問われることがあるのです。
会社が「まだ労務提供がまったくできないから休職期間延長」又は「休職期間満了による退職」と判断しても従業員は「いや、回復したのだからこれだけは働ける」という認識でズレがある場合に普通解雇すれば争いになり得ます。この場合には、医師の診断書などの客観的な資料により労務提供義務の履行可能性について判断されます。
したがって、会社としては会社内部だけで判断するのではなく、従業員に対して診断書の提出を求めるか自社の指定する病院にて診断を受けさせるかして客観的な資料を揃えたうえで普通解雇をしてください。
「職種が限定されていてその限定された職種では労務提供ができないが、他の職種なら労務提供ができる場合に解雇可能か」については、例えばタクシー運転手としては運転できなくなったが事務職としてはデスクワークをこなせられるか、という場合が考えられます。
東京地裁平成20年9月30日判決は、「当該職種に就けなくなったとき,使用者が解雇等により契約を打ち切ることができるかについては、高度の専門性を有する者として労働契約を締結した場合にはその専門性が重要な要素として合意しており、また配置転換も不可能であるから肯定できる。一方、専門性を有しない者については配置転換も可能なので否定できる。」としています。タクシー運転手について同判決は、後者の専門性を有せず配置転換も可能なので解雇することはできないと示しました。
労働契約の入り口から見て専門性の有無により解雇可能かを判断しているか、出口から見て配置転換可能かどうかで判断しているかまでは不明ですが、いずれにせよ「高度の専門性」と「配置転換可能性」の二点でもって判断されることとなるでしょう。
したがって、反論する場合にはこれら二点を中心に反論してください。
能力不足・成績不良 普通解雇

前項は病気・怪我という理由で労務提供ができない場合ですが、本項の「能力不足・成績不良」はそうした理由はなくシンプルに「働きが悪い」という場合です。
この場合の有効要件は次のとおりです。
- 事前に注意指導をして反省・改善の機会を与えること
- 客観的な基準により能力不足・成績不良を判断すること
「働きが悪い」というのにも色々ありますが、従業員本人に悪意がない場合がほとんどですのでこれを懲戒解雇とすることはほぼなく、また懲戒事由として定められていないことも多いので、普通解雇とするのが一般的です。
注意指導をして反省・改善の機会を与えること
この場合は、従業員が故意か過失で会社に損害を与えようとしているわけではないので、会社に事前の注意指導の義務が生じます。
つまり、能力不足・成績不良での普通解雇の有効要件は、単に能力不足・成績不良を主張立証するだけではなく、普通解雇の前に注意指導をしていて反省・改善の機会を与えていたことも併せて主張立証する必要があるのが一般的です。
新卒・中途採用、ある分野の充実を目的とした即戦力か、高給か、などはこの「能力不足・成績不良」での普通解雇の有効性の判断を左右します。
これらの要素に注目して普通解雇の有効性を判断する場合、「採用時に会社が期待した能力」を明らかにしたうえで、その能力に達していないと判断することとなります。
新卒であればある程度の教育と経験での成長を前提としているのに対して、中途採用は既にある程度は教育済みであることが前提です。即戦力なら戦力に満たなかったらその従業員は採用時の約束を守らなかったことになります。
高い給与を得ていたならそれだけ会社に寄与するべきラインは上がり、そのラインを下回ることが明らかであれば「能力不足・成績不良」と判断されやすくなります。高い給与を得るならば高い水準の能力自体が労働契約の重要な要素となる、ということです。
中途採用、即戦力、高給という要素は、普通解雇時における会社による注意指導の必要性も下げます。採用時の約束で注意指導の必要がない人材だからこそ採用し、高給を与えたことになるので、注意指導がなかったとしても普通解雇が認められやすくはなります。
外資系会社でよく見られるPIP(Performance Improvement Program)という業績改善プログラムがありますが、そうしたプログラムを用意しておき成績不良者にそれを課すことで注意指導をし反省・改善の機会を与えたと認定された裁判例も多数あります。
ただし、形だけプログラムを与えて普通解雇ありきでの指導だと認定されると普通解雇の有効性が認められにくいです(そういう裁判例もあります)。
客観的な基準により能力不足・成績不良を判断すること
顧客を失った、業務が停滞したなどは会社にとって損害となることも多いのですが、そうした結果が生じたとしてもそれだけでは会社にとって有効な主張とはなりにくいです。もちろん無視できないほどの損害が生じてそれが従業員の故意又は過失によるものであれば主張立証として成り立ちます。
この場合、会社として能力・成績を判定する客観的基準を主張立証することが良いと思います。具体的な基準がなければ後付けでも仕方がないので他の従業員との相対比較でも構いません。
主に外資系会社で使われるPBC(Personal Business Commitments)という業績評価制度などが客観的基準の一例です。ただし、評価者の主観ができるだけ入らないと見られる基準にしておかなければ裁判所にあっさり否定されることがあるのでご注意ください。
配転命令違反 – 業務命令違反 懲戒解雇

配転命令違反は業務命令違反の一種で懲戒解雇が基本だと思われがちですが、諭旨解雇、普通解雇にされることも多いです。
裁判所は解雇には厳しい態度を見せますが、配転命令には会社の広い裁量を認めます。したがって、状況次第ではありますが配転命令違反を理由とする普通解雇は有効だと比較的認められ易いです。
配転命令違反を理由とした懲戒解雇の有効要件は次のとおりです。
- その従業員に対して会社に配転(転勤)の権限があること
- 業務上の必要性があること
- 不当な動機・目的がないこと
- 従業員にとって通常受け入れるべき程度を著しく超える不利益ではないこと
1⃣について、通常は会社に配転の権限があるのですが、職種限定又は勤務地限定の労働契約である場合には会社に配転の権限がありません。
2⃣について、業務上の必要性は裁判所には判断し辛い点ですので会社に広い裁量が認められています。したがって、原則として必要性が認められます。
ただし、必要性が広い範囲で認められるということは、認定される必要性も広く、高い必要性から低い必要性まで認定されます。
こうした必要性の高さ、低さは以下の3⃣の認定と関連します。
3⃣について、配転が会社経営の一環としてではなく退職させたいなどの嫌がらせ目的でないことが求められます。
2⃣の必要性も「~支社の営業強化のために必要」のように配転の目的と言えますが、必要性と不当な動機・目的がある場合にはどちらが決定的なものかを判断し、2⃣の必要性が優れば3⃣の「不当な動機・目的がないこと」が認められ、その逆であれば3⃣は否定されます。
このように2⃣と3⃣は独立別個の要件ではなく、会社が配転した目的はどちらか比較されて認定されることとなります。
4⃣について、家族との別居・単身赴任、親の介護ができなくなる、持病、遠方への転勤、まったく初めての職種、などは従業員にとって大きな不利益だとされやすいです。また、4⃣は単独で見られるものでもなく、2⃣の必要性の程度が高ければ従業員が受け入れるべき程度の不利益も大きなものと見られます。
日常的な業務命令違反 – 勤務態度不良 懲戒解雇

前項の配転命令違反は業務命令違反ではあるものの常に反抗的な態度だったとか勤務態度が悪かったということは比較的少ないのですが、日常的な業務命令違反となると一つ一つが細かくそもそも従業員としてその態度はどうなのか、ということが多いです。要は不良社員、問題社員の解雇の問題です。
日常的な業務命令違反による懲戒解雇の有効要件は次のとおりです。
- 業務命令が不合理・不当ではないこと
- 業務命令に服さないことが会社にとって重大であること
- 解雇回避の手段がないこと
1⃣について、業務命令自体が不合理・不当でないことも求められますが、それに加えて従業員にとって業務命令に従うことの不利益が大きくないことも必要です。また、業務命令が口頭でなされれば言った言わないの世界になりますので、可能な限り証拠が残る形で業務命令を出すべきです。例えば、紙の書面でなくてもメールやLINEでも構いません。
2⃣について、業務命令に服さないことにより取引先に損害が生じるなど具体的な損害が生じるかそのおそれがあることが求められます。
3⃣について、注意・指導で改善可能か、部署異動で状況が改善されるか、などが見られます。もっとも、会社規模によってはその従業員の存在そのものが危険となる場合がありますし、既に起こった損害が重大か重大な損害が生じるおそれがある場合には、この3⃣の要件は求められません。
有効とされた裁判例
従業員が業務に関連するメール送信につき、初めのうちはCCに部長のメールアドレスを入れて部長が閲覧できるようにしていたが、次第にこれを入れなくなり、社長から再三にわたり部長をCCに入れるよう指示されたにも拘わらずこれを入れなかった事案で、普通解雇が有効とされました(東京地裁平成29年7月18日判決)。
1⃣の要件について裁判所は、CCに部長のメールアドレスを入れて部長が早期かつ全般的に業務を把握することは合理的であり、従業員に大きな負担を掛けるものでもないとして認めました。
次に2⃣の要件について、CCに部長が入っていなかったことにより、部長が既に対応済み業務を二重に行うこととなったり、会社として対処するべき問題につき営業部門とマーケティング部門を統括する立場にあった部長の耳に入るのが遅れたりするなど、その業務遂行に不利益が生じたとして、認めました。
最後に3⃣の要件について、社長が再三注意をしたのにそれに従わず最後まで従わない姿勢を見せており33歳という分別のある年齢からすると会社にこれ以上の指導・教育は求められず、従業員20人の会社規模からすると解雇を回避することは困難であったとしました。
CCに部長を入れないというのは重大な反抗には一見見えませんが、少し考えると部長に業務報告をしないという重大な反抗であることが分かります。この会社はこの反抗があってから4ヶ月後に解雇をしたのですが、よく我慢をしました。これくらい指導・教育をすれば良いという目安になります。
無効とされた裁判例
同僚と打合せを行っていた際に机を叩きながら声を荒げて同人を叱責し、別の機会にも「何度言ったら分かるのか、早く準備しろ」などと罵倒し同人や他の従業員に反感を買い、また営業で取引先を訪問するときなどに事務所内でスーツに着替えることがあり、周囲の従業員、とりわけ女性従業員を少なからず困惑させていた従業員を普通解雇した事案で、普通解雇は無効とされました(東京地裁平成30年12月26日判決)。
1⃣について裁判所は述べていませんが、他の従業員を罵倒したり女性従業員の前で着替えることを禁じていることは大前提だと思います。
裁判所は2⃣の要件について、「同僚を複数回にわたり強く叱責するなどして、同人のみならず他の従業員からも反感を買い、さらに、事務所内で着替えを行って他の従業員を困惑させるなどして、少なからず同僚の従業員との間で円滑を欠く状況にあったことがうかがわれるが、これらのみで解雇事由に当たるほどの勤務態度不良とはいい難い」と述べました。
そして3⃣の要件について、「この問題が表面化するまで社長が叱責したのは一度しかなく十分に注意・指導をしたとは認められない。」と述べました。
この事案は具体的な業務命令に違反する形ではなく「勤務態度をきちんとしよう」という抽象的なルールに違反し続けたものですが、こうした場合は会社秩序を明確に乱していなければなかなか普通解雇も認められにくいかもしれません。
この事案では他の従業員への態度が問題とされましたが、仮にそれらの従業員が複数退職するなどしたならば、会社に実害が生じていたので普通解雇が有効とされたかもしれません。
正当な理由のない欠勤 懲戒解雇

この代表例は無断欠勤です。連絡のない欠勤として無断欠勤が一定期間続くことを懲戒事由に定めている会社も多いです。したがって、懲戒解雇とされることが多いです。もっとも、事情に応じて諭旨解雇、普通解雇としても構いません。
無断欠勤がされる背景としては、配転(転勤)に抗議するもの、逮捕・勾留されてのもの、災害によるもの、ハラスメントがなされたことによるもの、精神的不調によるもの、行方不明によるもの、など様々です。それぞれ、その欠勤に正当な理由があるのかが問われます。
配転(転勤)命令に抗議するものについては、その命令が不当・違法なものではなければ解雇は有効とされやすいです。
逮捕・勾留されてのものについては、その被疑事実について無罪、もしくは不起訴・起訴猶予であれば解雇が無効となりやすいです。この場合は欠勤を理由とするよりも犯罪行為を理由とした解雇の方が会社にとって筋が良いかもしれません。
災害によるものについては、原則として正当な理由がありますが余りにも長期に渡る場合などは解雇が有効とされることがあります。
ハラスメントがなされたことによるものについては、ハラスメントの事実があり欠勤者に責任がない場合には解雇が無効とされやすいです。
精神的不調によるものについては、精神的不調は病気の一つなので病気欠勤として届ければ無断欠勤ではありません。その手続きすらとらずに欠勤すれば原則として無断欠勤とされ解雇が有効とされやすいです。しかし、精神的不調というのは正常な判断ができないこともあり必ずしも従業員にすべての責任を負わせるのが酷な場合もあります。
行方不明によるものについては、解雇通知が従業員に届くかがポイントとなります。裁判所を使った公示送達という厳格な通知方法までとらなくても、電子メールで宛先不明で返ってこない限りは到達したとみて良いでしょうし、普通郵便が郵便受けに投函された、内容証明郵便で保管期限後に返ってきた、同居親族に直接手渡した、などでも到達したとみて良いと思います。
会社の許可がない兼業 普通解雇

最近は兼業を認める会社も増えてきたようですが、兼業禁止としている会社もまだまだあります。
最近の裁判所の傾向は次のとおりです。
- 十分な給与を与えていなければ兼業は解雇事由になりにくい。
- 肉体疲労、睡眠時間の不足などで本業に悪影響を及ぼす場合には解雇が有効だと認められやすい。
- 病気を理由にした休職期間での兼業は信義に反し解雇が有効だと認められやすい。特に傷病手当金や休業手当をもらいながらの兼業は有効だと認められやすい。
- 同業他社での兼業には厳しく解雇が有効だと特に認められやすい。
会社の許可がない兼業で解雇するケースでは、会社に損害を与えるケースと、信義に反するケースとがあります。
会社に損害を与えるケースでは本業に悪影響が及んだことを主張立証しなければなりません。注意不足によるミスが続いた、居眠りが多いなどですね。
信義に反するケースで重視される事実はつぎのとおりです。
- 本業の会社でどれだけの責任を従業員が負っていたか
- 実害があったか
- 兼業の会社の名刺を作って社外に配ったり、兼業会社所属名義で郵便、メール、ファクスを送るなどの活動をしていたか
- ③のケースのように裏切りの程度が高いか
- 兼業を隠していた期間
- 兼業発覚後に兼業を止めたか
兼業と言ってもそのパターンは様々ですが、以上の点を踏まえて法的に検討しましょう。
犯罪行為 懲戒解雇

一般的に会社内外での犯罪行為は懲戒事由と定められていますので懲戒解雇の対象です。
ただし、情状により諭旨解雇又は普通解雇とすることもできます。
会社内の犯罪行為
会社内の犯罪行為は、会社の金員・備品の窃盗・横領、他の従業員に対する暴行・傷害などが代表例です。
懲戒解雇又は諭旨解雇が有効とされるためには、単に懲戒事由に当たる行為があっただけではなく、その行為が会社秩序を乱したことが必要ですが、会社内の犯罪行為はそれだけで会社秩序を乱したと認められ易いです。
有効とされた裁判例
社長秘書が慶弔金の支払いを立て替えたとして850万円をだまし取ったとして詐欺罪で実刑判決を受けたケースで、懲戒解雇有効とされた裁判例があります(東京地裁平成31年2月26日判決)。
こうしたケースで注意するべきは単に実刑判決が確定しただけでは有効とはならず、会社が懲戒処分をするに当たり適正な手続きに従って調査をし丁寧な認定をしたうえで懲戒処分をしなければ有効とはなりません。
また、この事案では850万円という金額の多さも有効とされるポイントとなりました。
無効とされた裁判例
従業員が通勤経路の変更で通勤費が下がったにも拘わらずそれを会社に申告せずに以前の通勤手当を受け取り続けたケースでは、諭旨解雇が無効とされました(東京地裁平成25年1月25日判決)。
このケースでは自宅近くから最寄り駅までのバス定期代を通勤手当として受け取っていましたが実際は定期券を購入していませんでした。
1)会社において通勤手当の認定は厳格なものではなく、実際に通勤に必要な金額以外は認めないという運用にはなっていなかったこと、
2)差額も約15万円と多くないこと
から諭旨解雇とするのは相当ではないと示されました。
就業規則の基準を当てはめると懲戒事由に当たる行為があったのですが、それ自体の運用が曖昧なものであればそれで罰するのは厳し過ぎるということです。
また、3年間で15万円ですので仕事を失わせるには苛酷だという判断でもありました。
会社外(私生活上)の犯罪行為
会社外の犯罪行為には色々とありますが、会社の指揮命令下から離れた場所での行為についてはあくまでも私生活上の行為であって会社とは関係がないのが原則です。
しかし、私生活上の行為であっても会社の信用を低下させるものであれば解雇が有効とされます。
有効とされた裁判例
インターネットのサーバー上に児童ポルノ画像を置くという児童ポルノの公然陳列罪で罰金刑に処せられたことを理由に懲戒解雇をした事案で、懲戒解雇が有効とされた裁判例があります(大阪高裁平成25年9月24日判決)。
一審の大阪地裁では、児童買春等の直接的な侵害行為ではないので懲戒解雇は重過ぎるとして懲戒解雇は無効とされました。
しかしこの控訴審では次の理由から会社の逆転勝訴で懲戒解雇が有効とされました。
1)児童買春の罪と比べても法定刑は同等であること
2)報道に会社名は含まれていないが、新聞の地方版で複数の実名報道がされたこと自体社会的関心が高い
3)インターネット検索では従業員の氏名とともに会社名が出てくること
4)海外は日本以上に児童関係の犯罪に厳しいが、会社は海外との取引が多くより高い倫理観が求められていること
5)同種事案で軽い懲戒処分の例が見られないこと
この中でも会社の社会的信用は重要な要素と見られており、会社の業務とまったく無関係の私生活上の行為に対する懲戒解雇では間違いなく必要要件です。
無効とされた裁判例
電鉄会社の従業員が14歳の女の子に痴漢をした被疑事実で略式起訴(20万円の罰金刑)されたことで諭旨解雇をした事案で、裁判所は次のように述べました(東京地裁平成27年12月25日判決)。
「従業員の私生活上の非行であっても、会社の企業秩序に直接の関連を有するもの及び企業の社会的評価の毀損をもたらすと客観的に認められるものについては、企業秩序維持のための懲戒の対象となり得るものというべきである。」
しかし、
1)20万円の罰金刑は同種事案では悪質性が低いこと
2)マスコミで報道されることはなく社会的に周知されなかったこと
3)社外から苦情が来た記録もないこと
から会社の社会的信用が低下したとは認められず、会社秩序を乱した程度は大きくないとされました。
そして従業員に有利な事情として、
1)従業員は示談をしようとしたが被害者の母親に拒まれたこと
2)勤務態度自体は問題がなかったこと
3)これまで一度も懲戒処分を受けたことがないこと
から諭旨解雇は重過ぎるとされ諭旨解雇は無効とされました。
電鉄会社なのに痴漢をしても諭旨解雇が無効とされるのは裁判所は会社の裁量に踏み込み過ぎだと思います。
私が会社の代理人であれば、それを知った内部の者の士気に影響することを強調して有効に持って行きたかったところです。
もっとも、電鉄会社としてその従業員が痴漢したことが痛手となるのは社会に周知されて社会的信用が低下することでした。この事案ではそれが認められなかったので諭旨解雇が無効とされるのもやむを得ない面があると思います。
普通解雇であれば果たしてどうだったかと考えます。当然諭旨解雇よりは有効とされる可能性は高かったでしょう。
従業員に与える不利益が諭旨解雇より普通解雇の方が小さいこと、懲戒処分を受けたことがないという従業員に有利な事情は普通解雇については使われないことを踏まえると、結構戦えるのではないかと思います。
経歴詐称 懲戒解雇

経歴詐称とは主に履歴書・職務経歴書に虚偽の事実を記載したり、面接時に口頭で虚偽の事実を述べることを言います。
経歴詐称は会社に損害を与えたというよりも、会社が採用の前提とした経歴について虚偽表示をしたことが労働契約の内容を偽ったことになるので、それについて従業員が責任を負うものです。
経歴詐称は懲戒事由とされていることが多く懲戒解雇とされることも多いです。しかし、必ずしも懲戒解雇としなければならないわけではなく、諭旨解雇又は普通解雇とすることもできます。
どのような経歴詐称でも懲戒解雇が有効とはなりません。
経歴詐称での懲戒解雇の有効要件は次のとおりです。
- 事実と異なる経歴を採用時に告げたこと
- その虚偽の事実が採否の重要な要素であったこと
- 懲戒処分のうち懲戒解雇を選択することが相当であること
有効とされた裁判例
東京地裁平成22年11月10日判決の事案は、従業員が過去の犯罪事実・服役事実を隠して履歴書の賞罰欄に記載せず、服役期間にアメリカで経営コンサルタントの手伝いをしていたと虚偽記載をしたことを理由としてした懲戒解雇が有効とされた事案です。
裁判所は、
1)会社が採用に当たり経営コンサルタントの経験を重視していたこと
2)服役した事実を会社が知れば採用を控えただろうこと
から、懲戒事由である「重要な経歴をいつわり採用された場合」に当たるとしました。
次に懲戒解雇が相当かについて裁判所は、
1)服役の事実を隠しただけではなく経営コンサルタントの経験ありとの虚偽事実も告げたのは悪質
2)会社は弁解の機会を与え自主退職のチャンスも与えていて手続きも相当
3)従業員は実刑判決を受けた事案は無罪であると主張しつつ特に何も示すことがない
4)従業員は退職について自己の主張を述べるのみで誠実に話し合わなかった
という事情から懲戒解雇が相当であるとしました。
経歴詐称には、就職希望者が1)自己の大きなマイナスを隠す、という場合と、2)虚偽の大きなプラスを告げる、という場合とがあります。
本事案ではその両方がなされており、発覚後も会社は誠実に手続きを踏んだのに対して従業員は不誠実な対応に終始していて懲戒解雇が有効とされたのです。
無効とされた裁判例
東京地裁平成29年4月6日判決の事案は、学校法人に数学教師として雇われた者が履歴書の職歴欄に「A中学校バレーボールコーチ勤務」と記載しましたが、実際には個人的な付き合いでボランティアとして携わっていただけでした。
裁判所はこれを事実とは異なる記載であることは認定したものの、即時解雇(懲戒解雇)事由の「採用に関し提出する書類に重大な虚偽の申告があったとき」には当たらないとして経歴詐称については懲戒解雇無効としました。
裁判所は次のように理由を述べました。
1)バレーボールコーチとして働いていたわけではないものの交通費名目で詐称ながら金員を受領していたことから、まったくの虚偽ではない。
2)バレーボールコーチをしたのは2ヶ月間だけであって、これが従業員の経歴の中で重要な意味を持つものではない。
3)もし学校がバレーボールコーチの経歴を重視するなら詳しく質問したはずであるが、詳細の質問はされていない。
4)バレーボールコーチの経歴は数学教師の採否を決定づけるほどの要素ではない。
バレーボールコーチの経歴の有無は数学教師としての採否に決定的な影響を及ぼさないというわけです。
もちろん、学校によってはバレーボールに力を入れていてコーチ経験のある人も同時に探していたという事情があるので、その場合は結論が異なる可能性があります。
セクハラ 懲戒解雇

セクハラは略語であり正確には「セクシャルハラスメント」と言います。
会社内でセクハラがあると、被害者は加害者を訴えるとともに会社の安全配慮義務違反を主張して会社も訴えることがありますが、ここではその争いではなく「セクハラをした従業員を解雇できるか」という点について書いています。
セクハラをした従業員に対しては懲戒解雇をするのが基本です。情状によっては諭旨解雇又は普通解雇とすることもできます。
私がセクハラをした従業員を解雇した事案の裁判例を分析しそこで検討される要素と重要度を表にしてまとめました。
それぞれを評価してますが、程度により評価に幅があります。例えば、1年間にわたり毎日どギツイ卑猥な言葉を浴びせるのと、1回だけ肩を揉んだのとでは前者の方が悪質だと評価されます。
間違いないのは強制わいせつ罪に相当する行為はセクハラ認定されます。
1対1の状況か衆人環視の状況かは大きな違いです。1対1だと逃げにくい状況なので、身体的接触や卑猥な言葉をかけたことがより悪質だと認定されます。
交際していたことはセクハラの認定にはマイナスに働きます。セクハラでの訴えが男女関係のもつれによるものが否定できない場合が多いからです。
要素 | 備考 | 重要度 |
---|---|---|
刑法の強制わいせつ罪にも相当 | 行為そのもの | ★★★★★ |
強制わいせつに至らない身体的接触 | 行為そのもの | ★★★ |
卑猥な言葉をかける | 行為そのもの | ★★★ |
対象が1人だけか複数人か | あまり考慮されない | ★ |
上下関係を利用する | 悪質性 | ★★★★ |
1対1の状況 | 悪質性 | ★★★★ |
期間の長さ | 悪質性 | ★★ |
交際していたか | 認定されない方向 | ☆☆☆☆ |
以下のリンク先ではかなり詳しく裁判例を分析していますので是非お読みください。解雇無効とされた裁判例では驚くような事案もあります。
パワハラ 懲戒解雇

パワハラは正確には「パワーハラスメント」と言います。
厚生労働省の定義に依りますとパワハラとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。
この要素は2020年6月に施行されたパワハラ防止法におけるパワハラの定義と同じです。
会社内でパワハラがあると、被害者は加害者を訴えるとともに会社の安全配慮義務違反を主張して会社も訴えることがありますが、ここではその争いではなく「パワハラをした従業員を解雇できるか」という点について書いています。
パワハラをした従業員に対しては懲戒解雇をするのが基本です。情状によっては諭旨解雇又は普通解雇とすることもできます。
パワハラをした従業員の懲戒解雇の有効要件は次のとおりです。
- パワハラが存在したこと
- そのパワハラにより懲戒解雇することが相当であること
パワハラが存在したこと
「パワハラが存在したこと」には、①そもそもパワハラの事実が存在したか、と②攻撃的な行為は存在したがそれが違法性を持つパワハラと言えるか、の2点が含まれています。
①については証拠・証言など事実認定の問題なので説明せず、ここでは②について説明します。
暴言
- 「殺すぞ」、「ぶっ殺すぞ」、「こんな間違いをするなんて、死んでしまえ」
- 「あほ」、「お前、あほか」、「ばか」
- 「辞めてしまえ」、「お前なんかいつでも辞めさせてやる」、「給料泥棒」、「お前の代わりなんていくらでもいるぞ」
- 「お前の生き方は間違っている」、「根暗な性格を何とかしろ」
いくらでも並べられるのですがこれくらいでも十分にご理解頂けると思います。
人格的に否定する表現でありこれを上司から言われたらかなりキツイですよね。
これらの言葉だけで即パワハラ認定ということではなく、衆人環視の元で言われたか、大声で怒鳴られたか、何度も言われたか、長期間にわたって言われたか、などを総合して判断します。
執拗な非難
- 不合理に3日間にわたり反省文を書き直させる。
- 皆の前で立たせて長時間注意し続ける。
同じミスに執着して長時間又は長期間注意をし続けることは注意指導の域を超えかねません。
威圧的な行為
- 椅子を蹴ったり、書類・ファイルを投げたり叩きつけたりする。
- 自分の意向と異なる意見を部下が述べれば自分に同意するまで怒鳴りつける。
- 自分に責任があるときでも部下に責任転嫁し叱責する。
これは暴言に留まらず暴行に近いです。こうなるとハラスメントから犯罪性を帯び始めます。
実現不可能・無駄な業務の強要
- 1人では到底不可能な申請書の処理業務をやらせて期限内に完了するよう命じる。
- 必要がないのに毎週土日に出勤を命じる。
こうした不合理な指示もパワハラとされることがあります。業務上の指示は業務の円滑な遂行を目的とするものですが、これだと嫌がらせ目的です。
仕事を与えない
- 仕事ができない人間だと決め付け業務に見合った仕事を与えず、部内の回覧も回さない。
- 業務改善を申し出た部下が気に入らずにその後その部下の業務を他にやらせる。
このようなことになると部下も居場所がなくなります。精神的に追い詰める行為としてパワハラとされることがあります。
仕事以外の事柄の強要
- 毎日弁当を買いに行かせたり、週末に自宅の掃除をさせる。
- 良い物件に住んでいる部下に「安いところに住まないと地方に飛ばすぞ」と言う。
前者は業務にまったく無関係の事柄ですので直感的におかしいと感じます。
後者については冗談が通じる信頼関係があればまだ良いのですが、大抵の場合は信頼関係があると思っているのは上司だけです。
そのパワハラにより懲戒解雇することが相当であること
仮に違法性のあるパワハラが存在したとしても、それにより懲戒解雇をすることが相当であることが必要です。相当性の判断ではパワハラの被害者が受けた肉体的・精神的損害の程度、会社の注意指導が重視されます。
東京地裁平成28年11月16日判決は、パワハラを認定し相当性も認定して懲戒解雇を有効としました。
この事案では、2人に対するハラスメント行為により会社から厳重注意を受け、顛末書まで提出したにもかかわらず、そのわずか1年余り後に別の2人に対するハラスメント行為に及んでおり、短期間に複数の部下に対するハラスメント行為に及んだ態様は悪質で、1人は別の部署に異動せざるを得なくなり、もう1人に至っては適応障害に罹患し傷病休暇を余儀なくされるなど、その結果は重大であるとされました。
一度注意を受けてもなお繰り返しており、さらに2度目のハラスメント行為の後もなお今後方針を変えるつもりがないことが伺われ、改善の余地がなかったと認定されました。
東京地裁令和元年12月17日判決は、パワハラがあったことは認定しましたが、会社が適切に注意指導した形跡が見当たらないとして懲戒解雇を無効としました。
こういう場合に裁判所は、「適切に注意指導した形跡が見当たらず、当時会社はパワハラを問題視してなかったと見られる。」などと述べることが多いです。
こうした認定は実態に合っていないと思うのですが、裁判所はこのように認定しがちですので、反論する場合には注意指導した記録を集めて会社としても問題視していたと主張しましょう。
会社の秘密情報の漏洩 懲戒解雇

会社の秘密情報の漏洩は、会社に対する背信行為であり懲戒事由として定められていることが多いです。したがって、基本的には懲戒解雇としますが、情状によって諭旨解雇又は普通解雇とすることもできます。
「秘密情報」とは、一般的に知られていない情報であって、外部に知られれば会社の正当な利益が害される情報であるとされています。
従業員が
1)会社の取引先の開発会社に石鹸のサンプルを発注し競合他社に渡し、
2)競合他社に内定後にロンドンでの重要会議に会社の経費で出席し、
3)同会議の資料を社外に持ち出しデータを漏洩した
事案で裁判所は、これらの行為は背信性が極めて高く長年の功労を否定し尽くすだけの著しく重大なものであるとして懲戒解雇を有効としました(東京地裁平成14年12月20日判決・日本リーバ事件)。
秘密情報の漏洩では大きく分けて2つの類型が考えられます。
1つは上の事案のような競合他社への漏洩で直接的な損害が生じやすいと言えます。
もう1つはインターネット上に顧客の個人情報などが公開されて会社の社会的信用が低下する類型です。
この秘密情報の漏洩の案件では、その事実があれば解雇を正当化する理由として認められやすいのですが、証明できるかが他の案件以上に重要です。
電子メールの添付ファイルを使って外部に送信したのであれば漏洩者はおそらくそのメールを削除します。この場合に削除済みのメールをすべて復元できるかがポイントになります。
秘密情報をプリントアウトして外部に持ち出した場合でもその証拠を押さえることは可能です。機種にも依りますが、最近の複合機であれば印刷履歴からどのパソコンから何をプリントアウトしたかが分かります。
スマホやデジタルカメラで撮影されたら後日にそれを証拠として押さえることは困難です。したがって、社内における写真撮影禁止規定を就業規則に定めるなどして対応しておきましょう。
まとめ
ここまで「不当解雇だ!」と訴えてきた(元)従業員に対する反論方法を解説しました。
不当解雇という(元)従業員側の主張は一方的であり、会社側としては正々堂々と「解雇は正当である。」と反論することになります。
是非ともこの記事を活用して会社がそんな主張に負けないよう願っております。

ここまでお読みになられても解決の道が見えず、解雇をした元従業員からの請求についてお悩みの方は是非ご相談ください。お話を伺ったうえで今できることをすべてお話しいたします。