はじめに
インフルエンザ特措法の正式名称は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」です。
この名称からお分かりのとおり、2009年に大流行した新型インフルエンザに対して適切な措置を採れるように作られた法律です。
今回、このコロナウイルスの感染拡大を受けてこのインフルエンザ特措法を適用できるようにしました。
第一条の二 新型コロナウイルス感染症(病原体がベータコロナウイルス属のコロナウイルス(令和二年一月に、中華人民共和国から世界保健機関に対して、人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る。)であるものに限る。
新型インフルエンザ等対策特別措置法附則第一条の二
(以下略)
細かいことはともかく既存の法律である新型インフルエンザ特措法を今回のコロナウイルスの感染に対して適用できるようにしたわけです。
ではこの法律の目的規定を見ましょう。
緊急事態宣言が出される要件には直接は関わりませんが、この法律で何が制限されるかの解釈も目的規定次第です。
(目的)
新型インフルエンザ等対策特別措置法第一条
第一条 この法律は、国民の大部分が現在その免疫を獲得していないこと等から、新型インフルエンザ等が全国的かつ急速にまん延し、かつ、これにかかった場合の病状の程度が重篤となるおそれがあり、また、国民生活及び国民経済に重大な影響を及ぼすおそれがあることに鑑み、新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画、新型インフルエンザ等の発生時における措置、新型インフルエンザ等緊急事態措置その他新型インフルエンザ等に関する事項について特別の措置を定めることにより、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号。以下「感染症法」という。)その他新型インフルエンザ等の発生の予防及びまん延の防止に関する法律と相まって、新型インフルエンザ等に対する対策の強化を図り、もって新型インフルエンザ等の発生時において国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とする。
この法律の目的は、国民の生命及び健康の保護と、国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすること、とされています。
当たり前と言えば当たり前のことですが大切なことです。
この目的に沿って緊急事態宣言が出されて必要な措置が採られることになります。
緊急事態宣言の要件
(新型インフルエンザ等緊急事態宣言等)
新型インフルエンザ等対策特別措置法第三十二条
第三十二条 政府対策本部長は、新型インフルエンザ等(国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る。以下この章において同じ。)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態(以下「新型インフルエンザ等緊急事態」という。)が発生したと認めるときは、新型インフルエンザ等緊急事態が発生した旨及び次に掲げる事項の公示(第五項及び第三十四条第一項において「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」という。)をし、並びにその旨及び当該事項を国会に報告するものとする。
(以下略)
これがいわゆる緊急事態宣言というものです。
その宣言要件を見てみましょう。
1) 新型コロナウイルスが国内で発生したこと
2)全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響が及んだこと 又はそのおそれがあるものとして政令で定めた緊急事態が発生したこと
1)は既に発生しているので要件を満たしますし、2)は1)を内包していますので、2)の要件がポイントになります。
前段と後段のいずれかが発生すれば要件を満たします。
前段を適用するのは政府にとってはなかなか勇気が要るでしょう。
なぜなら、「国民生活及び国民経済に甚大な影響が及んだこと」とあり、既に結果発生したことを認めることになるからです。
それに、この要件を適用するということは、「遅いじゃないか!」という野党や国民からの反発が予想されます。
次に、後段の緊急事態とはどういうものか。
政令で定めた、とありますので政令である施行令を見ます。
(新型インフルエンザ等緊急事態の要件)
新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令第六条
第六条 法第三十二条第一項の新型インフルエンザ等についての政令で定める要件は、当該新型インフルエンザ等にかかった場合における肺炎、多臓器不全又は脳症その他厚生労働大臣が定める重篤である症例の発生頻度が、感染症法第六条第六項第一号に掲げるインフルエンザにかかった場合に比して相当程度高いと認められることとする。
2 法第三十二条第一項の新型インフルエンザ等緊急事態についての政令で定める要件は、次に掲げる場合のいずれかに該当することとする。
一 感染症法第十五条第一項又は第二項の規定による質問又は調査の結果、新型インフルエンザ等感染症の患者(当該患者であった者を含む。)、感染症法第六条第十項に規定する疑似症患者若しくは同条第十一項に規定する無症状病原体保有者(当該無症状病原体保有者であった者を含む。)、同条第九項に規定する新感染症(全国的かつ急速なまん延のおそれのあるものに限る。)の所見がある者(当該所見があった者を含む。)、新型インフルエンザ等にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者(新型インフルエンザ等にかかっていたと疑うに足りる正当な理由のある者を含む。)又は新型インフルエンザ等により死亡した者(新型インフルエンザ等により死亡したと疑われる者を含む。)が新型インフルエンザ等に感染し、又は感染したおそれがある経路が特定できない場合
二 前号に掲げる場合のほか、感染症法第十五条第一項又は第二項の規定による質問又は調査の結果、同号に規定する者が新型インフルエンザ等を公衆にまん延させるおそれがある行動をとっていた場合その他の新型インフルエンザ等の感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由のある場合
こうして読めばなぜニュースで「感染経路の特定」をしきりに言っているかが分かりますよね。
つまり緊急事態というのは、新型コロナウイルスの感染が拡大してもはや感染経路が特定できなくなった場合がその一つです。
そしてもし感染が特定できたとしても、感染者の行動で新型コロナウイルスを不特定多数の公衆にまん延させるおそれがある行動をとっていて、それにより感染が拡大しているであろうと疑うに足りる正当な理由がある場合も緊急事態だとしています。
結局のところ緊急事態宣言はどういうときにされるのか
1)新型コロナウイルスの全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響が及んだこと
2)① 重症化の発生頻度が通常のインフルエンザと比べて高く
② 感染者の感染経路が特定できない場合
3)① 重症化の発生頻度が通常のインフルエンザと比べて高く
② 感染経路が特定できた場合でも新型コロナウイルスを不特定多数の公衆にまん延させるおそれがある行動をとっていて、それに伴い感染が拡大していると濃厚に疑われる場合
つまり、1)か2)か3)の3パターンです。
これは私の考えですが、政府は2)の要件で緊急事態宣言を出したいのではないかと思います。
なぜなら、1)「結果発生パターン」の要件は言うならば何とでもなるというか、全国的だの急速だの甚大だの事実ベースの要件ではなく、評価の要件です。
後から評価について批判されたくないだろうし、また国会で野党から批判を浴びたくないのだろうと思います。
次に、3)「感染経路を特定したけど…パターン」であれば感染経路を特定できているのに感染者が我がままな行動をとったからという要件になりますので、感染者への批判が入ってしまいます。
そこで、2)「感染経路を特定できないパターン」であれば事実ベースで医療機関からのデータを集めて要件を満たせば批判は浴びにくいでしょう。
いまそのデータを必死に集めているところだと思います。
とは言え、もしかすると1)の準備をしているかも…LINEのアンケートとの関係
少し気になっているのはLINEにおける厚労省のアンケート調査です。
あれで実態を知るという医療業務そのもののためのデータ収集だとは思いますが、緊急事態宣言を出すためのデータ収集という側面もあるかも知れません。
そして2)「感染経路を特定できないパターン」 と3) 「感染経路を特定したけど…パターン」 にも利用可能ですが、1)「結果発生パターン」の「全国的かつ急速なまん延」という要件を満たすために利用する可能性もあるのではないかと思っています。
おわりに
早く緊急事態宣言を出せば良いのに、と思いますが、政府は政府で国民の権利を制限する強権発動になるので反発が怖いのですね。
個人的には、特定できたところで感染拡大を防げるのかという疑問がありますのでそこを問題とせずに1)「結果発生パターン」で緊急事態宣言を出して欲しいです。
1)「結果発生パターン」で緊急事態宣言を出すのは政府としては勇気が要りますが、それこそ総理大臣が腹を括って決断するべきでしょう。
データが揃っていないとすると、1)「結果発生パターン」しかないので総理大臣にはここで退陣覚悟で緊急事態宣言を出して欲しいものです。
弁護士 芦原修一