2021年9月24日

皆さま、おはようございます!弁護士の芦原修一です。
これまで配信済みのメールマガジンは次のページに掲載しています。

いよいよ9月30日には緊急事態宣言が解除されそうですね。また感染者数が増えることはあるでしょうがせめてそれまでは外での活動も楽しめると良いですね。

では【法律ニュース】をお届けします。

今回は判例ではなく最近の係争中のニュースを取り上げます。なお、こちらの私の見解はニュース記事に記載された事実を前提としていますので、その点をご了解ください。

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1.新型コロナウイルスと会社経営(法務)
-感染対策と安全配慮義務
2.最近の労働事件
-某飲食店による労組幹部の解雇事件について━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━

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◆1.新型コロナウイルスと会社経営(法務)
    -感染対策と安全配慮義務◆ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

「夫とその母親が新型コロナウイルスで亡くなったのは、夫の勤務先が感染防止策を怠ったためだとして、横浜市に住む妻(64)ら遺族3人が勤務先の財団法人に計約8700万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。「従業員に対する安全配慮義務に違反した」と訴える遺族に対し、財団は「業務中にコロナに感染したと特定するのは困難」と反論している。」(朝日新聞DIGITAL「コロナ死の夫の勤務先を妻が提訴 「感染対策怠った」と訴える」)

会社等の人を雇う組織には従業員に対する安全配慮義務が課せられています。
今回の訴えは、その安全配慮義務の内容として「従業員がコロナに感染しないよう配慮する義務」を怠ったとしてコロナで亡くなった従業員の遺族らが財団を訴えたものです。

安全配慮義務 
 ⇒ ①従業員がコロナに感染しないよう配慮する義務 ⇒ ②義務違反 ⇒ ③因果関係 ⇒ ④従業員がコロナに感染し亡くなった

遺族らはこのように安全配慮義務違反と職員の死亡が繋がっており職員が亡くなった責任が財団にあるとして訴えています。
④について争いはないので、①②③が争点になりそうです。

そもそも①の安全配慮義務が認められるのか、認められるとしてどういう内容かが問題となります。

「メルマガ配信済み記事のアーカイブ Vol. 6」でも説明しましたが、従業員に対してワクチン接種を強制できません。
人を集めてクラスター化させないために全員リモートワークにすることも考えられはしますが、現実的に不可能なことも多いでしょう。
コロナの感染者を無理やり出社させれば安全配慮義務違反でしょうが、分からずに出社させても財団側にコロナの認識がないので安全配慮義務違反とは言えません。

記事によると、「遺族側は、最初に発熱した職員に財団がPCR検査を受けさせなかったなどしたため、出勤後にクラスターが発生して男性やその母親の死につながったと指摘。「財団は従業員の生命を守るために、その職員を出勤させないようにするべきだった」と主張する。」(朝日新聞DIGITAL「コロナ死の夫の勤務先を妻が提訴 「感染対策怠った」と訴える」)とのことです。

遺族側は、安全配慮義務の内容として次の2つを主張しています。、
(1)発熱した職員にPCR検査を受けさせる義務
(2)発熱した職員を出社させない義務
そうするとこの場合、「発熱した」という事実が直ちにコロナ感染の危険に結びつくかが問題となります。

財団側の反論は次のとおりです。
「発熱した職員は医療機関で風邪と診断され平熱に戻ったと主張。当時のPCR検査を受ける目安は「37・5度以上の発熱が4日以上」だったとし、「職員が感染したと言えないだけでなく、職場に出勤させないようにする義務もなかった」」(朝日新聞DIGITAL「コロナ死の夫の勤務先を妻が提訴 「感染対策怠った」と訴える」)

確かに、我々の記憶でもPCR検査を受ける基準は「37.5度以上の発熱が4日以上」というものでした。
それが適切であったかはともかく厚生労働省はそのような基準を示していました。
昨年の令和2年4月の厚労大臣の答弁で「それは誤解だ」というものがありましたが、それまではこの基準がすべてだったのです。

そうすると、「発熱した」だけでは直ちにコロナ感染に結び付くという認識を持つことは素人には困難であって、当時厚労省が示した基準に達してはじめてそうした認識を持つべきだったとなります。
したがって、①安全配慮義務の内容としては、「37.5度以上の発熱が4日以上続いた場合に当該職員の出社を止める義務」となります。

本件では、当該職員の発熱は4日以上続かず医療機関で風邪だと診断されたため、財団には②の義務違反はありませんでした。
②の義務違反がない以上、③の因果関係を論じるまでもなく財団側が損害賠償義務を負うことにはならないものと考えます。

なお、財団側は記事の中で「業務中にコロナに感染したと特定するのは困難」と反論しているとされていますがこれは「仮に①②が認められたとしても③の因果関係がなかった」という反論です。職員にも生活があり24時間会社にいたわけではないので私生活の中で感染した可能性が十分にあるということです。ただこれは②の義務違反の存在を前提としていますのでこの③の争いになると財団側は弱いかなと思います。
したがって、実際は①の内容を厚く主張して②の義務違反がなかったことを主戦場として争うべきですし、そのように争っているものと推測されます。

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 ◆2.最近の労働事件
     -某飲食店による労組幹部の解雇事件について◆      ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
東京地裁令和3年9月2日労働審判(非公開)

1┃事案の概要
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「立ち食いそば店「名代富士そば」の店舗運営会社に懲戒解雇された労働組合の幹部2人が申し立てた労働審判で、東京地裁の労働審判委員会が2人の解雇を無効と判断し、未払い賃金318万円をそれぞれに払うよう会社側に命じたことがわかった。2日付。会社側は異議を申し立て、引き続き裁判で争う方針だ。」(朝日新聞DIGITAL「富士そば、労組幹部の解雇は「無効」の審判 雇調金不正は認めて返還」より)

富士そば、東京では各所で見られるチェーン店です。私も時々利用します。特にかつ丼セットをよく注文します。お蕎麦屋さんのかつ丼は美味しいですよね。富士そばには古いビルに入居して出ていくというスキームがあるのですが、法律問題からは脱線しますのでお会いしたときにでもお話しします。

これは労働審判の事案です。労働審判は合計3回の期日を上限として裁判所で開かれる労働事件専門の特殊な調停です。そこで労働組合の幹部2人の労働者側は未払い賃金の請求と解雇無効を主張しました。
結論は、最初に引用したとおり、労働者側が勝った内容の労働審判(裁判でいう判決のようなもの)が出されました。
ただし、労働審判が出されてから2週間以内に会社側が異議を出せばそのまま民事訴訟に移行します。記事によると会社側は異議を出す意向とのことです。
したがって、結論が確定するのは半年から1年ほど先になります。

2┃着目した点 – 普通解雇の追加
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しかし私が着目したのはそこではありません。
「会社側は(9月)2日に…1カ月後の10月2日付で2人を「普通解雇」にするとも予告した。だが労働審判委員会はこの予告については審判の対象外とし、懲戒解雇のみ無効と判断した。
 …(会社側は)…(民事訴訟において)普通解雇の適法性も含めて改めて判断を仰ぐという。」(朝日新聞DIGITAL「富士そば、労組幹部の解雇は「無効」の審判 雇調金不正は認めて返還」より)

労働審判の最終期日である9月2日に会社側は普通解雇を追加しました。
紛争が起こる前に懲戒解雇をしてその有効性を争っている最中に普通解雇を追加する意味は何か。
ここに私は着目しました。

3┃説明と評価
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懲戒解雇と同時に普通解雇もしておくべき ? 裁判例を通して」で詳しく説明しているところですが、実は懲戒解雇の有効性を争っている労働審判・訴訟の途中に普通解雇を追加することは会社にとって効果的です。

そもそもそういうタイミングで普通解雇を追加できるのか、既に懲戒解雇をしているのに重ねて普通解雇ができるのかという疑問がありますが、これは裁判例でも認められています(東京地裁平成2年7月27日判決)。

懲戒解雇というのは刑事罰、極端に言うと会社における死刑判決です。それに対して普通解雇は労働契約の解除です。こうした違いから、懲戒解雇の方が普通解雇より有効性が認められにくいです。
現に東京地裁平成30年11月29日判決は、「懲戒解雇としては無効だが、普通解雇としては有効である。」と示しました。
そうするとメインは懲戒解雇でも予備的にサブで普通解雇とすることが許されるなら、その方が会社にとって良いです。

また、記事によると普通解雇の理由は懲戒解雇をした後に発覚した新たなデータの捏造とのことですが、これも普通解雇の特徴です。懲戒解雇では解雇の時点で会社が認識していない事実を元に懲戒解雇はできないのですが、普通解雇にはそういう制限はありません。
こうして会社側は普通解雇を予備的に追加しました。

しかし、これから民事訴訟に移行しますがおそらくそこでは懲戒解雇も普通解雇も無効と判断される可能性が高いと考えます。
なぜなら、労働審判では未払い賃金318万円の支払いが認められており、会社が主張するデータの改ざんまでは認められなかったか、仮に改ざんがあったとしても残業自体は否定されなかったからです。
こうして民事訴訟に移行したとしても記事を読む限りで99%会社側の敗訴だと見える状況では、労働審判の結果を受け入れて損切りするべきと考えます。
おそらく代理人弁護士もそのように進言したのでしょうが、会社の訴訟への意向が強かったものと推測します。

また、後付けですが組合幹部を解雇したときは裁判所から「組合攻撃の意図があったのではないか」と見られやすいことにはご注意ください。そのときは裁判所の印象を覆すだけの理由が必要です。

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