皆さま、おはようございます!弁護士の芦原修一です。

これまで配信済みのメールマガジンは次のページに掲載しています。
https://ashihara-law.jp/mail-magazine/

これまでは涼しかったので自宅でクーラーをつけませんでしたが、昨日初めてつけました。
これから暑くなるのでしょうか。

では早速、【法律ニュース】をお届けします。

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1.新型コロナウイルスと会社経営(法務)
   -従業員にワクチン接種を強制できるか、など

2.民法改正が会社に与える影響と対策
   -旧法と新法はどのように適用されるか

3.最近の労働判例
   -精神的に不安定な従業員に対する注意指導と産業医面談の奨め
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 ◆1.新型コロナウイルスと会社経営(法務)
     -従業員にワクチン接種を強制できるか、など◆ 
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ワクチン接種率がかなり上がってきましたね。
ワクチン接種率が上がると感染拡大を防止しやすくなるので良いことです。
では、会社は従業員に対してワクチン接種を強制できるのでしょうか。

結論から言いますと、強制できません。
予防接種法という法律がありますが、そこでもワクチンの接種は努力義務に留まりますので、国、自治体、会社が強制することはできません。

もっとも、合理的に考えるとワクチン接種は感染拡大防止に役立ちますし、何より社内が感染クラスターになっては目も当てられません。
そうすると、会社の立場からは可能な限り従業員にワクチンを接種してほしいですね。
そこで、会社は従業員に対して接種することを奨めることはできます。
しかし、ワクチン接種の副反応による健康被害の可能性がありますので、持病その他によりワクチン接種が望ましくない従業員に対してまでワクチン接種を勧奨しては、健康被害が生じるおそれがあります。
したがって、従業員が健康状態に即してワクチン接種をするかを判断できるよう、つまり事実上の強制にはならないよう、ワクチン接種の勧奨のメッセージは配慮したものにしましょう。

なお、ワクチン接種をしないからと言って人事上の不利益取り扱い、ましてや懲戒処分をしてしまうと、会社の従業員に対する損害賠償義務が生じる可能性があります。

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 ◆2.民法改正が会社に与える影響と対策
     -旧法と新法はどのように適用されるか◆ 
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これまでのメルマガでは民法改正が会社に与える影響と対策について具体的に説明してきました。
今回は、そもそも旧法(改正前の民法)と新法(改正後の民法)はどのように適用されるかを説明します。

旧法時代(改正前)に締結された契約には旧法が適用されます。
新法時代(改正後)に締結された契約には新法が適用されます。
これが原則です。
契約は両当事者が合意して締結するものですが、旧法時代の契約締結時には両当事者ともに旧法が適用されることを前提にしていますし、逆もまた同じです。

難しいのが、取引基本契約と個別契約の関係です。
旧法時代に締結された取引基本契約が更新されないまま残っていて、しかし新法時代に個別契約が締結されたら旧法と新法のいずれが適用されるかが問題となります。
これは契約の解釈の問題であり一概に「こうだ」という答えはありません。
ただ、この場合の契約解釈は両当事者が何を前提にしているかを基本としますので、新法時代に個別契約で契約内容を具体化する場合には多くの場合新法が適用されると考えます。

こうした争いを避けるためにも、旧法時代に締結した契約を一新して一律新法が適用されるように再交渉するのが両当事者にとって無難です。

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 ◆3.最近の労働判例
     -精神的に不安定な従業員に対する注意指導と産業医面談の奨め◆      
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大阪地裁令和3年1月29日判決

1┃事案の概要
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鉄道車両の製造・販売等を業とするY社において、設計部門で就労していたXが問題行動を多数起こし度重なる注意指導にも拘わらず改善しなかったとして解雇されました。
本事案は、Xが解雇無効を主張してY社を訴えた事案です。

Xは、全社員が閲覧できるクラウド上のスケジュールに以下の項目を書き込みました。
・「寝坊しなければ出勤」
・「帰省 関東で就活」
・「会社に来たくないから休み」
・「交通費不足の為出勤不可。欠勤」
・「出勤 仕事が嫌いでさっさと帰る」
・「ある上司が嫌いなので,一人ストライキ」
・「就活 Yのような残虐非道でないところを探す。」
・「交通費節約の為,有休(普通の会社は休みYは狂っている)」
・「欠勤?出勤?」
これに対してY社は、不適切な表現を改めるようXに注意しました。
しかしXはこれに従わないどころか、上司に対して指示に従わない旨のメールを送ったので、Y社は今後指示に従わなければ懲戒解雇処分に付す旨の警告書を発しました。

その後Y社はXに対して反省文の提出を命じましたが、Xは反省文を提出したものの「反省しません。建前上の反省文を提出いたします。」といった内容の反省文を提出しました。
さらにXは、「反省文の提出を拒否します。今後反省文の提出を求められればそれを強要と受け止めます。」といった書面を提出しました。

Y社はXの一連の行為に対して懲戒処分としてけん責処分をしました。
それとともに研究開発部への配置転換をしました。

Xの行状は改まらず、部内連絡会において「勤務は退職までの暇つぶし」とスピーチしました。

その後、Xはパンダのぬいぐるみを着て出勤するなどの奇行に走ったためY社は注意指導するとともに、注意指導に従わないXに対してその考えを問う文書を交付しました。
それに対してXは、「個人としての尊重を侵害され、差別を受けたと感じている。」、「パンダの縫いぐるみ等のかわいい物が心の安静を保つのに重要な存在となっている。」などの抗議文で応じました。

その後1年ほどは何もありませんでしたが、Xは突如、出勤時に入門する際の仮入門証に次の記載をしました。
・「アホぶちょーがいるけんかい」
・「ボケのけんかい」
・「部長がやくたたずなけんかい」
・「ブチョーボケなけんかい」
・「ボケブチョーのいるけんかい」
・「ぶちょうつかえないけんかい」
※「けんかい」は研究開発部の略。
次にXは、健康診断問診票に次の記載をしました。
・「社会不適応症候群」
・「物質(パンダちゃん)依存症」
・発症年齢欄に「0(歳)」
さらにXは、扶養控除申告書に次の記載をしました。
・「〇〇ヨメ」配偶者欄
・「〇〇パンダ」被扶養者欄
・「〇〇ラスカル」被扶養者欄

こうした経緯を踏まえY社はXに産業医面談を奨めて、Xはそれには応じましたが精神科医の診断を受けることはせずうやむやになりました。
その後Xは自ら階段を転げ落ちて怪我をするなど不可解な行動が目立ち、ついにY社はXを解雇するに至りました。

2┃裁判所の判断
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Xによる全社員が閲覧できるクラウド上のスケジュールにした多数の書き込みは、Y社への反抗の態度や勤務意欲の欠如を示す不適切な内容というべきものであり,グループウェアの使用目的からすれば,Y社の業務に支障を生じさせかねないものであった。

しかもXは、採算の注意指導の果てにけん責処分を受けながらもなお素行が改まらず、一連の行為は業務上の必要性はまったくなかった。

遂には会社内で故意に事故を起こすなどしており、客観的にみても,原告によって本来の担当業務が正常に遂行・継続されることは,もはや期待し難い状態となっていたというべきである。

Xは反論として、自分は適応障害に陥っておりY社はそれに配慮することなく休職措置をとることもなかったから、本件解雇は社会通念上の相当性を欠くと主張する。
しかしながら、Y社は都度産業医面談を奨め、産業医は強く精神科医の面談を奨めることはなかったというから、Y社において更に精神科医の面談を奨めたり、休職命令を発する義務までは認められない。

以上によれば、本件解雇には、客観的に合理的な理由があり、かつ、社会通念上も相当なものであったと認められる。
よって、Xの請求にはいずれも理由がない。

3┃評価
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Xの行動を見ると、精神的に不安定になったことが伺われます。
この場合でも会社はひるむことなく適切に注意指導を重ね、それでも態度が改まらなければ懲戒処分に付すことで改善の機会を与えなければなりません。
加えて、従業員の心身に配慮することは会社の務めですから、産業医面談や外部の医者の診察を受けるよう奨めるべきです。
本件ではY社は何か変わったことが起こればその都度産業医面談を奨めており適切な対応でした。

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