懲戒解雇が有効とされた裁判例

強引にキスをして乳房に触るなどした(強制わいせつ事例)

(バスの運転手である原告と被害者のバスガイドMが泊まり勤務で同じ旅館に泊まり、原告の部屋で一緒にいたところ)原告は、しばらく飲酒を続けた後、Mの後ろに畳んである布団を枕代わりにして横になった。
 その後、原告がMの手を取り、いきなり引っ張ったので、同女は重心を崩して原告の上に倒れ込むような形になった。原告は、Mに強引にキスをし、なおも、「やめてください。」と言う同女の上に馬乗りになって下着をたくし上げ、乳房に触り、首筋と胸をなめるなど、その意に反する猥褻行為をした
 Mが「会社に言います。」と言うと、原告は手を止めたものの、「さみしいけん一緒に寝て」などと言ってさらにMを引き留めたが、Mはこれを断って自室に戻った。

福岡地裁平成9年2月5日判決

これは強制わいせつです。
犯罪ですので問題なく懲戒事由に該当するとされ、懲戒解雇は有効とされました。
観光バス会社における事例ですが、観光バスの運転手とバスガイドとの関係では、昔はセクハラが常態化されていていたようです。
それが問題視され始め、こうしてセクハラが表に出てきてこの裁判例がその一つです。
泊まり勤務で1対1で同じホテル・旅館に泊まるという特殊性と、バスガイドがバスの運転手に逆らいにくい関係であることから、裁判所は厳しく判断したものと思われます。

強制わいせつ  〇
身体的接触   〇
言葉      〇

交際      ×
上下関係    〇
対象が複数人  ×
1対1     〇
期間      ✖(1回)

結論: 懲戒解雇は有効

日頃より肩をもむなどしてブラジャーに手をかけようとしていて、また二度強引に抱きついた

①原告は、残業時には乙山の肩を揉みながら長話をするようになり、次第に手を乙山の体の前に持ってきたり、ブラジャーに手をかけるような行為をするなどしたこと、
②乙山が残業を終えて帰宅するためエレベーターに乗ろうとした際、原告は、追いかけてきて同じエレベーターに乗り、乙山が一階に着いて降りようとしたところで、外観から影になる場所に引きずり込んで抱きつきながら胸を触ったこと、
③残業を終えて事務室を出ようとした乙山に原告は抱きついたこと

東京地裁平成10年12月7日判決

特に②は強制わいせつです。
これらが懲戒事由に該当するとされ、懲戒解雇が有効とされました。

この原告は派遣社員で、乙山さんは派遣先の従業員でした。
したがって、上下関係を利用してのセクハラではないのですが、何をどう間違えたのかこのような行為に及んでおり、上下関係の有無などは関係なく懲戒事由に該当するとされたのです。

強制わいせつ  〇
身体的接触   〇
言葉      ×
交際      ×
上下関係    ×
対象が複数人  ×
1対1     〇
期間      △(中期)

結論: 懲戒解雇は有効

複数人の部下に対して個別に言葉でセクハラを繰り返した

(一) 原告の、bに対する「今すぐにでも貴方を抱きたい。・・・好きだから。」との電子メール、cの身体をなぞるようなしぐさをしながらの「グラマー」という発言及びgに対する「昨日は(恋人に)会っていただろう。燃えたのか?」「二人で宿をとろうよ。」という各発言は、いずれも直接的で露骨な性的言動であることが明らかである。また相手は女性ではないが、「単身赴任で大変だから、夜だけ相手をしてくれる女を紹介してくれたら、管理職にしてやる。」というのも、明らかな性的内容の発言である
 また、原告が女性社員を食事に誘ったのも、相手が異性であることを意識しての上でのものであると理解せざるを得ない。そして、原告が、食事に誘った具体的回数は証拠上必ずしも明確ではなく、aに対し一回、b、c、d及びgに対し各「数回」の域を超えるものであるとは認められないが、女性社員らはいずれも対応に苦慮し、苦痛を感じていたものであり、原告もまた、bの一回を除き女性社員らにことごとく断られているのであるから、少なくとも歓迎されていないことは認識できなければならず、現に原告自身、dに対し、「君は嫌かもしれないけどね。」と言って、同人に嫌がられていることを感じ取っていることを示しているところである。
(二) 次に、原告の言動中、cに対する、面接実施時の「僕は六年半越しでアプローチしているのに君は全然相手にしてくれないね。」等の発言、dに対する、仕事の進行状況を確認する様子で近づいての「ところで、お茶でも飲みに行きませんか。」との誘い、同じくdが原告に書類の決裁印を貰いに原告席に行った際の「ごくろうさま。食事に行く約束待っててね。二人でデートしようね。」との発言、gに対する、「自分と一緒に出張するように。」「二人で宿をとろうよ。」との発言、m及びk社員に対する「単身赴任で大変だから、夜だけ相手をしてくれる女を紹介してくれたら、管理職にしてやる。」等の発言は、いずれも上司として部下に接する機会に、あるいは上司としての地位を利用して行ったと評価できるものである。部下らが結果的に原告のこれらの誘い等に応ぜずにすんでいることからすると、原告が上司としての地位を前面に出し、誘い等に応じない場合の不利益を示唆してこれに応ずることを強要したということまではできないものの、相手が上司であることを認識せざるを得ない状況下での原告の各発言は、冗談と見られるものも含まれているとはいえ、部下を困惑させ、その就業環境を著しく害するものであったといわざるを得ない。

東京地裁平成12年8月29日判決

上司の立場で誰から構わず誘っているところを見るとあまり付き合った経験はなさそうです。
相手が嫌がっていることを分かっているものの恐らく相手の気持ちに鈍感でそれよりも自分の気持ち(性欲で占められていると推測されますが)を優先させる厄介なタイプですね。
こういう人が上司だと部下の女性らは相当に苦労し困ったことでしょう。

これは身体的接触はなかったのですが、上下関係を利用し、複数人の部下に対して個別に1対1で言葉でセクハラを繰り返していた事例です。
例え身体的接触がなかったとしても、言葉だけで女性が精神的苦痛を受けるほど不快に思うことはあります。
したがって、もし会社においてそういったセクハラがあったとしたら躊躇せずに懲戒処分をしても良いです(処分の軽重は要検討ですが)。

外なら良いわけではありませんが、職場内でこれらのいやらしい言葉を掛けるというのも本当に気持ち悪いです。就業環境を著しく害すると裁判所が評価したのも無理ありません。

強制わいせつ  ×
身体的接触   ×
言葉      〇〇
交際      ×
上下関係    〇
対象が複数人  〇
1対1     〇
期間      〇(長期)

結論: 懲戒解雇は有効

秘書らに対する身体的接触を伴うセクハラ

<乙山に対するセクハラ>
(ア) 原告は、戊田の秘書をしていた乙山に対し、度々、個室の部屋で、大阪に出張しないかと誘った。それは出張とはいうものの、一泊二日でユニバーサル・スタジオ・ジャパンで遊ぶというものであった。
(イ) 原告は、乙山に対し、日常的に「乙山ちゃん、やらせてよお」などと言った。原告は、乙山に対し、「胸がないからちょっと豊胸手術でもお金を出してやるからしろよ」「Cカップだったら幾らで、Fカップだったら幾ら」などと言った。原告は、乙山に対し、バイアグラを見せながら「使ってみれば」「やるよ」などと言った。原告は、乙山の面前で同僚に対し、体調不良を訴えていた乙山について、「乙山ちゃんの生理、おれが止めちゃったんだよお」と言った。
(ウ) 原告は、乙山に対し、日常的に同人の手を握ったり、肩を揉んだりした。また、原告は、会議中にお茶を入れに来た乙山の腰に手を回し、膝の上に座らせたこともあった。
(エ) 原告は、乙山と二人で飲食を共にし帰りのエレベーター内で、乙山の意に反して突然同人の右頬の唇付近にキスをした。
(オ) 乙山は、かつての上司である戊田に対し、原告の秘書を辞めたいとの話をしたところ、戊田はこれを原告に伝えた。原告は、在宅していた乙山の携帯電話に架電し、秘書を辞めたい理由を問い質した上、直接話がしたいので会ってほしいと申し入れた。原告は、自分の自動車で乙山の自宅付近まで行き、乙山を呼び出し、自動車に乗せた。そして、原告は、自動車を乙山の自宅から一五分程離れた暗くて人通りの少ない場所に停め、乙山と同車内で約一時間にわたり同人の異動について話をした。その際、原告は、仕事が合わないので異動したいという乙山に対し、「俺のこと嫌いか?」「じゃ、俺のこと好き?俺が何か悪いことした?」などと聞き、乙山がしばらくは原告の秘書を続けることを了解したところ、乙山の手を握るなどした。なお、乙山は、自宅を出る際、母親に対し、一時間くらい経っても帰宅しなかったら携帯電話に架電してほしいと言って出掛けた。乙山の母親は、約一時間経過したころ、乙山の携帯電話に電話をしたが、乙山は、原告に気兼ねして電話には出なかった。

<丙川に対するセクハラ>
(ア) 原告は、丙川に対し、日常的に、「おまえ、いつやらせてくれるんだよ」などと言った。
(イ) 原告は、丙川が書類にサインをもらいに来たときに、「おまえの部、どうにかしろよ」、「おれの味方はおまえしかいないんだよ」などと言いながら手を握ったり、丙川の側を通るときに、「数字を上げるように、おまえ頑張れよ」などと言いながら同人の肩を揉んだりした。
(ウ) 被告では、年末の仕事納めとして夕方ころから酒が振る舞われていたが、丙川は仕事を続けていた。原告は、書類への承認サインを求めて来た丙川をミーティングルームに誘い入れた。原告は、ミーティングルームにおいて、丙川に対し、「ここに座ってよ」などと言って自分の膝の上に座らせた上、「五時半過ぎだからいいよね」などと言って、右手で丙川の胸を鷲掴みするように触った。なお、この際、ミーティングルームには、戊海と甲沢も同席していた。
 丙川は、原告に胸を触られたことを派遣会社の担当者である乙沢に報告し、乙沢と直接会って原告から受けたセクハラ行為について報告した。乙沢は、丙川の依頼により同人の上司であった丙原部長と面会し、同人に対して、丙川が原告から受けたセクハラ行為について伝え、丙原部長は善処することを約束した。しかし、丙川は、原告に言うと仕事がしづらくなるという丙原部長の助言に従い、原告への抗議はしなかった。

東京地裁平成17年1月31日判決

男性の私から見ても気持ち悪い言動ですね。
女性からすると吐き気がするでしょうし、当の被害者らの精神的苦痛は計り知れないものだと思います。
当然に懲戒事由に該当するとされ、懲戒解雇が有効とされました。

強制わいせつ  ×
身体的接触   〇
言葉      〇
交際      ×
上下関係    〇
対象が複数人  〇
1対1     〇
期間      △(中期)

結論: 懲戒解雇は有効

懲戒解雇の有効・無効を分ける要素は?

こうして各要素を赤字で並べてきました。
それぞれの要素は独立別個の要件、つまりその要件がなければ懲戒解雇は有効にならないというものではなく、要素であり相互に関連して評価されるものだということが分かります。
では、各要素の意味合い、関連性を検討します。

強制わいせつがあったかは相当重要な要素です。
これについては、強制わいせつであれば懲戒解雇は有効になることは間違いないでしょう。
刑事犯ですし、それも社内又は社外の取引先の従業員相手にしたとなれば会社の秩序を乱したと評価するほかありません。

強制わいせつに至らない身体的接触ですが、言葉によるセクハラだけでも懲戒解雇は有効になります。
言葉は刃だと言いますが、被害者の心をえぐるには身体的接触をせずとも十分だといえます。
したがって、会社としては、セクハラの被害深刻がありそれが言葉だけのものだったとしても、それだけで懲戒解雇を諦めるようなことはしないでください。

交際していたか交際直前という状況ですとセクハラは認められにくいです。
そこでなされた言動が交際を前提にしたものか一方的なものか判別しにくいからです。
会社としては、もし交際の気配があれば、セクハラを理由とした懲戒解雇が無効になる可能性が高まるので、その点ご注意ください。

セクハラは多くの場合に上下関係を利用してなされます。
この場合に1対1の状況でセクハラがなされると被害者が抵抗のしようがなく、それだけ悪質だと言えます。
1対1の状況を作るか、それを見計らってセクハラがなされていれば悪質なものだと評価してください。

セクハラが、複数人に対してか1人に対してなされたかですが、これはあまり重要視されていません。
セクハラの内容の方が重視されています。
もっとも、上司としてセクハラ防止を順守する立場にありながら、複数人の部下に対してセクハラをしていたら、それも一つの悪質性の現れとして評価されます。

期間もあまり関係がなさそうです。
もちろん長期にわたりセクハラがされていればそれだけ悪質だと認定されるでしょうが、短期だからといってそれだけで許されません。
セクハラの内容そのものがどうだったかの方が比重は重いと見えます。

実際に被害者からセクハラの相談を受けた場合には、以上の要素について聞き取って、セクハラの存否を認定したうえで、悪質性を評価してください。

懲戒解雇と同時に普通解雇もしておく

懲戒解雇と普通解雇、どちらも会社がセクハラをした従業員を解雇することには変わりないので、違いを意識しないことも多そうです。
しかし、これらには大きな違いがあり、懲戒解雇が認められない場合でも普通解雇が認められることがあります。
そうした懲戒解雇と普通解雇の関係についての記事を上げましたので、こちらもお読みください。

ここで直前に上げた裁判例では、就業規則に弁明手続きの記載がないから懲戒解雇をする際の弁明手続きは必須ではないとしています。
しかし、例え就業規則に記載がなくても懲戒罰をするときに弁明の機会を与えないことで手続の相当性を欠くと判断する裁判官も少なくありません。
この裁判例の裁判長は、長らく労働関係を専門にしてきた裁判官ですしその著作物を読んだことがありますがおかしなことを書くような人ではありません。それでもこの点については会社側に甘い判断に見えます。
私は会社側に立って仕事をしていますので、会社側に甘い判断であれば歓迎ですが、「もし厳しい判断が出たら…」という発想がないと適切に紛争解決ができませんので、あえてこのように見ています。
したがって、懲戒解雇をする場合には加害者とされる従業員に対して弁明の機会を与えることを原則としてください。

さて、セクハラが普通解雇事由に列挙されていなければ普通解雇ができないかと不安に思われるかもしれません。
しかし、普通解雇を正当化する事実の中には、会社の秩序を乱した事実・会社に損害を与えた事実も含まれます。
社内や社外取引先の従業員に対してセクハラをしたのであれば、その被害者が精神的苦痛を受けていますのでそれ自体が会社への背信的な攻撃であり、会社の秩序を乱し損害を与えたと評価できます。

普通解雇であっても手続の相当性が求められるので、セクハラの加害者とされる従業員に対して弁明の機会を与えるべきです。
もっとも、懲戒解雇は懲戒罰として最も重いいわば死刑判決であるのに対して、普通解雇は罪一等減じたものです。
懲戒解雇は重いというときでも普通解雇なら相当だと判断されることもあります。

したがって、セクハラを理由として懲戒解雇をしたい場合にでも、同時に普通解雇をしておいて二段構えで備えてください。

弁護士 芦原修一


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