労基法上の休業手当

さて、4月8日に緊急事態宣言が出されました。
そして緊急事態措置として特定業種の営業休止を要請することになりますが、そうして要請された会社は従業員に対して労働基準法26条の休業手当を支払わなければならないのでしょうか。

一度、このトピックについて記事を書きましたが、より丁寧に検討してみました。

労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」とは

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

労働基準法26条

労基法ではこのように定められていて、使用者、つまり会社は「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合には、労働者、つまり従業員に対して給料の60%を支払わなければならないとしています。

そこで、この「使用者の責に帰すべき事由」とは何かが問題となります。

「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。

最高裁昭和62年7月17日判決より

この民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」というのは、文字通り債権者に過失がある場合を指しています。
ただ、民法は債権者と債務者は対等であることを前提としていますが、労働基準法は労働者を保護する法律ですので、労働基準法の「債権者の責に帰すべき事由」は民法のそれよりも広く捉えて、多くの場合に休業手当を支払わなければならないと、最高裁は示しています。

ではそれがどれだけ広いものかが問題になりますが、多くの考えでは「不可抗力以外のすべてが債権者の責に帰すべき事由である」とされています。
つまり、債権者たる会社に過失がなくても不可抗力でなければ「債権者の責に帰すべき事由」に当たると考えられているのです。
そしてその例として、最高裁は、会社に過失がなくても会社側に原因のある経営、管理上の障害があって就労が不可能になった場合でも、「債権者の責に帰すべき事由」に当たるとしています。

この最高裁判例のケースは航空会社の事例ですが、従業員側がストライキを行ったところ、種々検討した結果、「このストライキで従業員が就労不能になったが、それは会社側に原因のある経営、管理上の障害ではない」として「債権者の責に帰すべき事由」には当たらないとしました。

具体的には、労基法26条の帰責事由(「債権者の責に帰すべき事由」)とは、使用者に故意・過失がなく,防止が困難なものであっても,使用者側の領域において生じたものといいうる経営上の障害など(例えば,機械の故障や検査,原料不足,官庁による操業停止命令)を含むものと解釈されている。ただし,地震や台風などの不可抗力は含まれない。

水町勇一郎『労働法 第2版』236頁~237頁

一方でこうした見解もあります。
最高裁は、労基法26条の「債権者の責に帰すべき事由」には、会社に過失がある場合と会社側に原因のある経営、管理上の障害がある場合を含むとしました。
しかし、水町教授によると、経営上の障害という点においては同じでも、最高裁よりも広く天災のような不可抗力以外のすべてを含むとしています。

緊急事態措置による営業休止では休業手当の支給義務はない

会社側の立場だからこそ厳しめに検討する

私は会社側に立つことが多い弁護士です。
だからこそ、労働審判や訴訟でどういう基準が適用されるかについては気を使います。
気を使うということは、ワーストケースを想定するということで、裁判所が労働者に有利な基準を適用することを覚悟するということです。

そうした観点からは、水町教授の基準が適用される危険を顧客の会社にアドバイスします。
つまり、本件のような緊急事態措置による営業休止要請であっても、天災のような不可抗力ではないので、労基法26条の適用がされて休業手当を支払えとの判断が出る可能性があるということです。

それでも休業手当の支給義務はないと考える

しかしながら、感覚的には80%程度の確率で、そのような判断を裁判所はすることなく、緊急事態措置による営業休止では休業手当の支給義務は課せられないと予測します。

休業手当を支給するべきかが論じられる場合は、会社の経営が悪化しているときですので、天災以外のすべての場合に休業手当支給義務を会社に課すことは余りにも会社に酷だと思います。

他方、労働者保護の観点からすると、会社に過失はなくても労働者側ではなく会社側により因果関係があっての営業休止であれば休業手当を支給するべきとも言えます。

したがって、最高裁判例のいうように労基法26条の「債権者の責に帰すべき事由」とは、会社に過失がある場合と会社側に原因のある経営、管理上の障害がある場合を含み、それ以外は含まないと解するべきです。

緊急事態措置による営業休止についての具体的検討

これを本件についてみてみます。
緊急事態措置の要請に応じた営業休止は会社に過失のあるものではないので、これが会社側に原因のある経営、管理上の障害によるものといえるかが問題となります。

緊急事態措置による営業休止の要請は罰則のないあくまでも要請であって法的に従う義務のないものだから、これに応じて営業休止をするのはあくまでも会社側の任意によるものであって、因果関係としては会社側に原因のある経営上の障害ともいえそうです。

しかしながら、新型インフルエンザ特措法45条2項は施設の使用の停止要請に留まりますが、同条3項ではその要請に従わない施設に対して施設の使用停止の指示を出すことがあるとされ、同条4項ではこれら要請・指示を出したことを公表することとされていて、営業を継続する施設が最終的には世間に明らかになってしまいます。

そして、いまコロナウイルスの感染収束が日本社会における第一命題といっても過言ではない状況下においては、このように施設の使用停止をしない会社が世間から強く非難されることは疑いありません。
そうしますと、そのような強い非難を覚悟で営業継続を強いることになりますし、労働者側には因果関係がないものの会社側にもその業態であるという以外に因果関係はありません。

そうであれば、本件のような緊急事態措置の要請に応じた営業休止によっては、従業員に対して労基法26条の休業手当を支払う義務は生じないというべきです。

まとめ

まとめますと、緊急事態措置の要請に応じた営業休止が天災のような不可抗力ではないとされる可能性はありますが、労使公平な観点から見ても、そのような判断が裁判所でなされる可能性は小さく、休業手当を支払う義務はないと考えます。

もっとも、前の記事でも言いましたが、義務がないことと実際に従業員員配慮するかは別です。
60%支払えなくても40%支払えるならそれだけ従業員の方々も助かります。
厳しい状況ですが、経営を持ち直そうという過程において、従業員への配慮も忘れずにすることも必要だと思います。

弁護士 芦原修一