ノーワークノーペイの原則

ノーワークノーペイの原則とは、「働かざる者、食うべからず」ということで、働かない人に賃金を支払う必要はないという原則です。
当然と言えば当然ですが、民法と労働基準法により、例え働かなくても賃金を支払わなければならない場合があります。

民法536条2項本文

債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。

民法536条2項本文

会社と従業員との関係で言うと、この条文の「債権者」は会社であり、「債務者」は従業員です。
例えば、コロナウイルスに感染しているかは分からないが熱が37度5分以上ある従業員に対して会社が「休んでください」と要請して従業員が休んだら、それは会社の都合「債権者の責めに帰すべき事由」により仕事をすることができなくなります。
しかしその場合でも「反対給付」つまり賃金を受ける権利を失いませんので、会社はその従業員に対して賃金を支払わなければならないのです。

しかし、緊急事態宣言により特定業種を除いた会社に対して知事から「オフィスで仕事をしないよう」要請が出されたとします。
この場合にも会社は従業員に対して自宅で仕事をするよう命じますが、これは会社の都合ではありませんので、この条文によって会社は従業員に対して賃金を支払う必要はありません。

労働基準法26条

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

労働基準法26条

使用者は会社、労働者は従業員のことです。
「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合…」とあるので一見すると民法536条2項本文と同じに見えます。
しかし、労働基準法は特に労働者の保護を目的とする法律であり、この「使用者の責に帰すべき事由」には不可抗力以外の会社の責任とは言えない事由も含まれています。
つまり民法536条2項本文のよりも範囲が広いのです。
そこで、緊急事態宣言による休業が不可抗力によるものかが問題となります。

緊急事態宣言による休業は不可抗力か

もし緊急事態宣言による休業が不可抗力とされれば、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」に当たらないので、60%の休業手当を支払う必要はありません。
それとは逆に不可抗力ではなければ、「使用者の責に帰すべき事由」に当たります。

厚労省は不可抗力であることを前提にしている ※東京新聞の誤報の可能性あり

衆議院議員・山田太郎氏のツイートより

このとおり、衆議院議員・山田太郎氏のツイートによれば、厚生労働省労働基準局監督課が「なぜこのような記事が出たのか理解できない。記事は間違っている」と明言したとのことです。
もっとも、衆議院議員なので信用はあるものの、伝聞供述ですので厚生労働省の正式発表を待ちましょう。

 緊急事態宣言が出されると、都道府県知事は学校など公共施設に加えライブハウス、野球場、映画館、寄席、劇場など多数の人が集まる営業施設には営業停止を要請・指示できる。労働基準法を所管する厚労省によると、施設・企業での休業は「企業の自己都合」とはいえなくなり、「休業手当を払わなくても違法ではなくなる」(同省監督課)としている。
 また、生活必需品以外の幅広い小売店や飲食店も、客の激減や従業員が通勤できなくなるなどで休業を迫られる可能性がある。こうした場合も厚労省は、企業の自己都合とは言い切れず企業に「休業手当の支給義務を課すことは難しい」とみる。


東京新聞 TOKYO WEB「<新型コロナ>緊急事態の業務停止 休業手当の義務、対象外 厚労省見解」より

※以下の記述は誤報の可能性があります。

厚生労働省の担当課は、休業は企業の自己都合とは言えず、休業手当を支払わなくても違法ではない、としています。
これは緊急事態宣言による休業が不可抗力に当たることを前提としていて、労働基準法26条の適用がないという見解です。

日本労働弁護団の見解は異なる

日本労働弁護団によれば、緊急事態措置としての営業停止の要請・指示が出された多数の人が集まる施設の休業については、休業手当の支払義務がなくなる可能性あり、としています。
他方、そうした具体的な営業停止の要請がない小売店・飲食店が緊急事態宣言により休業した場合には休業手当を支払わなければならない、としています。
日本労働弁護団というのは労働者寄りの弁護団ですので、当然こうした見解になります。

写真
東京新聞 TOKYO WEB「<新型コロナ>緊急事態の業務停止 休業手当の義務、対象外 厚労省見解」より

私の見解は「いずれも不可抗力に当たる」

緊急事態措置としての営業停止の要請・指示が出された多数の人が集まる施設の休業については、もう疑う余地なく不可抗力による糾合であり、休業手当を支払う必要はありません。

また、それ以外の小売店・飲食店にしても、緊急事態宣言が出された区域においてコロナウイルスの感染拡大を一丸となって食い止めようとしている状況ですので、これによる休業を不可抗力による休業と呼ばずして何と呼ぶべきか。

ただ、リモートワークが十分に可能な業種については不可抗力に当たらない可能性もあります。
ただし、それは社内的に就労が可能というだけで売り上げがまったく上がらないのであれば、どれだけリモートワークをしても会社の経営が成り立ちませんので、その場合は不可抗力に当たると考えます。

行政判断と司法判断が必ずしも一致するわけではありませんが、厚生労働省もこのような見解を新聞のインタビューで述べています。
同省の見解に従うリスクは極めて低いと思います。

(4月7日追記)
さて、厚生労働省の担当者がいずれの場合も休業手当の対象となると明言したそうです。
ただ、これは伝聞ですので厚生労働省の正式発表を待たねば実際の見解がどうなのかが分かりません。

ただ、そうであっても、行政の見解に司法が合わせる必要などないわけでして、もしこれが不可抗力でないと言うなら営業を停止する必要など一かけらもないということですね。
それはいかにもおかしな話なので、私は昨日来の見解を維持します。

しかし従業員も生活しなければならない

このとおり、緊急事態宣言が出された場合の営業停止に伴う休業手当は支払う必要はありません。
しかし、従業員の方々も生活しなければなりません。
この状況でも給料を支払ってくれる会社に転職してしまう可能性は大いにあります。
もし大量の退職者を出したくないのであれば、60%の休業手当を支払うか、することも検討してみてはいかがでしょうか。
もちろん、現預貯金次第ではありますので、理想論とお叱りを覚悟のうえで申し上げました。

弁護士 芦原修一