以前に退職した従業員から多額の残業代請求を受けたことから、退職時には残業代を放棄してもらおうと考えています。どのような点に注意すれば良いですか?
退職時に残業代を放棄するということは法的に可能です。例えば銀行が債権放棄をすることなどをニュースで見ますが、従業員が残業代請求権という債権放棄をするのも同じことです。
ただし、残業代は多額であることが珍しくなく、そもそも債権放棄するメリットが従業員にはありません。
会社が無理やりに債権放棄をさせるということも十分に考えられます。
このような問題意識の元、残業代などの賃金債権の放棄について最高裁は次のように述べました。
「退職に際しみずから賃金に該当する退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合には、それが労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない。」(最高裁昭和48年1月19日判決)
例えば銀行が債権放棄する場合には銀行がそのように意思表示をすればそれで十分なのですが、労働者が残業代請求権を放棄する場合には会社と労働者の力関係を踏まえて会社が無理やり放棄させたのではないことが求められるため、自由な意思という単なる意思表示を超えた確固たる意志が必要とされたのです。
未払残業代を放棄するメリットが従業員にはない以上、自由な意思による債権放棄が認められるには次の3通りが考えられます。
① 債権放棄する方がメリットがあるかデメリットがほとんどない。
② 会社に深く恩義を感じていた。
③ 未払残業代の額が算定されて書面で渡されてなお、債権放棄した。
①については、早期退職制度で退職金割り増しなど具体的に経済的メリットがあれば債権放棄は有効とされやすいです。
②については、これが問題になっている時点で未払残業代請求をしていますのでそれほどの恩義を感じていなかったか、恩義と未払残業代は別だと捉えられやすいです。もっとも、債権放棄はそのときに有効であれば後で引っ繰り返すことはできません。したがって、債権放棄をする場合に録音するなどして会社に深く恩義を感じていたことを言葉にしていれば債権放棄が有効とされることはあり得ます。
③については、その未払残業代額を具体的に知ってなお債権放棄したことになるので債権放棄は有効とされやすいです。
以上を踏まえると、まず①か②のいずれでもない場合には③を検討せざるを得ません。
しかし、元々あやふやだった未払残業代についての認識が、これにより明確になりむしろ退職時に請求を掛けてくる可能性を高めてしまいます。
このようにやぶ蛇となっては元も子もないので、③は余りお勧めできません。
したがって、未払残業代の放棄は①と②の場合でなければ避けておく方が無難です。
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