当医療法人で雇用している医師Aが医療事故を起こしました。Aは業務上過失致死罪で逮捕起訴されました。Aについて懲戒処分を検討していますが注意すべき点はありますか?

 

 
医療事故を起こし逮捕起訴された医師について懲戒処分を検討しているということは、「逮捕起訴されたこと」が懲戒事由として就業規則等に記載されているのだと思います。
しかし、「逮捕起訴されたこと」だけをもって懲戒処分をすることは避けた方が良いです。
なぜなら、後に無罪となってしまえば「逮捕起訴されたこと」を理由とした懲戒処分が無効になるからです。

同じように医師が医療事故を起こして業務上過失致死罪で逮捕起訴された事案で東京地裁は次のように述べて懲戒処分の有効性について判断しました(東京地裁平成22年8月24日判決)。

「被告医療法人は、懲戒処分の理由として、
①原告が被害者に重度の脳障害を招き死亡に至らしめたこと
②記録等の一部改竄に協力したこと
③業務上過失致死罪で逮捕起訴されたこと
以上の3点を挙げている。
 しかし、無罪となった以上原告医師の過失は否定されるベきであり、逮捕起訴されたといっても後に無罪判決が確定したのであるから、本件諭旨退職について、上記①及び③を理由とする部分は相当ではない。
 しかし、原告は、医療記録の一部改竄に協力したものといわざるを得ない。医師が医療記録を事後的に改竄することは、どのような理由があっても正当化されるものではない。そのうえ、原告は、被害者の遺族に対し死因についてごまかしの説明をするために改竄に協力したから、上記②の理由だけでかなり重い処分を受けてもやむを得ない。
 また、原告は、弁明の機会の行使として、弁護士を通して意見を付した回答をしたうえで退職願を提出したことによれば、退職意思を有していた。さらに、改竄を主導したC医師に対する処分が懲戒解雇であったこととのバランスを考慮すると,本件諭旨退職は、これをただちに違法ということができない。」

諭旨退職というのは懲戒処分の一つではありますが諭旨解雇とは異なり解雇ではありません。
一般的にはしたことの重大性を諭し告げることで自主的な退職を促す処分です。自主的な退職とはいえ、会社を辞めることになるので降格処分よりも重い懲戒処分です。
「自主的に退職しなければ何も起こらないのでは?」と思われるかもしれませんが、諭旨退職は強い退職勧奨のようなものなので、この退職勧奨を受け入れなければ懲戒解雇とされる場合が多いです。諭旨退職か懲戒解雇かどちらかを選べ、ということです。

そうした重い懲戒処分の諭旨退職の違法性が争われた事案では3つの懲戒事由について争われました。
①と③は医療事故に関連する懲戒事由です。
しかし、医療事故について逮捕起訴されたものの後に無罪判決が確定していて①と③を懲戒処分の理由とするのは相当ではないとされました。
つまり、ご質問の場合でも後に無罪となる可能性がありますので、医療事故を起こしたというだけで懲戒処分をすることは医療法人にとって危険なことです。

もっとも、裁判例の事案では医師が遺族への説明を無難に済ませるために記録を改ざんしています。
これは事後的・追加的な不祥事であり、刑法で言うと証拠隠滅罪に当たります。
懲戒事由としては独立した事実として懲戒処分をすることができ、無罪判決によっても正当化はされません。
したがって、ご質問の場合でもこの記録改ざんに等しいことをA医師がしたならば、別途それについて懲戒処分を検討しましょう。
そして医療事故については有罪判決が確定してそのときにまだA医師が在職しているならば懲戒処分を検討してください。
 

 
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